第六章 3
(相変わらず冷たいけど……意外と優しいのかも)
そのうち「おい、そろそろいけよ」「勇気出せ」という声が背後から聞こえてきて、マリーは何が起きるのかと目をしばたたかせる。
やがて、ここに初めて来た時に「アラン」と名乗った団員の一人がマリーの前にぎくしゃくと歩み出た。
「え、ええと、マリーちゃん、た、退院おめでとう!」
「アランさん、ありがとうございます」
「それで、その……」
真っ赤になって言いよどむアランの後ろでは、団員たちが「しっかりしろ!」「男だろ!」というヤジを飛ばしており、マリーははてと首を傾げる。
するとようやく覚悟を決めたのか、アランは背中に隠していた箱を勢いよくマリーに差し出した。
「こ、これ……良かったら、受け取ってください!」
「は、はい!」
その迫力に押し負け、マリーは急かされるように箱を開ける。
中から現れたのは、先ほどミシェルに借りたのと同じ黒騎士団の外套だった。
ただし女性用のサイズなのか、みんなの物より少し小さめだ。
「これ、もしかして……」
「あっ、いやっ、別におれからってわけじゃなくて! その、みんなでお金を出し合って、作ってもらったというか……」
えへへとはにかむアランを前に、マリーはすぐさまその外套を纏う。黒騎士団の一員になれた気がして、思わず顔をほころばせた。
(どうしよう……すっごく嬉しい……!)
感激するマリーの様子に他の団員たちも盛り上がり、アランに向けてやんやの慰労を送る。やがて両手に巨大な皿を持ったヴェルナーが「あのなー」と苦笑しながら現れた。
「お前ら、オレがいないとこでメインイベント進めんじゃないよ」
「ヴェルナーさん!」
「おかえり、マリーちゃん。今日は年末のお祝いだ。好きなだけ食べて」
見れば後ろから大鍋を持ったルカがついて来ており、テーブル中央にあった小さな金属箱の上にそれを置く。
ミシェルが鍋の下に火を入れると、中に入っていたチーズがくつくつと音を立て始めた。脇のトレイには焼きたてのパンや素揚げした野菜、焼いた鶏肉などがぎっしり並んでいる。
「これを串に刺して、溶けたチーズをすくって食べるんだって」
「チーズフォンデュですね!」
「……フォンデュ?」
食べ方の説明をしていたルカが首を傾げている間に、麦酒の入った木製のジョッキが団員たちの手に次々と配られていく。
中身はしっかり大人だが、若返ったこの体に何かあってはまずいとマリーはジュースを準備してもらい、ミシェルとルカも同じものを手に取った。
「それじゃ、リーダー」
「……」
ヴェルナーから促され、隅にいたユリウスがはあとため息をつく。
「黒騎士団の勝利と、良き一年。そして――世話係の快癒を祝して、乾杯!」
「かんぱーい‼」
あちこちで豪快にジョッキをぶつけ合う音が響き、そこかしこで「がはは」という笑い声がこだまする。すぐに酒をおかわりする者、皿いっぱいに料理を取り始める者、ドラゴンとの戦いを思い出して熱く語り出す者など、冬の寒さがどこかに飛んでいきそうな賑やかさだ。
マリーもまた用意されていた串に薄切りされたパンを刺し、そろそろとチーズの海をくぐらせる。艶々とした黄金色の輝きに目を輝かせながら、そうっと口に運んだ。
その瞬間、焼けた小麦のぱりぱりとした食感と香り、ほどよいチーズの塩味が口いっぱいに広がる。
「ふっごく、美味ひいです……!」
「お、良かった。どんどん食べていいからね」
次々と空になるトレイと入れ替えるように、ヴェルナーが新しい素材を運んでくる。メインのチーズフォンデュ以外にもローストビーフらしきものや揚げたポテト、ケーキに果物など実に多種多様なメニューがずらりとテーブルに並んでいた。
どれを食べようか悩んでいると、いつの間にか隣に来たルカがひょこっと顔を覗かせる。
「改めておかえり、マリー。無事に帰って来られてよかったね」
「ルカさん、こちらこそありがとうございます」
「退院前に騒動していたから、てっきりあのまま『聖女』になるのかと心配したよ」
「あ、あはは……」
その言葉にマリーは思わず苦笑する。
実は体調がほぼ元通りになった頃、かつてマリーのことを「聖女じゃない」と追い払った神官たちが、雁首揃えて病室に訪問してきたのだ。
どうやらリリアが『奇跡の力』を完全に失ってしまったため、彼女を擁立していた彼らは大いに焦燥したらしい。
そこにタイミング良く新しい『奇跡の力』を披露したマリーが現れたため、手のひらを返したかのように「あなたが本当の聖女様だったのですね!」と主張し始めたのだ。
だが『聖女』になれば当然、騎士団の世話係は辞めなければならない。
マリーは「それは嫌だ」と必死になって抵抗した。しかし神殿も譲らず、事態は難航すると思われたのだが――
「ま、でもこれで神殿の奴らもちょっとは大人しくなるでしょ。だって――ただの魔術を『奇跡の力』なんて偽っていたわけだからさ」
「私の容疑も晴れて、本当に良かったです……」
だがそこで手を挙げたのが魔術師団だった。
彼らは『聖女』による『奇跡』は、白の魔力を持つ魔術師による魔術であると主張し、これまで王の右手として権力を欲しいままにしてきた神官たちを訴えた。
当然神官たちは「何を根拠に」と憤慨したが、そこでルカが入手した『リリアの魔力』を感知した『白く濁った賢者の石』が提出された。
さらにそこから検出された魔力と、以前暴走した馬車馬に残留していた魔力とをジェレミーが照合した結果、同一のものであると認められたのだ。
これによりリリアが『白』の魔力を持ち、かつ魔獣化の原因であることが判明――神官らもついに反論を失ったらしい。
(私からすれば、そもそも魔術自体が『奇跡の力』みたいな気もするけど……)
しかしどうやら、魔術が普通に使用されているこの世界では「魔術=科学」のような立ち位置になっているようだ。
「調べたら、これまでにも色々動物実験をさせていたみたいだね。そのうち失敗したもののいくつかをハクバクの森に捨てた、という証言が他から取れた。蝙蝠型の魔獣は、多分そこから発生したものみたい」
「神殿どころか、また牢屋に戻されるのかとひやひやしてました……。それにしてもルカさん、よくリリアの傍に近づけましたね」
マリーの素朴な疑問に、先ほどまで饒舌に話していたルカが突如押し黙る。
「……別に。助かったんだから、どうでもいいでしょ」
「でも、いつもクロードさんか白の騎士団の方がいたから、すごいなあと」
すると、淡い気泡を立てるグラスを手にしたヴェルナーが二人の間に割り込んできた。
「うんうん。これもルカの涙ぐましい努力のおかげだよねえ」
「涙ぐましい……?」
「ちょっ、ヴェルナー!」
「聞いたよ? なんでも神殿のメイドとして働いてたんだって? 女装して」
「女装⁉」
「ヴェルナー‼」
しゃーっと猫のように威嚇するルカを残し、ヴェルナーは笑いながらふらっと姿を消した。残された気まずい空気を破るべく、マリーがおずおずと尋ねる。
「あの……」
「……仕方ないでしょ。それしか近づく方法がなかったんだし」
そう言うとルカは「僕もう行くから」と逃げるようにいなくなってしまった。黒いワンピースに白いエプロン――というルカの姿を想像したマリーはううむと眉を寄せる。
(意外と悪くないかも……)
その後もパーティーは盛況に続いた。
もうじき年を越すという時刻になっても終わる気配は一切なく、団員たちの多くは始まった時と変わらず、酒を片手にああだこうだと楽しそうに騒ぎ合っている。
その一方、ユリウスやルカといった何名かはさっさと自室に戻っており、やや眠たくなってきたマリーもきょろきょろと周囲を見回した。
(そういえば、ミシェルさんと話してない……)
パーティーの間、ヴェルナーに呼ばれて火の調整をしたり料理を運んだりとせわしなく働いている姿は目撃した。
その都度声をかけようとしたのだが、マリーもまた団員たちに度々呼び止められてしまい、ゆっくり話をする時間を取れなかったのだ。
(もう部屋に戻っちゃったのかしら……)
喧騒から離れるように、玄関の方へと移動する。
すると「ひゃん!」というジローの鳴き声がし、その傍にいたミシェルがすぐに顔を上げた。マリーはほっとした様子で駆け寄る。
「ミシェルさん、ここにいたんですね」
「うん。ジローにもごちそうをあげようと思って」
見ればジローの餌皿には、普段より豪勢な肉が入っていた。
パーティーにあったものとはまた違ったので、おそらくヴェルナーが特別に作ってくれたものらしい。美味しそうにはふはふと夢中で食べるジローを見つめていると、ミシェルが静かに口を開いた。
「あらためて、……マリー、ありがとね」
「ミシェルさん?」
「ドラゴンの時もだけど、魔獣退治とか、一緒に仕事を探したこととか……あ、あとビラ配りしたことも」
一つ一つ確かめるように呟きながら、ミシェルは玄関先に腰を下ろす。
マリーがそっと隣に座ると、嬉しそうにミシェルがはにかんだ。
「マリーと会う前さ、ユリウスがいなくなって、みんなもやる気をなくしちゃってて……。こんなじゃダメだ、おれがなんとかしなきゃってがむしゃらに頑張ってた。でも本当はどこかで――『もうだめかもしれない』とも思ってたんだ」
「ミシェルさん……」
「そんな時、君が現れた。一緒にちらしを配ってくれて、世話係に立候補してくれて……。最初のうちは相変わらず全然仕事はなかったけど、一人で落ち込んで戻るより、二人でがっかりして帰る方が、なんかすごく楽しかった」
そのうちにユリウスが復帰し、久しぶりの大型依頼を得た。
ふてくされていた団員たちも少しずつ変わっていって、ヴェルナーやルカといった仲間も力を貸してくれるようになった。
「マリーがいなかったら、おれは騎士団を――夢を諦めていたと思う。だから……ありがとう」
その瞬間――ミシェルの周りにあのキラキラとした光が舞う。
(……あ、また……)
選ばれた者だけが持つ、人を惹きつけて離さない魅力。
その輝きは以前よりも格段に増しており、マリーは寒さとも緊張とも分からぬまま頬を赤くした。
「お、お礼を言うのは私の方です。こちらこそ……何も知らない私を受け入れてくれて、本当に……ありがとうございました」
二人の間に心地よい沈黙が流れ、知らず熱くなった頬を夜風が冷やす。
やがてミシェルが「んんっ」とわざとらしく咳払いした。
「あの、マリーにお願いがあるんだけど」
「は、はい! 私に出来ることでしたら何なりと」
「それじゃあ……今度からおれのこと、『ミシェル』って呼んで欲しいんだ」
まさかの提案に、マリーは思わず動揺する。
「よ、呼び捨てだなんて、そんな」
「ドラゴンと戦った時、一回だけ呼んでくれたよね」
(呼んだ……? ――呼んでた‼)
慌てて過去の記憶を繙く。
すると確かに「ミシェル」と叫びながら彼に抱きついた覚えがあり、せっかく収まってきた顔の熱が、再びぎゅんと沸騰するように跳ね上がった。
「あ、あの時は、その、私も無我夢中だったといいますか、ええと」
「それに年も同じくらいだし、もうそこまで気を遣わなくてもいいかなって」
(ど、どうしよう……⁉ 名前を呼ぶくらいはセーフ? でも所属アイドルに手を出すのは絶対だめだし、というかそもそもミシェルさんは別にアイドルじゃないし私もマネージャーじゃないけど一応同じ騎士団の仲間であるからして⁉)
前世と今世の倫理観がごちゃ混ぜになり、マリーはぐるぐると目を回す。すると戸惑っていることを察したのか、ミシェルが慌てて訂正した。
「む、無理に呼ばなくてもいいよ? ごめん、変なこと言って驚かせたね」
「い、いえ! だ、大丈夫です!」
マリーはすうっと息を吸い込むと、じっと彼の方を見つめた。
「ミ、……ミシェル」
「……」
すると当のミシェルが何度か目をしばたたかせ――直後、何故か頬にかっと朱を走らせた。
予想外のリアクションに、マリーまでわたわたと動揺してしまう。
「な、なんで照れたんですか⁉」
「あ、いや、なんかその……想像より、ドキドキしたというか……」
「想像⁉」
いったい何を、とマリーもつられて顔を赤くする。
すると王都の中心部から、荘厳な鐘の音が聞こえてきた。
それを耳にしたミシェルは、いまだ赤い顔を誤魔化しながら説明する。
「あ、と、年を越したみたいだね!」
「そ、そうですね!」
互いに視線をそらし、ぎくしゃくとした様子で相手の出方を探っていた二人だったが――やがてどちらともなく「ふっ」と笑みを漏らした。自然と視線がぶつかり、ミシェルが嬉しそうに目を細める。
「今年もよろしく、マリー」
「……はい!」
二人分の白い息が、真っ暗な夜空にふわっと浮かぶ。
満天の星のもと、足元にいたジローが「ひゃん!」と元気よく鳴いた。





