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第一章 2



「別に取られたわけじゃないが?」

「ええー。でも向こうから『ユリウスのことを好きになったから別れてほしい』って言われたんだろ?」

「言っ……われたが、あれはその、嘘も方便というやつで」

「そうかなあ。彼女、そのあとすぐにユリウスに告白して振られたらしいけど」

「ぐっ……!」


 エーミールは顔をしかめ、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。そんな二人のやりとりを見ながら、ユリウスが「はあ」と呆れたようにため息をついた。


「お前たち、いい加減にしろ。これ以上恥を広めてどうする」

「恥だと⁉ だいたいぼくは、お前のそういう態度が昔から気にいらな――」

「あ、あのー……。ちょっと声のトーンを落としたほうが……」


 周囲からジロジロと好奇の視線を向けられているのに気づき、マリーはおそるおそる進言する。それを耳にしたエーミールは、キッと勢いよく顔をこちらに向けた。


「黙れ! ぼくはこの男をなんとして、で、も……」

「……?」


 最初は強く言い返してきたエーミールだったが、マリーと目が合った途端、じわじわと声量が小さくなった。みるみる頬を赤らめたかと思うと、眼鏡の下側に指を添え「こほん」とわざとらしく咳をする。


「と、とにかく、そんな昔のことはもういい。大切なのは、今日の戦いの結果だけだ!」

「だから最初からそう言ってるだろ……」


 うんざりした様子で眉根を寄せるユリウスに、伸ばした人差し指の先をびしっと向けてエーミールが再度宣戦布告する。そんなリーダーたちの珍騒動を聞きつけたのか、ついには白騎士団のクロードまで集まってきた。


「おやお三方、もう戦いが始まっている感じですか?」

「こいつが勝手に噛みついているだけだ」

「ユリウス、貴様ッ……」


 がるるると唸るエーミールに苦笑しつつ、クロードはマリーの方を振り返った。


「お久しぶりです、マリー様。いつぞやは色々とお世話になりました」

「い、いえ! あっ、ヴェルナーさんは……」


 ヴェルナーが実の兄である(クロード)を嫌っていたことを思い出し、マリーはすぐさま振り返る。

 だが先ほどまで近くにいたヴェルナーの姿はどこにもなく、その場でぱちぱちと目をしばたたかせた。それを見てクロードが眉尻を下げる。


「気にしなくて大丈夫ですよ、いつものことですから。それより――今日はリリア様は来られていないのですか?」

(まずい……!)


 彼の口から『リリア』という名前が出てしまい、マリーは一瞬たじろぐ。仕方なく、しどろもどろになって答えた。


「え、えーと、その、昼食の準備をしてもらっているので、私だけ先に……」

「そう、ですか……」


 クロードは一瞬言葉を切り、心なしか寂しそうに下を向いた。それを見たマリーは内心「ひいい……」と冷や汗をかく。


(こ、これで良かったのかしら……)


 実は最初、マリーが昼食の準備をし、リリアには騎士団の皆と一緒に朝から会場に出てもらう予定だった。だがリリアの強固な反対により、役割を交代することになったのだ。

 どうしてかと理由を尋ねたところ――。


(でも当のリリアが、クロードさんに会いたくないって言うし……)


 この世界に来た当初、リリアはクロードを専属護衛として常に傍にはべらせていた。

 だが先日のドラゴンの一件で平凡な以前の容姿に戻ってしまい、それ以降『クロードさんにだけは顔を見られたくない!』と言って彼のことを避け続けているのだ。


(まあ、理由はなんとなくわかるけど……)


 叱られた大型犬のようにしょげているクロードに、マリーは心の中だけでそっと謝罪する。そこでふと背後から強い視線を感じ、思わずそちら側に顔を向けた。


(……?)


 そこにいたのは、黒髪に白い騎士服を着た白騎士団の一人。

 他の団員たちが盛り上がっているなか、なぜか彼だけは黒騎士団――それもミシェルに対して険しい眼差しを向けていた。その表情はエーミールのような勝利への意気込みではなく――もっと暗い、憎しみのようにすら感じられる。


(あの人、いったい……)


 やがて雲一つない青空に突如パン、パンという小さな号令が鳴り響いた。

 騎士たちがいっせいに顔を上げたところで、広場の中ほどに設置されていた舞台に見覚えのある人物が足を掛ける。日に焼けた肌に立派な胸筋。騎士団長のロドリグだ。


「よーっし、全員いるな! それではこれより『騎士団対抗武術大会』を開催する!」


 うおおおという雄叫びにも近い呼応を聞き、ロドリグは満足げに腕を組んだ。そのまま片手を空に向かって掲げると、パチン、と指先を鳴らす。

 その瞬間、彼の指先から赤黒い火柱が立ち上った。それはまるで深紅の大蛇のように歪曲すると、広場の四隅に据えられていた松明に向かって勢いよく飛んでいく。


「! ひ、火が⁉」

「ああ、ロドリグ団長は火の『特級』持ちなんだよ。すごいよね」


 どこか興奮したミシェルの言葉を聞きながら、マリーは炎の先を懸命に目で追う。あっという間にすべての松明に火が灯ったかと思うと、巨大な焔の蛇は騎士団員たちの眼前を鮮やかに飛び回ったのち、颯爽と青空の向こうへ消えていった。

 いきなりの派手な演出に観客たちからも感嘆の声が上がり、壇上にいたロドリグが得意げに白い歯を覗かせる。


「それじゃーまずは、弓の腕前を見せてもらおうか‼」


 ほどなくして、会場の端にいくつかの円が書かれた木の的が運ばれてきた。各騎士団、それぞれの待機場所に移動したところで、名簿を手にしたユリウスが団員たちの方を振り返る。


「第一競技は『弓術』だ。名前を呼ばれた者は準備するように」


 弓の腕前に自信のある者が選ばれていき、各自緊張した面持ちで会場へと向かっていく。一通り読み上げたところで、最後に「ヴェルナー」と視線を向けた。


「今年は酔ってないだろうな」

「はいはい。まあ、さくっと勝ってきますかねー」


 弓矢を手にして立ち上がると、ヴェルナーはマリーに向かってひらひらと手を振った。他の騎士団からも選手が出揃ったところで、進行役の騎士が説明を開始する。


「選手の皆さんには順番に、あちらに立っている的を射ていただきます。射数は一手、二射。的は大中小の全部で三種類。的中すれば得点が加算され、騎士団ごとの合計点で勝敗を競う形です。当然、小さな的の方が高い得点になります!」


 あちら、と言われるままにマリーが目を向けると、木の棒に括りつけられたさまざまな大きさの的がバラバラの高さで固定されていた。どうやら決められた手数の中で、いかに正確に的に当てていくかという種目のようだ。

 一巡目用意、という号令とともに、最初の選手たちが射位に整列する。


「それでは白騎士団より――始め!」


 タンッ、と小気味よい音と同時に的の一つが激しく揺れた。選手はすぐに二射目を構えたかと思うと、またも中くらいの的にヒットさせる。一人が射終えると次の騎士団へ――と慣れた様子で順繰りに回っていった。


(当たり前だけど、みんな全然外さないわ……。さすがに、いちばん小さい的に当てるのは難しいみたいだけど)


 主に大と中の的ばかりが狙われていき、いちばん小さな的はどれも無傷のまま。射手が的に当てるたび、所属する騎士団と観客席から「わあっ」と歓声が起こり、どんどん点数が積み上げられていく。点差はほとんどないため、一度のミスが大きく響いてきそうだ。


「が、頑張って……!」


 マリーはぎゅっと両手を握り込むと、待機列の最後でのんきにあくびをしているヴェルナーに、熱い視線を送るのだった。




 弓術競技――加算されていく得点板を見て、赤騎士団のリーダー・ガイは「ふうむ」と顎に手を添えた。


(予想はしていたが……やはり僅差だな)


 やがて最終順の選手が呼ばれ、各騎士団でも特に名うての射手が並び立つ。白、青騎士団の騎士たちが矢をつがえていくのを横目に、ガイは隣にいた黒騎士団のヴェルナーに話しかけた。彼もまた飛びぬけて優秀な射手の一人だ。


「ヴェルナー、今年は元気そうだな」

「まーねー。うちの世話係に格好悪いところは見せらんないし?」

「世話係ぃ?」


 ガイは怪訝な顔で黒騎士団の待機場所を見る。制服を着た小柄な少女を確認したところで、呆れたように眉根を寄せた。


「お前……あんな純朴そうな子にまで手ぇ出してんのかよ」

「いや、さすがにそこまで悪党じゃないよ」


 ヴェルナーは苦笑いを浮かべながら、二本の矢を自身の指の間に挟む。ガイは「ふん」と息を吐き出すと、前方に立てられている的をあらためて確認した。


(ここで一発、がつんと差を付けたいところだが……)


 前の選手たちがそれぞれ確実に得点し、ガイは必要な得点を計算しながら射位に立つ。

 その手に握られているのは、通常の三倍はあろうかという巨大な弓矢。剣や魔術に威力で劣るとされる弓術において、その弱点を克服するために作られた特注品だ。ただし鍛え上げられたガイにしか扱えない代物でもある。


「……ふうぅ――」


 逞しい両腕で祈るように弓を頭上に掲げると、ゆっくりと下ろしながら長い矢をつがえる。ギリギリギリ、と限界まで弦を引き絞った次の瞬間、会場内に一陣の突風が吹いた。

 直後、小気味よい破裂音を立てて小さな的の一つが弾け飛ぶ。


(……ぃよしっ!)


 カラン、と乾いた音を立てて丸い的が地面に転がり落ちた。その手前には的を括りつけていた木の棒だけが残されている。会場内は一時水を打ったようにしんと静まり返ったものの、すぐにこれまででいちばんの賑わいと興奮で沸き立った。



 

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