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第四章 3



 一夜明け、朝食の準備をしようと食堂を訪れたマリーはすぐにテーブルに目を向けた。

 夜食として置いていた食器が見当たらない。

 気づいた途端、ぶわっと頬が熱くなる。


(なくなっ……てる!)


 いそいそと洗い場の方に向かう。

 するとそこには綺麗に洗って乾かし途中の食器が伏せられており、マリーは思わず両手を握りしめた。


(やった……食べてもらえた!)


 まるで拾ったばかりの猫が餌を食べてくれた時のような感動を覚えつつ、マリーは上機嫌に朝食の支度を始める。

 するといつもより随分早くミシェルが「おはよー」と現れた。


「ミシェルさん、今日は早いですね」

「うん。これを魔術師団に持って行こうと思って」

「これって……例の魔獣ですか⁉」


 これ、という言葉とともに持ち上げられた籠の中身に、マリーは思わず目を見張った。ジージー、とセミの羽音のような鳴き声を立てるそれは、蝙蝠型という名の通り、確かに両手が翼のような形になっていた。

 だがマリーの思い描いていた蝙蝠とはだいぶ異なり、大きさは小型犬のジローと同じくらい。口には鋭い牙が生えており、非常に獰猛そうである。


「こ、こんなのを相手にしてたんですね……」

「これは結構大きい方かな。でも今までの魔獣とはちょっと違うみたいで、ちゃんと調べ直した方が良いだろうってユリウスが」

「なるほど……」


 どうやら今日だけミシェルは別行動になるようだ、と気づいたマリーはぱあっと目を輝かせる。


「ミシェルさん、それって結構時間かかりますか?」

「はっきりとは分からないけど、半日もあれば終わると思うよ」

「でしたらその……帰りで良いので、食材の買い出しに付き合っていただけないでしょうか?」


 仕事で出かけるミシェルに頼むのは若干気が引けたが、ここ最近かなり食材の消費が激しい。だがいつもなら交代で荷物運びを手伝ってくれる団員たちが、しばらく任務に出っぱなしなため、運び入れるのに毎回とても苦心していたのだ。

 ミシェルは朗らかに「もちろん良いよ」と快諾する。


「じゃあ朝食が終わったら、玄関に集合で」

「ありがとうございます!」


 そうしてばたばたとした朝食と見送り、片付けなどを終えた後二人は王宮へとやって来た。召喚された時以来の登城に畏縮していると、ミシェルが「こっちこっち」と手招きする。


「魔術師団は陛下直轄の組織だから、普段は王宮で働いているんだ。もちろん依頼によっては現地に行くこともあるみたいだけど」

「本当にすごい方たちなんですね……」

「だよね。あ、ここだよ」


 渡り廊下を歩いていくと、堅牢な白い石造りの建物が姿を見せた。

 三階建ての立派なそれは黒騎士団の邸とは天と地ほども違い、マリーはその眩しさに思わず目をちかちかさせる。

 早速ロビーに入ると、ミシェルは受付に先ほどの魔獣の入った籠を置いた。


「黒騎士団のミシェルです。これの分析をお願いします」

「かしこまりました」


 受付にいた銀髪の美しい女性はにっこり微笑むと、がたがたと籠を揺らす魔獣に怯えることもなく、手慣れた様子でさっさと奥に運んでいった。あまりに堂々としたそのやりとりに、マリーはこっそりミシェルに尋ねる。


「あの、さっきの方も魔術師なんですか?」

「いや? 多分ただの世話係の人じゃないかな。騎士団と同じように、魔術師団にも世話係はいるし」

「な、なるほど……」


 言われてみれば、他の騎士団にもマリーと同じような世話係は存在するはずだ。

 だが斡旋所でも街でもそれらしき姿を見たことは一度としてなく――マリーは戻ってきた麗しい受付嬢を見つめると、ううむと一人眉を寄せる。


(確かに前世でも「なんでマネージャーやってるの⁉」みたいな人はいたけど……。で、でも、それはアイドルたちの人気とは関係ない……。関係なかった、はず……!)


 やがて一時間が経過し、二時間を越え、三時間に差し掛かろうとする頃、ようやく件の受付嬢がミシェルの名前を呼んだ。

 建物奥に続く廊下を歩いていき、ミシェルは指定された部屋番号の扉をがちゃりと開ける。


「失礼しまーす」


 するとそこに、白衣を着た男性が座っていた。

 その髪と瞳は目が覚めるようなピンク色。おまけに顔の下半分はマスクのような仮面で覆われている。その奇抜な容貌にマリーは思わずぎょっと目を剥いた。


「おう来たか。そこ座れ」


 白衣の男性は適当に椅子を勧めたあと、中央のテーブルに魔獣の入った籠をどんと置いた。


「これ、どこで捕まえた?」

「ハクバクの森です。個体差はありますが、同様の魔獣が大量に発生していて」

「ほーっ、これがねえ……」


 男性は顎に手を添え、どこか楽しそうに籠の中の魔獣にちょっかいをかける。すると怒った魔獣が格子の隙間から男性の指をがぶりと噛んだ。

 だが男性は引き抜くでもなく、そのままがしがじと牙を立てさせたままだ。


「(あの……噛まれてますけど……)」

「(毒はない種類だから、大丈夫だと思うけど……)」


 ひそひそと囁く二人をよそに、男性はもう一方の手で何かの書類を確認したあと、がしがしと頭を掻いた。


「ざっと調べてみたが、この魔獣はかなり高濃度の魔力を吸収している。そのせいで従来種よりかなり巨大化・狂暴化しているようだ。ハクバクの森に魔力溜まりはあったか?」

「いえ、特に確認されませんでした」

「だよなあ……いったい何でこんな魔獣化しちまったんだか……」

(魔力? 魔獣化?)


 聞き馴染みのない単語が頭上で交わされ、マリーは疑問に思いながらも邪魔をしてはならないと口をつぐむ。するとそんなマリーに気づいたのか、ミシェルがごめんごめんと補足した。


「魔力っていうのは『魔術を使うために必要な力』のこと。この量が多いほどこの前言った練度のランクが上がりやすいんだ。たくさん発動出来たり、複雑な術を使えたりするからね。で、魔力は人が生み出すもののほかに、自然界にも当たり前のように存在している。その濃度が特に高いところを魔力溜まりっていうんだ」

「なんだ、お前何も知らないのか。その魔力溜まりで動物が生育すると、魔力の影響を受けて特殊な成長を遂げる。これを魔獣化という」


 どうやら最初から『魔獣』というものが存在するわけではなく、魔力の干渉を受けて普通の動物が変貌したものの呼称らしい。

 男性の指をなおも苛立ったように噛んでいるそれも、元々はマリーがよく知るただの蝙蝠だったのだろう。

 その後男性は、ハクバクの森の地理や魔獣たちの巣の様子などを、こと細かにミシェルに尋ねていた。ミシェルがそれらに答えたあと、再びふーむと顎に手を添える。


「その繁殖速度は生命体として異常だな。おそらく単為生殖に近い形だろう」

「蝙蝠がですか?」

「まあもう魔獣だからな。以前と同じ生態としてとらえる方が無粋だ。雌雄交配ではなく、各々の分身に近いような存在を猛烈な速度で生み出している。つまり一匹でも残っていれば、そこからねずみ算式に元の群体に戻るということだ」

「じゃあ今までいくら倒しても減らなかったのは、取り逃していた奴がいたから?」

「ああ。こいつらを一カ所に集めて、まとめて全滅させるしかない」


 そう言うと男性は、ようやく籠から指を抜いた。

 何故かその指には出血はおろか、傷一つついていない。


「悪いが、今言えるのはここまでだ。正確な情報を出すにはもう少し時間が欲しい。影響を受けた魔力の分析が出来れば、そこから弱点を見つけ出せるかもしれんしな」

「すみません、よろしくお願いします」


 結局「一網打尽にする」という以外の攻略法は分からず、マリーとミシェルは深く頭を下げた後ロビーに戻ろうとした。

 だが男性は突如立ち上がったかと思うと、いきなりマリーの手首をがしっと掴む。突然のことにマリーはきょとんと目をしばたたかせた。


「あ、あの?」

「……気のせいか。なんか、珍しい魔力だった気がしたんだが」


 男性はそれだけぼそっと呟くと、すぐに背を向けて椅子に座り込んでしまった。隣にいたミシェルも驚いており、二人は疑問符を浮かべながらようやく部屋をあとにする。


「さっきの、何だったんでしょう?」

「さあ……」


 とりあえず予定していた分析が終わり、二人はユリウスへの報告や今日の夕飯のメニューなどを話しながらロビーに続く長い廊下を歩いていく。

 すると向こうから見知らぬ少年が現れ、マリーたちの元にとたたっと駆け寄って来た。


「あ、あの! 黒騎士団の方ですよね⁉」

「はい、そうですが……」

「その……ルカは元気でやっているでしょうか?」

「えっ、と……」



 

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