第三章 4
そして夕方。
祭りの後片付けが終わる頃、町長が団員たちに向かって深く礼をした。
「その度は本当になんとお礼を言ったらよいか……。おかげで大惨事にならずに済みました」
「こちらこそ。貴重なお仕事の機会をくださってありがとうございます」
「ええ。斡旋所の方にもよくお伝えしておきます。来年のお祭りもぜひ、黒騎士団の皆さまに警備をお願いしたいものですな」
「あ、ありがとうございます!」
初めて顔を合わせた時とは百八十度違う態度に、マリーは心の中でガッツポーズを取る。思いがけないトラブルではあったが、これで少しだけ黒騎士団の評価が上がったかもしれない。
(この調子で、少しずつ頑張っていこう……!)
帰路の準備をしている途中、マリーはずっと気になっていたことをミシェルに尋ねた。
「そういえばあの馬車、リリアが使っていたのと同じみたいだったけど……」
「うん。おれもすぐに確認したんだけど、中は服とかお菓子ばかりで誰も乗ってなかったよ」
「服とお菓子?」
「馭者席の騎士に聞いたら、聖女様の荷物運び用なんだって。聖女様自身は別ルートで先に王都に戻っていたみたい」
「そっか……良かった」
事後処理のばたばたで直接目視出来なかったが、リリアに被害はなかったようだ。
そこでもう一つの疑問がマリーの頭に浮かび上がる。
「結局、あの馬が暴れ出した原因って何だったんでしょう?」
「それがよくわからないんだよね……。取り押さえてしばらくしたら落ち着いたけど、白騎士の人も心当たりはないらしくて」
するとこそこそと話す二人の背後から、「んんっ」とわざとらしい咳払いが聞こえてきた。慌てて振り返ると、眉間に深い縦皺を刻み込んだユリウスが据わった目でこちらをねめつける。
どうやらマリーとミシェルの危険行動に一言申したいらしい。
「お前ら、揃って馬鹿みたいに突っ込んでいきやがって……」
「す、すみません……! ですがその、なんとかして助けないとと無我夢中で」
「いや、本当はおれが行くはずだったからマリーにはいっさい非がないというか」
「うるさい。黙れ。いいか、今後俺の指示なく行動することは禁止する!」
「しょ、承知しました‼」
思わず揃った姿勢で敬礼をする二人を、ユリウスはなおも苛々と睨みつけた。だがすぐにはあーっと長い息を吐き出すと、頑なな表情をほんのわずかに崩す。
「だがまあ、おかげでヴェルナーの射線が開け、馬車が方向転換したことで詠唱の時間が取れた。目立った怪我人もなかったようだしな」
「ユ、ユリウスさん……」
「勘違いするな。褒めてるわけじゃない」
それだけ言い残すと、ユリウスはさっさと団員たちのもとに戻っていった。残された二人はしばし彼の言葉を脳内で反芻したあと――ちらっと視線を交わしてふふっと笑いあう。
「全員準備はできたか? 黒騎士団、任務終了だ」
「おおーっ‼」
こうして黒騎士団一行は、王都へと帰還した。
その日の夕飯は、庭に薪を組んでのバーベキューだった。
食材の九分九厘が肉、といった男子高校生のような品揃えだったが、大仕事を終えた騎士団員たちはたいそう空腹だったらしく、次から次へと肉が焼かれ、消え、また網に乗せ、そして消失していく。
その怒涛の勢いに鉄板に近寄ることすら出来ず、マリーが離れた場所に座り込んでいると、焼いた肉と野菜、ソーセージの乗った木皿が眼前にひょいと差し出された。
「ヴェルナーさん! ありがとうございます」
「いえいえ。まったく、肉食獣の群れは怖いねえ」
マリーの隣に腰を下ろしたヴェルナーは、麦酒も入って上機嫌な団員たちを眺めながら楽しそうに微笑する。 マリーもまた嬉しそうにそれを見上げたあと、さっそくフォークでソーセージを口に運んだ。
少し焦げたぱりぱりの皮を破くと、中から肉汁がじゅわっと溢れ出て、たまらない旨味とかすかなハーブの香りが咥内いっぱいに広がる。
たまらずはふはふと口を開けた。
「お、美味しいです……!」
「それ、こないだマリーちゃんが騙されてた肉屋のだよ。性格は悪いけど、あそこのソーセージは美味いんだよなあ」
自身もまた酒の入った透明なグラスを口元に寄せながら、ヴェルナーがのんびりと呟く。その後わずかな沈黙が続き――マリーは怒られるのを承知で、恐る恐る彼に尋ねた。
「あの、白騎士団のクロードさんのことなんですけど……」
「……」
「さ、差し出がましいことを聞いてすみません。ですがその、もしあまり顔を合わせたくないとかであれば、来ても取り次がないとか、そういう協力が出来るかと思いまして……」
芸能界でもまことしやかに囁かれていた『共演NG』――リリアを介してクロードと会ったあの時、ヴェルナーの普段の飄々とした雰囲気が完全に消え失せ、心の底から彼を嫌悪しているように感じた。
不安と緊張の中言葉を待つマリーに対し、ヴェルナーはゆっくりと睫毛を伏せる。
「別に大したことないよ。実の兄貴ってだけ」
「お、お兄さんなんですか⁉」
「うん。似てないでしょ」
「それはまあ、言われてみると……」
どちらも顔はすごく整っているが、清廉潔白を擬人化したようなクロードに対し、ヴェルナーは大人の色香を強く感じさせる――まさに正反対の二人だ。
マリーが動揺していることに気づいたのか、ヴェルナーはくすっと笑みを零すと、冷たいグラスの側面をマリーの頬にひたっと押し当てた。
突然のことにマリーの口からは「ひゃあ!」と情けない声が出てしまい、ヴェルナーがさらにくっくと笑いをかみ殺す。
「な、何するんですか⁉」
「ごめんごめん。でも本当に気にしなくていいから」
「ですが――」
すると庭の裏手にいたミシェルが、おーいと手を振りながらマリーの元に走ってきた。
同時にヴェルナーがすっくと立ちあがる。
「! ヴェルナーさん、あの」
「マリー!」
引き留めようと腕を伸ばしたものの、なんだか触れてはいけないことのような気もして、マリーはおずおずと手をひっこめる。
やがてマリーの隣に辿り着いたミシェルが、中途半端な場の空気に気づき「あっ」と目を見張った。
「ごめん、話の邪魔しちゃった?」
「い、いえ……! それより、もしかして終わったんですか?」
「うん! 言われた通り、三十分くらい蹴ってみたよ」
動物の皮で作られた歪なボール状のそれをミシェルから受け取ると、マリーはさっそく中の金属缶を取り出した。缶の周りには大量の氷があり、表面に小さな結晶がいっぱいくっついている。
ちなみにこの時期の氷はかなり希少なため、ユリウスが生み出した壁を砕いて持ち帰った。
「氷に塩をかけるなんて初めてだよ。中身は脂肪分が多い牛乳に砂糖……だっけ」
「はい。こうすると温度がものすごく下がって――あ、ちゃんと固まっていますね」
蓋を開けた缶をミシェルがそうっと覗き込む。
中には淡い乳白色のアイスクリームが完成しており、そんな二人に気づいた団員たちがなんだなんだと集まってきた。
「アイスって言います。良かったら食べてみてください」
それぞれ口に運んだ団員たちは、初めての味と食感に「おおおっ⁉」と感嘆を漏らす。
「つ、つめてえー! それに甘ぇ……これがアイスか……」
「なんでもマリーちゃんの故郷の料理らしいぞ」
「氷菓子なんて王族だけしか食べられないと思ってたなー」
ミシェルもまた感動のあまり、口元を押さえたまま目を輝かせている。
「こんな……こんなすごいお菓子があるなんて……」
「喜んでもらえてよかったです」
あらかたの団員たちに行き渡ったのを確認したあと、何かに気づいたマリーはきょろきょろと周囲を見回した。だがやはりその姿はなく、マリーはうーんと首を傾げる。
(やっぱり、もう自分の部屋に戻ってしまったのかしら……?)
マリーは缶の底に残った一人分のアイスを確認すると、こっそり厨房へと向かった。
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こんこんというノックの音を聞き、ユリウスは椅子から立ち上がった。
庭の喧騒を避け、一人自室で休んでいたところである。
(ようやく終わったか? まったく、たかが一つ仕事が終わったくらいで騒々しい……)
はあとため息を零したあと、扉をゆっくりと開ける。
だが廊下に立っていたのがマリーだと分かると、すぐにいつもの不機嫌顔になった。
「――用もないのに近づくなと言ったはずだが?」
「す、すみません。ですがこれだけお渡ししたくて……」
そう言ってマリーが差し出したのはパンケーキ。
ただし上には、先ほど出来上がったばかりのアイスが丸く盛られていた。
「アイスって言うんですけど、パンケーキにとても合うので、よろしければと……」
「……」
押し黙るユリウスの態度に、皿を持っていたマリーの顔色が次第に悪くなっていく。
それに気づいたユリウスは、はあと嘆息を漏らすと素っ気なく言い捨てた。
「……そこに置いておけ」
は、はい! とマリーは入り口脇にあったテーブルにそれを置くと、逃げるようにしてその場を立ち去った。
ユリウスは額に手を当てて再度息を吐き出すと、マリーが残していった皿をひょいと持ち上げる。机に運び、しばらく睨み合ったかと思うと――渋々といった風に口に運んだ。
「……うまいな」
すぐに二口目を口に運ぶ。
耳を澄ますと、窓の外から団員たちの楽しそうな声がかすかに聞こえてきて――ユリウスは一人、やれやれと口角を上げるのだった。
その後も任務達成をねぎらう宴は深夜まで続き――
翌朝、庭中に転がる酒瓶と二日酔いの騎士団員たちの頭上に、過去最大級のユリウスの雷が落ちたのであった。





