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第四章 4



 応対したミシェルは一瞬言葉に詰まり、ちらっとマリーの方を見る。

 隣にいたマリーも返事に迷っていると、少年は「ああっ⁉」と焦燥した表情を浮かべた。


「す、すみません! 突然こんなことを聞いて」

「い、いえ。もしかしてルカさんのお知り合いの方ですか?」

「はい。レインと言います。ルカとは魔術師団の同期でして」


 レインと名乗った少年はルカと親しかったらしく、魔術師団の中でも飛びぬけた才能を持った彼のことをとても尊敬していたと続ける。


「でも突然魔術師団を辞めたかと思うと、騎士団に転籍してしまって……。ぼくたちもすごく驚いていたんです」

「退団した理由は聞かれなかったんですか?」

「急な話だったので、直接聞けた人はいないと思います。でも多分……魔術が使えなくなったからじゃないかと」


 その言葉にマリーとミシェルは揃って目を真ん丸にした。


「魔術が使えなくなった⁉ ルカさんがですか?」

「は、はい。……言われてませんでした?」

「あ、ええと、あはは……」


 誤魔化すように苦笑するミシェルの前で、レインがぎゅっと両手を組む。


「……ルカは本当に天才でした。その上努力家で、誰よりも魔術のことに詳しかった。でもある大型魔獣の討伐任務で――同じ魔術師団の人間を傷つけてしまったんです」


 魔術の暴発事故。

 もちろん故意ではなかった。

 出来る限り周囲に被害を出さないよう、ルカなりに考えての行動だったとみんなが理解していたという。

 だがルカはその日以来、一切魔術を行使出来なくなっていたそうだ。


「魔術は精神的な集中が必要なので、調子が悪いことは誰にだってあります。ぼくたちも、いつかきっとまた使えるようになるからと、気を落とさないよう伝えていたんです。でもなかなか元通りにならなくて……気づいたらたった一人で、黒騎士団に……」


 エリートである魔術師団から、黒騎士団に転籍した理由。

 それを図らずも知ってしまった二人はどう答えればいいのか分からず困惑する。

 するとそれに気づいたレインが慌てて「すみません」と頭を下げた。


「突然こんな話をして申し訳ありません。ただその、もし彼がまだ事故のことをを後悔しているようなら……魔術師団の人間は誰も気にしていないって、それだけ伝えてほしくて」

「……分かりました。ちゃんと伝えておきますね」


 ありがとうございます! とレインは頬を上気させると嬉しそうに微笑んだ。


「良かった……! 実は呼び止めようか、ぎりぎりまで迷っていたんですけど……やっぱりあの『黒騎士』様がおられた騎士団ですね。二人ともお優しい方で良かったです」

(『黒騎士』……?)


 そう言うとレインはぺこっとお辞儀をして、元来た道をたったと戻っていった。


「まさかルカさんが魔術を使えなくなっていたなんて……」

「おれも驚いたよ。そんな話、全然されなかったから……。でも確かにそれなら、魔術師団から黒騎士団に来たのもちょっと納得かな」

「そう、ですよね……」


 境遇を知ってしまった今、ルカを無理やり部屋から出すのはさすがに躊躇われる。

 だが彼の魔術は、今回の状況を打破する最後の手段となるはずだった。それが難しいとなれば――また別の方法を考えなければならない。


「いっそ、魔術師団の方にお願いして力を貸していただくとか」

「魔術師団は王命でしか動かないから、一度議会を通してもらう必要があるね。でも今の状態では緊急性は低いとみなされて、後回しにされる案件だと思う」

「じゃあやっぱり、ルカさんにお願いするしかないんでしょうか……」


 だが自分のミスで人を傷つけたとなれば、そう簡単に克服出来るものではないだろう。

 ミシェルも同様の考えだったらしく、眉尻を下げるとしょんぼりと床に視線を落とした。


「一応、ユリウスにはさっきのことを話しておくよ。でも他の団員たちには……。ルカ自身も、そんなに広まってほしいことではないだろうし」

「そうですね。しかしこれでいよいよ、魔獣を倒す手段が……」


 そこでマリーはふと、先ほどレインが発した『黒騎士』という単語を思い出した。そう言えば以前ミシェルを小馬鹿にしていた男性たちも、同じようなことを口にしていた気がする。


「あの……『黒騎士』さんにお願いは出来ないのでしょうか?」

「え?」

「さっきレインさんも言ってましたけど、多分その、すごい方なんですよね? 今は退職されているのかもしれませんが、今回だけ力をお借りするとか……」


 だがマリーの提案に、ミシェルはさっと顔を陰らせた。

 普段の彼からは想像もつかない反応に驚いていると、ミシェルが「ええと」と言いづらそうに頬を掻く。


「それは……ちょっと難しいかな」

「す、すみません! そう簡単なものではないですよね」

「いやそうじゃなくて……『黒騎士』はもう亡くなっているんだ。十三年前に」

「えっ……」


 その返答にマリーは自らの浅慮を恥じた。たまらず口を閉ざしていると、ミシェルがすぐにいつもの明るい口調で目を細める。


「ごめんね、こんな話して」

「い、いえ! 私の方こそ何も知らずに失礼なことを」

「大丈夫だよ。隠しておくことでもないしね。でもそうだな……確かに『黒騎士』がいたら、こんな案件あっという間に解決しちゃうんだろうな……」


 やがて二人は魔術師団の建物を後にし、そのまま買い出しへと赴いた。大量の食材を抱えて邸に戻ると、時を同じくして疲弊した様子の団員たちと鉢合わせる。ミシェルは食材を厨房に運んだのち、すぐにユリウスを呼び止めた。


「今日の分析結果と、あとちょっと話が」

「ああ、部屋で聞こう」


 夕食の準備を始めたマリーは、そんな二人の背をこっそりと見つめていた。






 その翌日。

 マリーは一人図書館へと向かっていた。


(ええと、確かこっちの方角だったはず……)


 道すがら、今朝も綺麗に洗われていた皿のことを思い出す。

 昨夜もルカの分の食事を取り分けていたのだが、またも綺麗に完食されていた。


(夕食はまた食べてくれていたから、とりあえず体調不良とかではないみたい。でも、それと魔術を使えるかとは別の問題よね……)


 無理やり部屋から引きずり出して、魔術を使えというのは簡単だ。

 だがそれですぐに使えれば苦労はないし、そんな不確実な状態で作戦に織り込むことをユリウスは良しとしないだろう。


(じゃあこのまま魔術を一生使えなくてもいい? あの部屋から出られなくていい? と考えると……それはまたちょっと違う気がするのよね)


 ではどうすれば――と考えたマリーだったが、まずそもそもマリー自身が『魔術』に対してあまりに無知であることに気づいた。

 自分がよく分からないものを、相手に「使ってみろ!」というのも酷な話だ。

 だが任務に忙しいミシェルに教わるのは気が引けたし、ユリウスなど恐ろしくて聞けるはずがない。ということで自力で『魔術』について学習するべく、それに関する書物を求めたのだが――




(何を書いているのかまっっったく分からない……!)


 幸い、記述されている文字が理解出来ないわけではない。

 だが研究論文さながらの専門用語と、随所にみられる独特な言い回しのせいで、いっこうに内容が頭に入ってこないのだ。さっきから『魔』という文字がゲシュタルト崩壊している。


(も、もう少し、簡単なものを……)


 カウンターにいた司書に相談したところ、それではこちらをと一冊の絵本を渡された。

 そこには『はじめての魔術のほん』と書かれており、これだ! と目を輝かせたマリーはまずはその本を借りて読んでみることにした。




 

明日からは1話更新になります~。

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