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第一章 3



「赤騎士団リーダー・ガイ! まさかの的破壊ッ‼ 強い、強すぎるぞーッ‼」

「うおおお、リーダーさすがー‼」


 仲間たちの猛々しい喝采を聞き、ガイは「がっはっは」と大口を開けて笑った。


「見たかヴェルナー。オレの弓の威力を!」

「すごいすごい。でもあんまり派手にやると、周りが危なくないか?」

「負けそうだからってひがんでるのか? まあ、お前のその細腕では無理だろうしな」


 残る一本の矢をつがえ、ガイは悠然と二射目を構えた。


「なあヴェルナー。この大会が終わったら、うちの騎士団に顔出せ。お前用の筋トレメニューを考えてやるよ」

「そりゃどうも。それより、まだ二射目は終わって――」


 ヴェルナーの言葉を待たずして、ガイはまたも最大限まで弦を引き絞る。だが手を離したのとほぼ同時に、ブチッという嫌な音が耳元で響いた。


「⁉」


 弦が切れたのか、と焦った時はすでに遅く、矢は狙いとはかけ離れた方向――無防備な観客席に向かって一直線に飛んでいく。


(しまっ――)


 頭の中が真っ白になったその刹那、バン、という強い音が会場内に響き渡った。


「……⁉」


 誰もが一瞬、強く目を閉じる。次に顔を上げた時には、観客席にもっとも近い的にガイの放った矢がしっかりと突き刺さっていた。それを見た観客たちは「またも難しい的に的中させた!」といっそう盛り上がる。

 一方、射損なったガイ本人は何が起きたか分からず呆然としていた。


(……?)


 急いで観客たちを確認したが、怪我をした者はいなさそうだ。

 あらためて自身の弓を確認する。弦は完全には切れておらず、小さな綻びが生じていた。普通の弓であれば打ち出せずに落下していたのだろうが、強靭に造られた特別製の弓だったがために、わずかに繋がった弦の力だけで射出されてしまったのだろう。


(いったい……何が……)


 混乱するガイが立ち尽くしていると、背後からヴェルナーが声をかけてきた。


「悪いが、場所を空けてもらっていいかい?」

「あ、ああ……」

「どーも」


 いつもと変わらぬへらっとした笑みを浮かべ、前に出たヴェルナーが弓を構える。最小の的――しかもいちばん難しい位置にあったそれを簡単に射抜いたあと、彼は「あ、いけね」とキョロキョロと周囲を見回した。


「ガイ、予備の矢持ってないか? あ、もちろん普通のやつな」

「……おい、貸してやれ」


 すでに競技を終えた赤騎士団の部下に命じ、新しい矢を用意させる。ヴェルナーは「ありがとさん」と軽い調子で受け取ると、素早く狙いを定めてあっさり的へと放った。すぱん、と気持ちのよい音を立てて小さな的が小刻みに揺れる。


「助かったよ。じゃあな」

「…………」


 ふわあ、と気の抜けたあくびを漏らしながら、ヴェルナーは手をひらひらと振って黒騎士団の待機場所へと戻っていった。ガイがその背中をじいっと見つめていると、先ほど予備の矢を用意した部下が不思議そうな顔でこちらを見上げてくる。


「リーダー、どうかしたんですか?」

「いや……」


 なおもガイが険しい表情を浮かべていると、やがて競技の終了が告げられた。各騎士団の得点が発表され、進行役の騎士が声高に叫ぶ。


「最多得点は赤騎士団! 快調なスタートです!」

「おおお、やったぜー‼」


 待機場所に戻ると、赤騎士団の面々がぐるりとガイの周りを取り囲んだ。


「素晴らしい腕前でした! まさか二射とも最高得点の的に当てるだなんて」

「さすがリーダーですね!」

「このまま優勝目指しましょう‼」

「そ、そうだな‼」


 キラキラとした眼差しで見つめてくる団員たちを前に、ガイはとりあえず胸を張って「がっはっは」と大声で笑う。だがしばらくしたところで勝利に沸き立つ彼らの目を盗み、こっそりと二射目が当たった的のもとへ移動した。

 次の競技に向けて片付けられる前に、あらためてその状態を確認する。


(間違いなくオレの矢だ。絶対に射損じたと思ったんだが……)


 そこには確かに自身の矢が刺さっており、ガイは顎に手を添えながら「ふーむ」と眉根を寄せる。すると矢の(シャフト)に大きな傷がついていることに気づいた。


(なんだこれは? 射る前にちゃんと点検したはず……)


 そこでガイはふと、ヴェルナーが待機中、二本の矢を持っていたことを思い出した。

 それなのにどうして彼は、予備の矢を欲しがったのか――。


(まさか……)


 その瞬間、ガイの脳裏に恐ろしい仮説が浮かんだ。


(もしかして……軌道をずらしたのか⁉)


 他の選手はすでに射終えており、あの場で矢を持っていたのはヴェルナーだけ。だが飛んでいる矢に当てて方向を変え、そのうえ的にまで的中させるなど可能なのだろうか。おまけに誰にも気づかれないほどの早打ちで――とガイはおそるおそる黒騎士団の方を振り返る。


「いやはや、恐ろしいな……」


 白騎士団リーダー・クロードの実弟であり、その実力だけならとっくに白入りしていてもおかしくないという噂のヴェルナー。ただ本人たっての希望で、黒騎士団に所属したいと言っているらしいが――。


「オレもまだまだ、鍛錬が足りないらしい」


 可愛らしい世話係やユリウスに囲まれて楽しそうに笑うヴェルナーを見て、ガイはぞくっと武者震いするのだった。





 鼻歌混じりに戻ってきたヴェルナーを、マリーは興奮気味に出迎えた。


「ヴェルナーさん! すごかったです!」

「えっ?」

「的! 二つともいちばん小さいのに当たったじゃないですか‼」

「あーはいはい。まああれくらいはね~」


 へらへらと笑いながらヴェルナーが肩をすくめる。そんな彼に向けてユリウスが重々しく言い放った。


「……よくやった」

「うおっ、珍しい。ユリウスの誉め言葉なんて」

「くそ、二度と言わん」


 ユリウスが忌々しげにヴェルナーを睨みつけ、そんな二人をマリーとミシェルが不思議そうに眺める。やがて進行役の騎士が高らかに叫んだ。


「それでは次に移ります! 第二競技は『魔術』です!」


 発表に合わせて、会場の中央に立派な石の台座が運ばれてきた。上には虹色に輝く双四角錐型の結晶が浮かんでおり、その周囲を丸く薄い膜が覆っている。


「こちらは魔術師団長に用意していただいた特別製のターゲットです。一定のダメージを与えることで粉砕される仕組みになっていますので、魔術で中にある結晶を破壊してください!」


 熱のこもった説明を聞いたあと、ユリウスが冷静に団員たちを見回した。


「それでは参加者を発表する。まずはルカ」

「!」


 いきなり名指しされ、ルカは鼻の付け根にぎゅっと皺を寄せた。


「え……やなんだけど」

「逆にどうして選ばれないと思った? 諦めてさっさと準備しろ」

「ちぇー……」


 不満げなルカをよそに、次々と残りの選手が発表されていく。だが魔術を使える団員自体あまり数がおらず、最後に「ミシェル」とユリウスが読み上げた。


「お前も参加だ」

「う、うん!」


 まさか自分が呼ばれると思っていなかったのか、ミシェルはすぐさま背筋を伸ばして応答する。そわそわと落ち着かないミシェルにマリーはたまらず声をかけた。


「が、頑張ってね!」

「てっきりここでユリウスが出ると思っていたからびっくりしたよ……。でもよく考えたら、次の競技に出るのかも」

「次の競技?」

「公平を期すため、騎士団のリーダーはどれか一つの競技にしか出られないんだ。今年はルカもいるし戦力を分散した感じかも」

「なるほど……」


 やがて他の参加者らに呼ばれ、ミシェルが「行ってきます!」と緊張した面持ちで走り出す。一方ルカは心底嫌そうな顔でぼやきながら歩いていった。


「こんなことなら部屋で寝てればよかった……」

「ル、ルカさんしっかり!」


 こうして会場に各騎士団から選ばれた騎士たちが出揃った。ただ意外なことに、魔術を得意とする青騎士団チームの中にリーダーであるエーミールの姿はない。こちらもユリウス同様、温存する作戦なのだろうか。


「それでは先ほどの弓術競技で一位だった赤騎士団より――始め!」


 号令とともに、赤い服を着た騎士たちが前に出ていっせいに魔術を放つ。炎や水が次々と中央のターゲットを攻撃するが、シャボン玉のような膜は微動だにしない。かなり薄く見えるのだが、どうやら相当強固なようだ。

 筋肉には自信がある分、魔術による戦い方はいまいちらしく、赤騎士団は虹色の結晶はおろか周りの防御壁を壊すことすら出来ないまま、制限時間を迎えてしまった。


「そこまで! 次、白騎士団!」


 がっくりと肩を落とす赤騎士団員たちに代わり、白騎士団の精鋭たちが詠唱を開始する。先ほどよりあきらかに高度な魔術が発動し、結晶を守っていた薄い膜はパリンと音を立ててあっけなく割れ落ちた。

 観客席から「おおーっ!」というどよめきが起き、騎士たちはすぐさま中にあった結晶を打ち壊そうとする――が。


「なんだか……すごく難しそう?」


 防御壁を壊した時同様、騎士たちは多彩な魔術で結晶を狙った。しかしいくら攻撃を当てても結晶には傷一つ付かない。さらにしばらくすると、破壊したはずの防御壁が復活してしまい――これにはさすがの白たちも困惑しているようだ。


「もしかして、単に魔術を使うだけじゃダメ……?」


 するとマリーの背後から、はあはあという息遣いと走ってくる足音が近づいてきた。足音の主は黒騎士団の待機場所にまでやってくると「あのっ」と小さく声を上げる。


「ぼくもここで……応援していいですか⁉」

「ええと、たしかレインさん……でしたっけ?」


 そこには以前、魔術院の廊下で出会った魔術師のレインが立っていた。ルカと同期だったという少年だ。


「お、お久しぶりです! あの、ルカがこの大会に出るって聞いて」

「それなら、ちょうど今参加しているところですよ」

「えっ⁉ あっ、ほんとだ!」


 わあああ、と目を輝かせながらレインが会場にいるルカを見る。その間も白騎士団による奮闘は続いていたが、結局中央の結晶を壊すことは出来なかった。


「あの結晶って、何か特別なことをしないと壊せないんでしょうか?」

「うーん……多分ですけど、なにか条件があるんだと思います。それが分からないと――」


 やがて黒騎士団のメンバーがターゲットの周囲に立った。始め、の合図とともに緊張した面持ちのミシェルが小さな火の玉を放つ。それ以外の選手も火や水の魔術で必死に攻撃しているのに対し、なぜかルカだけはいっさい動こうとしない。


「ル、ルカさん、どうして……」

「…………」


 一人だけ何もしないルカに気づき、観客たちもにわかに騒ぎ始める。

 そのうちようやくダメージが蓄積したのか、防御壁にピシッとひび割れが起き、一部分だけが卵の殻のようにぼろりと剥げ落ちた。その瞬間、ルカが詠唱を開始する。



 

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