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序章 二度目の春



 夜明けが早くなってきた春の初め頃。

 窓から差し込むまっすぐな朝日を受けて、ベッドで寝ていた相良麻里――マリーは「ううーん」と大きく伸びをした。緩慢な動作で起き上がると、のろのろと鏡台の前に座る。


「うう……眠い……」


 この世界――アルジェントに来てからおよそ一年が経過した。

 肩に付くくらいだった茶色の髪は少しだけ伸び、鏡に映る緑色の瞳にもようやく慣れてきた感じだ。十代に若返った容姿をしげしげと眺めながら、マリーはそっと頬に手を添える。


(なんだか……色々なことがあったなあ……)


 前世では超絶ブラックなアイドルマネージャー業で心身を壊しかけ、あげく仕事中の事故で命を落とした。その後女神様から『ギフト』を授けてもらい、新しい生をまっとうするべくこの土地へと転生したのだが――。

 偶然にも、まったく同じタイミングでこちらの世界に来た女の子がおり、おまけにその子が『聖女』として祭り上げられてしまったため――マリーは『聖女様じゃない方』という非常に残念な扱いを受けることになってしまったのである。


(最初のうちは、いったいどうなることかと思っていたけど……。でもそのおかげでミシェルと知り合えて、こうしてお世話係をしているわけだし……)


 新しい生をと送り出されたものの、知り合いもいない、これまでとは何もかもが違う異世界。

 仕事も行き場もなくしたマリーはしばし途方に暮れていたのだが――そこで騎士団長のロドリグから、黒騎士団のお世話係をしないかと誘われたのだ。

 ただ、はじめて目にする騎士たちはみな揃って気性が荒く、最初のうちは断ろうと思っていた。

 そんななか、黒騎士団の新人であるミシェルと出会い――彼にかつて担当した新人アイドルの面影、そしてカリスマの欠片を見出したマリーは、今度こそ自分の持てる知識と経験を総動員し、彼らを《応援(マネージャー)》することに決めたのだった。


(まあ、まだまだ先は長そうだけど……)


 簡素な寝間着から世話係の制服に着替え、髪を梳かして後ろでハーフアップにする。前髪を整えたあと、マリーは机上にあった活動日誌を手に取った。ぱらりとめくると、騎士団の本日の予定が書かれている。


「えーと、今日は二班に分かれて魔獣退治と商団の護衛ね。あそこの森は近くに大きな街がなかったから、お弁当を持って行ってもらわないと――」


 自室を出て、一階にある食堂へと向かう。食事の時間になるとお腹を減らした騎士団員たちで騒がしくなる場所だが、今はまだ誰の姿もなく静かなものだ。

 ゴミや汚れがないか確認しつつ、マリーは奥にある厨房へと足を踏み入れる。すると洗い場の方から「あっ!」と可愛らしい声が上がった。


「おはようございます、マリーさん!」

「おはようリリア、ずいぶん早いのね」

「なんか目が覚めちゃって。実は前世の時も、このくらいから起きて学校行ってたんです」

「うう……女子高生、偉すぎるわ……」


 乾燥させた木の食器を棚に戻しながら、リリアと呼ばれた女の子が微笑む。

 彼女は馬〆(まじめ)璃々亜(りりあ)

 前世では有名進学校の生徒。だがいじめを苦にして自ら命を絶ち――モデル顔負けの美貌と、生き物を従えるという『ギフト』を女神様からもらい、マリー同様こちらの世界にやってきた転生者である。

 しかし能力の間違った使い方により、ドラゴンを隷属させる儀式に失敗。『魔力喰い』と呼ばれる青い炎を全身に浴びた結果『ギフト』を失い、さらに前世と同じ容姿に戻ってしまった。行き場を無くして絶望していたところを、マリーが騎士団に勧誘したという流れだ。

 灰色の長い髪を三つ編みにしたリリアが、「えーっと」と口元に指を当てる。


「今日ってお弁当いる日でしたよね?」

「そうね。あ、それから外の氷室に果物を冷やしているから、朝食用にそれを――」


 あれそれと献立を考えつつ、マリーは諸々の準備を始めようとする。すると玄関の方から「ひゃん! ひゃん!」という子犬の鳴き声が聞こえてきた。続いてたったったと軽快な足音を立てながら、一人の騎士がひょいっと厨房に顔をのぞかせる。


「おはようマリー、リリアも」

「おはようミシェル。あれ、今日朝食当番だったっけ?」

「ううん。でもジローの散歩があったから」


 目を引く赤色の髪に、同じく赤いルビーのような瞳。下は騎士の制服だが、上は白いシャツ姿で袖を肘までまくり上げている。遠くから「ひゃん!」という子犬(ジロー)の返事があり、マリーとミシェルはぱちぱちっと目を合わせたあと、同時に「ふふっ」と笑い合った。


「おれも手伝うよ。とりあえず、水汲んでくるね」

「ありがとう、お願い!」


 元気よく駆け出していくミシェルを見送り、マリーとリリアは慌ただしく朝食とお弁当の準備を始める。ほどなくして食堂の入り口から誰かが入ってくるのが見えた。

 珍しい水色の髪――黒騎士団のリーダーであるユリウスだ。こんな早朝だというのに完璧な制服姿でまさに一分の隙もない。


「おはようございます、ユリウスさん」

「ああ」


 カウンター越しに声をかけるも、彼は手元の資料から顔を上げることすらなく、食堂の脇でコーヒーを淹れている。そんな姿を横目に見つつ、マリーは「うむむ」と眉根を寄せた。


(相変わらず塩対応……。でも、これでもだいぶマシになった方なのよね……)


 ちなみに、誰もがうらやむ端整な顔立ちの彼だが、実は女性全般がすこぶる苦手らしい。

 パーティーで令嬢たちに取り囲まれた際、二階のバルコニーから飛び逃げて骨折するくらいの筋金入りで、マリーもここに入ったばかり時、あわや追い出されそうになった。

 最近はちょっとだけ態度が和らいだ気もするが、正直まだちょっと緊張する。

 湯気を立ち上らせるコーヒー片手に、ユリウスがいちばん端の席に腰を下ろす。そのすぐあとにトントンと階段を下りる音が聞こえてきて、前髪の長い少年が食堂へと入ってきた。リーダーであるユリウスに挨拶すらせず、そのまま厨房の方へと顔を出す。


「ごめん、遅くなった。何を手伝ったらいい?」

「ルカさん、おはようございます。じゃあサラダ作ってもらっていいですか?」

「オッケー」


 軽く返事をし、ルカと呼ばれた少年が洗い場に向かった。手慣れた様子で葉野菜を洗う様子を見ながら、マリーはしみじみと過去にあった彼とのやりとりを思い出す。


(あの頃は本当に大変だったな……)


 ルカはもともと、魔術師団の魔術師として国家に仕えていた。だがある出来事をきっかけに魔術が使えなくなってしまい、逃げるように黒騎士団に転籍してきたのだ。

 ただ、所属が変わったところで魔術が使えるようになるわけがなく――結局、寮の部屋からほとんど外に出ない引きこもりと化していた。そこをマリーが何日も時間をかけて説得し、ちょっとしたトラブルもあり、ようやく一緒に戦えるまでになったのである。

 ちなみに単純な力や剣の腕はからっきしだが、魔術師としては最上位にあたる『特級』を取得しており、条件さえ整えば一中隊以上の戦力にも値するという。


「マリー、今日のお弁当って何?」

「スモークサーモンとクリームチーズ、卵とハム、あとアプリコットのジャムを挟んだサンドイッチにしようかなと。あ、何か苦手なものがありますか?」

「サンドイッチ……ああ、あのパンで挟んだやつか。ううん。好きなやつばかりだから平気」


 心なしか上機嫌になったルカの返事を聞きながら、マリーは石窯にパン生地を入れる。

 やがて残りの朝食当番も合流し、厨房の中は一気に騒がしくなった。焼き上がったパンを切り分け、ドレッシングをかけたサラダを大皿に盛り、大量のスクランブルエッグとベーコンを焼いていると、騎士団員たちがぞろぞろと食堂へ入ってくる。


「マリーちゃんおはよー。今日もいい匂いだー」

「いやーまさかこの騎士団で、こんな立派な朝食にありつけるようになるとはなあ」

「はいはい、皆さん早く食べちゃってくださいねー」


 配膳台に並べられたメニューを、列をなした騎士たちが次々と皿に取っていく。ウインナーが無くなるたびに追加したり、フルーツが減ったとみては皮を剥いたり、スープが切れると同時に新しい鍋を運んだりと、まさに戦場さながらのあわただしさだ。

 あれだけ大量に用意していたパンもあっという間に少なくなり、マリーは料理の残りとまだ来ていない騎士の数を照らし合わせながら、どのくらい追加すればいいか計算する。そこに「ふわあぁぁ」と大きなあくびをしながら背の高い男性が訪れた。


「おはよー。まだメシ残ってる?」

「ヴェルナーさん、また朝帰りですか?」

「いや、一応日が昇る前には帰ってきたんだけど、寝る時間なくて」


 再度大きく口を開けてゆるゆると頭を振ったあと、ヴェルナーは食堂の隅にあったコーヒーセットの前に立った。そんな彼を、近くの席にいたユリウスがじろっと睨みつける。


「貴様、また性懲りもなく……」

「いや、これには訳があってさ。夜間の警邏に回ってたら酒場でもめ事があったんだよ。その仲裁をしていたっていうか」

「なんだ。それなら――」

「ま、その悪漢を追い払ったあと、店の子たちにどーしてもお礼がしたいって言われて、なかなか帰れなくなったんだけどねー」

「っ……!」


 へらへらとした笑いを零すヴェルナーとは対照的に、ユリウスがこめかみに血管を浮かび上がらせる。そんないつものやりとりの一方、離れたテーブルにいた団員の一人がふと思い出したようにつぶやいた。


「しかし、こないだの『王の剣(エペ・ドュロワ)』は残念だったよなー。俺たち相当頑張ったのによー」

「まーそう簡単に白騎士団には勝てんでしょ。そこに追いつけたとしても赤と青がいるわけだし」

「だよなー。とりあえず、今度の武術大会でいいとこ見せないと」

(『王の剣』……)


 その単語を聞き、厨房で作業していたマリーは思わず顔を上げた。『感謝祭』で行われた、華々しい投票の一幕を思い出す。


(結局、ぜんぜん手が届かなかったな……)


『王の剣』――王都に四つある騎士団のうち、一年で最も活躍した団に与えられる称号。

 市民からの投票で選ばれ、これに選ばれることはたいへん名誉なこととされている。ミシェルが目標にしていたこともあり、マリーも気合を入れて挑んだものの――前回は赤騎士団に取られてしまった。


(でも今年こそは、うちが選ばれてみせる……!)


 お弁当を詰める手をこっそり止め、マリーはぐっと拳を握りしめる。やがて団員が揃ったことを確認したのか、ユリウスがその場に立ち上がった。


「それでは本日の振り分けを発表する。まず第一班――」


 名前を呼ばれた者たちが立ち上がり、「やれやれ」やら「いっちょやりますか」と背伸びしながらだらだらと食堂を出て行く。マリーは出来上がったお弁当の一式を抱えると、彼らのあとを追って玄関へと向かった。

 見送りがてら、騎士たちはマリーを振り返ってそれぞれ片手を上げる。


「それじゃマリーちゃん、行ってくるぜ!」

「パパっと済ませて夕飯までに帰ってくるからよ」

「朝飯もうまかったぞー!」

「はーい!」


 マリーが笑顔で応じていると、いつのまにか隣にいたルカがフードを被りながらぼそりとつぶやいた。


「とりあえず、僕たちが出たあとはちゃんと戸締りしててよね」

「ルカさん、了解です!」

「いつかの時みたいに、勝手に一人で飛び出さないこと」

「そ、そうですね……」


 思い当たる節がありすぎるマリーが苦笑したのを見て、ルカもまた呆れたように片笑む。そんな二人の脇をけだるげにヴェルナーが通り過ぎた。


「んじゃーオレも行ってくるね~」

「はい、ヴェルナーさん」

「あ、そうそう。実は昨日、街で人気のケーキ屋さんを教えてもらったんだ。良かったら今日オレが帰ってから一緒に――」

「貴様は任務が終わり次第、反省書と報告書書きだ」


 同じく歩いてきたユリウスが分厚い書類の束をバン、とヴェルナーの頭に叩きつける。「いってえ~!」という絶叫とともに引っ張られていくヴェルナーをはらはらしながら見送っていると、最後にミシェルが姿を見せた。


「じゃあ、あとよろしくね」

「うん。魔獣退治、頑張ってね」


 手に持っていたお弁当を渡すと、ミシェルは満面の笑みを浮かべて受け取る。その瞬間、きらきらっと輝くような光が目の前を舞い、マリーは思わず瞬いた。


(ああ、やっぱり綺麗――)


 一流アイドル、モデル、俳優、芸能人――。

 前世のマネージャー時代に何度も目にしたことがある、圧倒的なカリスマ。

 彼の光はまだ、ほんの欠片にすぎないけど――。


(いつかきっと、すごい騎士になりそうな気がする……!)


 ミシェルはお弁当を大事そうに抱えると、外で待っていた他の騎士たちのもとに駆け寄った。そのままくるっと振り返ると、朝日を背にして嬉しそうに叫ぶ。


「マリー、行ってきます!」

「――行ってらっしゃい!」


 まばゆいその姿に目を細めながら、マリーもまた大きな声で黒騎士団のみんなを送り出すのだった。



 

じゃない方聖女、第二部です。

第一部で書けなかった色々を回収していくつもりなのでお付き合いいただけたら嬉しいです。

どうぞよろしくお願いいたします。

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