第五章 2
「代々の『聖女様』に『奇跡の力』があることは君も知っているだろう? 当代の聖女リリア様は、とかく動物に愛されるお人柄なんだ」
「それがどうして儀式という話になる」
「……その力を知った貴族の一部から陛下に進言があったんだ。その能力を生かし――ドラゴンを使役出来るようになれば、素晴らしい国威発揚になるのではないかと」
「ドラゴンだと……⁉」
まさかの対象に、さすがのユリウスも目を見張った。
ドラゴンといえばかなり希少な種であり、その攻撃力・防御力とも最強を誇る動物だ。成体ともなれば体長は三階建ての建物を優に超え、その立派な鉤爪や巨大な尻尾が触れただけでも人には致命傷となる。
なにより恐ろしいのが吐き出す炎で――
「正気か⁉ 捕獲するだけで何人犠牲が出ると思っている!」
「分かっている。当然捕らえたのは幼体のドラゴンだ。今エルランジュから運んでいる」
「調教できる保証はあるのか? 下手をすればそのまま王宮に危険が及ぶぞ⁉」
「聖女様のお力はわたしもこの目で見ています。あれは本物と見て間違いないでしょう」
やがてクロードは儀式当日の人員配置や警備計画などを置いた資料を残し、黒騎士団を立ち去った。しばらくして、団員たちの中から不安そうな声が上がる。
「リーダー……。マリーちゃん、もう帰って来れねえのかなあ……」
「馬鹿を言うな。あいつが魔獣化の原因なわけないだろう」
「でも魔力が一緒って言ってたし……。このままだと処刑とかされちゃうんじゃ……」
その言葉に、食堂内の空気がさらに一段冷え切った気がした。
ユリウスは「馬鹿馬鹿しい」と首を振ると、クロードが残していった紙束を掴む。
「全員、従来通り依頼はこなせ。今月はまだ目標数に達していない」
「で、でも……」
「ただし終業後、先日の魔獣退治で気づいた事項があれば逐次俺に報告しろ。またハクバクの森を含む現地の調査、市民への聞き込みも許可する」
「! マリーちゃんが無実だって証拠を探すんですね⁉」
「違う。これは他に可能性がないかの裏付け調査だ。万が一、魔獣化の犯人が別にいて野放しにされていたら被害はまた拡大する。その危険性を排除したいだけだ」
口では違うと言いつつも、結局はマリーの安否を心配していると分かり、感極まった団員たちの一部が「リーダー‼」とユリウスに抱きついた。
その賑わいの最中、こっそりと席を立ったルカにミシェルが気づく。
「ルカ? こんな時間にどこいくの?」
「ちょっと散歩。鍵は持って出るから閉めてていいよ」
猫のようにふらりと出て行ったルカを見つめ、ミシェルはそのまま窓の外に視線を動かした。
寒気を孕んだ雲が空を覆い尽くしているためか、月も星もまったく出ていない。
(マリー……)
全身を凍り付かせるような冬の風が、かたかたと窓枠を揺らしていた。
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深夜、三階にある部屋の窓をこんこんと叩く音がした。
机上にあるわずかな明かりのもと、真っ白に染まったサージュを睨んでいたジェレミーは、いったい何だと立ち上がる。
カーテンを開けると、そこにはかつての後輩・ルカの姿があった。
「ルカ、突然どうした」
「ちょっと、聞きたいことがあって」
窓を開けて外を覗き込むと、ルカの魔術で作り出された土の階段が、壁面に添うようにして三階のジェレミーの部屋にまで伸びていた。
よっと窓枠を乗り越えて入ってきた後輩を前に、さして驚くことなく口を開く。
「魔術、使えるようになったのか」
「うん。ちょっと前から」
「ならとっとと戻ってこい。魔術師団はいつも人手不足なんだ」
だがルカはそんなジェレミーの言葉に、うーんと苦笑した。
「悪いけど、今日はそんな話をしに来たわけじゃないんだ。……例の魔獣化事件、マリーが犯人だって先輩が報告したの?」
「……何故そう思う」
「この前黒騎士団のみんなに魔力測定をやったでしょ。マリーの魔力を知るとしたら、その時くらいしか機会はないし」
そう言いながらルカはジェレミーの机に歩み寄り、転がっていた白いサージュを指先で持ち上げた。ためつすがめつそれを眺めるルカを見て、ジェレミーは「はっ」と両肩を上げる。
「まあそうなるわな。一応反論しておくが、言い出したのはおれじゃない」
「じゃあ誰?」
「おれが提出したのは、先日捕獲された魔獣から抽出された魔力データ。そして黒騎士団全員の魔力測定の結果だけだ。たしかに魔獣からは『白』の魔力残滓が検出され、あのお嬢ちゃんからも高濃度の『白』の魔力が確認された。だがお前も知っている通り、本来それだけでは『同じものである』という証拠には足りえない」
「知ってる。『白』はあくまでも四大要素に該当しない魔力を指すもので、その魔術効果は全部バラバラだもんね。だからこそ――どうしてマリーが犯人として検挙されたのかが疑問だった」
フードの奥からじっと睨みつけてくる後輩の圧に負け、ジェレミーがちっと舌打ちする。
「おそらくだが……上層部に、例の魔獣化について探られたくないやつがいる」
「その人が真犯人を庇うために、マリーを無理やり犯人に仕立て上げたってこと?」
「ああ。現場に都合よく『白』持ちがいたから、そこに擦りつけようってことだろう」
それを聞いたルカは、手を口元に添えて考え込む。
「それならマリーの魔術が『魔獣化』の効果を持つものではない、ってことをきちんと証明できればいいのかな」
「それは一つの手だろうが……あのお嬢ちゃん、魔術が使えるのか?」
「まだ意識的には出来ないみたい。でも以前に一度、それらしき魔術を受けたことがある」
「! 本当か」
「うん。多分『回復』に属する類だと思う」
「回復であれば、『白』にはいちばん多いタイプだが……。本当にそれだけか?」
今度はジェレミーから鋭い質問をされ、ルカが口を引き結んだ。
「実はおれも会った時、どうも妙な感じがしてお嬢ちゃんの魔力を軽く調べさせてもらったんだ。その時はあまりに弱くて、白だとすら判別しかねていたんだが……それ以上に『二つのもの』が混じっていた気がしたんだよ」
「二つのもの?」
「ああ。四大要素に当てはまらない『白』の何か――。回復だけ、というなら問題はない。だがおれ自身、そのことがずっと気になっていて……。いまいちまだ、あのお嬢ちゃんが無実であると断定することが出来ないでいる」
「マリーに、もう一つ力が……?」
ルカは記憶を辿るように自身の手を見つめる。
あの時確かにマリーから魔力が流れ込むのを感じた。その後、玄関先で手の甲についていた傷を確認すると、自然治癒とは明らかに違う速度で傷が塞がっていたのだ。
だがそれ以外にも何か、彼女が『魔術』を使っていたのだとしたら――
(……違う。僕にはあの時、明白に自分の意思があった。『魔獣化』なんて、そんなはず……)
しかし魔獣討伐の間はとにかく必死で、そう断言できない自分も間違いなくいる。
ルカはぐっと拳を握りしめると、ジェレミーに向かって尋ねた。
「どちらにせよ、マリーは魔獣化なんてしていない。何か、助ける方法はないの?」
「残念ながら、捕えていたサンプルは既に絶命し魔力を喪失している。おそらく生息地を長く離れたせいだろう。その上残りはお前たちが完全討伐してしまったので、今となっては詳細なデータを集め直すことも出来ない」
「……そんな」
「あるとすれば、別の容疑者を探し出すことだ。そいつの魔術が『魔獣化』、ないしはそれに類する能力で、かつお嬢ちゃんの魔術がそうではないことを公の場で証明してみせればいい」
「別のって言ったって……魔獣化なんて『白』の魔力持ちにしか出来ない芸当だ。そんな珍しい魔力を持つ人間、そうそういるはずが――」
するとジェレミーが、マスクの上からのぞく目をにっと細めた。
「一人、候補ならいるぞ」
「誰⁉」
「確証はないが――おれは『聖女』がそれだと睨んでいる」
聖女、という単語にルカはすぐに脳内の辞書を繙いた。
王家の相談機関として、古くから高い地位を築き続けてきた神殿。そこに属する神官たちが擁する乙女のことだ。
女神の使者とも称される彼女たちは皆不思議な力を有しており、神官らの庇護のもと、王とこのアルジェントを助ける役割を担うという。
やがてジェレミーが本棚にあった一冊の方を引き抜いた。
「これはとある神官の古い手記だ。過去に実在した一人の聖女の動向を記録したものだが――ここで『奇跡の力』と呼ばれるものはすべて、魔術ではないかとおれは推測している」
「奇跡の力が魔術……となると、聖女って」
「ああ。要は特別な『白』の魔力を有した魔術師のことだろう」
神官らに知られたら投獄されそうな恐ろしい仮説を聞き、ルカは少しだけぞくりと肩を震わせた。しかしもしそれが本当だとすれば、今の聖女が『魔獣化』に関与している可能性も出てくる。
「……すぐに調べよう。もし本当に『聖女の奇跡』がただの『魔術』なら……魔力が賢者の石に反応するはずだよね。そこから調べればどんな能力かだって――」
「そう簡単に言うな。おれだって何度も確かめようとした。だが出来なかった」
「出来なかった?」
「聖女は神殿が擁する最重要人物だ。どこを出歩くにも白騎士団がべったり、居住区にすらまったく近づけん。まあ、おれのこのなりでは不審人物と思われても無理はないがな」
「そんな……」
「それに『奇跡の力』がただの『魔術』だなどと口にしてみろ。神殿は怒り狂うぞ」
神秘のベールに包まれた聖女と奇跡の力。
それが単に魔術の一派生でしかないと判明すれば、神殿はその権威を失墜するだろう。王の懐刀としての立場も危うくなり、このアルジェント自体が揺らぐことも考えられる。
でも、とルカは眉をひそめた。





