第四章 新メンバー加入
燦燦と太陽光の降り注ぐ夏が終わり、日本で言うところの秋が訪れた。
いつものように厨房の整理をしていたマリーは、戸棚を見上げながら眉を寄せていた。そこにジローの餌を取りに来たミシェルが顔を覗かせた。
「マリー、どうしたの?」
「ミシェルさん、実はその……泥棒に入られたかもしれません」
「泥棒⁉」
驚きのあまり餌皿を取り落としそうになるミシェルに、マリーは戸棚の上段を指さす。
「ここに置いていたパンが、いつの間にか無くなっていて」
「団員の誰かが勝手に食べたんじゃないの? 夜食とかで」
「ここのは朝食用に使いたいから、夜食用は別にテーブルに分けていたんです。ほら、ミシェルさんにも言いましたよね?」
「そういえば……」
厨房には鍵がないため、いつでも誰でも自由に出入りすることが出来る。最初のうちはお腹が減ると勝手に食材を持っていく団員たちのペースがつかめず、食料の補充に苦労していたものだ。
だがことあるごとに「これはいつ食べる用なので」「お腹が減ったらこれを」と根気強くお願いし続けた結果、団員たちは食事時間以外の軽食を、マリーに一言伝えてから持って行ってくれるようになった。
そのおかげで最近ようやく、正確な残量を把握出来るようになったのだが――
「ちょっと前から気になっていたんです。干し肉とか保存食とかも、あると思ったものがいつの間にか無くなっていたりして……。その都度みんなに聞いていたんですけど、心当たりはないって言われて」
「……ネズミが食べたりとか?」
「一斤まるまる食べますかね……」
「無理だね……」
空になった戸棚を見つめながら、二人はうーんと揃って首を傾げる。
するとそこに勢いのある靴音が近づいて来て、隣にある食堂にユリウスが姿を現した。
「ミシェル、ここにいたか」
「ユリウス! どうかした?」
「仕事が来た。すぐに討伐計画を立てる。隊長格を招集しろ」
(――仕事!)
瞬く間にミシェルはいなくなり、マリーはユリウスと二人きりになる。
いったいどんな仕事が来たのかとても気になる――とちらりと様子を窺おうとしたところ、ユリウスから冷たい眼で睨まれた。
「何だ」
「いっ、いえ、その……ど、どんなお仕事が来たのかなと思いまして……」
口にはしたものの、多分教えてはもらえないだろうなあと諦観しつつ、マリーはえへへと眉尻を下げる。すると意外なことに、ユリウスはマリーの方をじっと見つめたあと、渋々といった様子で口を開いた。
「――魔獣討伐任務だ」
「え?」
「場所はハクバクの森。蝙蝠型魔獣が大量発生し、領主から退治してほしいという依頼があった」
(ハクバクの森っていったら……この前の街の近くだったような……)
隣の町からほど近い位置にあり、馬を使えばここから二時間ほどで行くことが出来る。蝙蝠型の魔獣というものがどういうものかはよく分からないが、要は以前と同じ害獣退治だろう。
しかしあのユリウスが素直に内容を明らかにしてくれるなんて……とマリーが不思議がっていると、それに気づいたユリウスがむっと眉間の皺を深くした。
「なんだ。まだ何かあるのか」
「その、うちにそんな大きな依頼が来るなんて珍しいなーと」
「……依頼者はスヴェンダル男爵。以前隣町で、お前が無茶して助けた子どもの父親だ」
「えっ⁉」
「『是非、黒騎士団の皆様にお願いしたい』とのことだった」
まさかの言葉に、マリーは思わず目を見開く。
だがじわじわと心の奥が温かくなり、みるみる頬が紅潮していった。
(あの時の仕事が、新しい依頼に繋がったんだ……!)
確かな手ごたえを感じ、マリーは思わず両手を握る。
すると気のせいか、ユリウスがほんのわずかに微笑んだ気がした。見間違いかと目をしばたたかせていると、気づいたユリウスが「んん、」と変な咳ばらいをする。
やがて隊長格らを連れて、ミシェルが食堂に到着した。
「しばらくここを使う。お前は席を外せ」
「は、はい!」
追い出されるようにマリーは食堂をあとにする。
さすがにまだ作戦会議に入れてもらえるほどではないか……としょんぼりしつつ、マリーは一人部屋に戻るのだった。
そうして翌日からさっそく、魔獣討伐任務が始まった。
市街警邏以来、久しぶりの大型任務とあって団員たちのテンションも高い。
「じゃーなマリーちゃん! すぐに片付けてやるからよ!」
「はい! ごちそう作って待ってますね」
意気揚々と片腕を掲げ、重装備で出かけていく団員たちを見送ったマリーは、宣言通り彼らがいつ帰って来てもいいように、せっせと掃除や洗濯、食事の準備に精を出した。
そうして昼が過ぎ、夕方が訪れ――いつしか夜になった頃、疲弊しきった一団が帰還する。
余裕たっぷりで現場に赴いたにも関わらず、団員たちは皆顔や腕に細かい切り傷を負っており、マリーは慌てて手当てに駆け回った。そこで彼らの愚痴を耳にする。
「すまねえマリーちゃん、いたた……」
「いったいどうすりゃいいんだ、あんな数」
「あんなに多いなんて聞いてねえって!」
(なんだか……上手くいかなかったみたい?)
幸い軽傷者ばかりだったのですぐに手当は終了し、皆で遅めの夕食を取ることになった。
だが全員ああでもないこうでもないと、どこか悔しそうに今日のことを話しており、あらかたの世話を終えたマリーはそっとミシェルの傍に近づいた。
「あの、討伐はどうだったんですか?」
「それが……おれたちが思っていた以上に魔獣が繁殖していて、とてもじゃないけど倒しきれなかったんだ……」
どうやら森の奥の洞窟に巨大な巣が出来ていたらしく、そこから空を黒く覆い尽くす勢いで魔獣が湧いて出てきたらしい。
十、二十匹程度で試算していた計画はあっという間に無効化し、今日はある程度を倒したところでいったん引き揚げてきたそうだ。
「ユリウスも予想外だったらしくて。いま一人で部屋に籠って作戦立て直してる」
「なるほど……」
食事が終わり、団員たちは疲れ切った様子で各々の部屋に帰っていく。
だが食器の後片づけを終えたあともユリウスは姿を現さず、不安になったマリーはおずおずとミシェルに提案した。
「あの、ユリウスさんに食事と薬を持っていきたいので、運ぶのを手伝ってもらえませんか?」
「もちろん良いよ。おれも気になってたし」
二人はそれぞれ夜食と医療品、傷薬などを持って二階にあるユリウスの部屋へと向かった。だがまもなく到着する――というところで突如がちゃりと扉が開き、中から難しい顔をしたユリウスが出てきた。
ユリウスは驚く二人に気づかないまま、まっすぐ廊下の奥目指して歩いていく。
どうしようと顔を見合わせたマリーたちだったが、そのままそろそろと彼のあとを追った。やがてユリウスは、突き当りにある扉の前に立つ。
(あの部屋って前に掃除してた時、物音がした……。まさか、中に人がいたの⁉)
ユリウスはこんこんとノックすると、扉越しに声をかける。
「ルカ。起きているんだろう」
(……ルカ?)
「今回の任務、お前の力がなければ難しいと判断した。いい加減協力しろ」
真剣に頼み込むユリウスだったが、扉の向こうからは何の応答もない。
その後も何度か説得を繰り返していたがいっこうに手ごたえはなく――諦めて振り返ったユリウスは、そこでようやく後をつけていた二人の存在に気づいた。





