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第三章 3



 その後、市街の警邏は順調に進んだ。

 起きたのは屋台での口喧嘩くらいで、お祭り自体もじき終わりを迎えようとしている。


(良かった……無事に依頼を達成できそうだわ)


 最初のうちはだるそうにしていた団員たちも、マリーからの再三の注意や、後方でいつも以上に目を光らせているユリウスを恐れたのか、少しずつ態度を改めていった。

 また、普段の彼らを知らない隣町の子どもたちが「騎士様かっこいー!」と常に目をキラキラさせており、その視線は彼らの素行を改めるのに十分すぎる効果があったらしい。

 微笑ましい気持ちでそれを眺めていると、隣にいたミシェルがそっと呟いた。


「みんな、ちょっと嬉しそうだね」

「はい。これからもこの調子で、真面目に活動してくれるといいんですが……」


 するとどこかから突然、甲高い女性の悲鳴が聞こえてきた。


「な、何でしょうか⁉」

「大通りの方だ、行ってみよう」


 マリーたちが慌てて駆け付けると、大量の人が街の出入り口に向かって逃げ出しているところだった。押し寄せる波の中から、ユリウスが一人の腕を掴んで「何があった!」と問いただす。


「でっかい馬車が暴れてんだよ! 危なくて近づけやしねえ!」

「馬車だと?」


 すると見通しの良い大通りの奥から、一台の馬車が姿を見せた。

 その外観を目にしたマリーは「えっ⁉」と驚愕する。


(あれは……リリアが従えていた馬車?)


 ミシェルを見ると彼もまた同じ考えに行きついたらしく、すぐに周囲に指示を出した。


「落ち着いてください! 近隣の方はすぐ建物内に避難を!」


 ユリウスやヴェルナーをはじめとした他の団員たちも、市民らを庇いながら街路の端へと押しやっていく。馬車はどんどんこちらに接近し、馭者席で必死な形相をしている白騎士が確認できた。

 どうやら腕に手綱が絡まり、操作出来なくなっているようだ。


「マリー! 君も早く!」

「はい!」


 ミシェルに呼ばれ、マリーもすぐに退避しようとした。

 だが大通りにある噴水の影に、逃げ遅れている小さな男の子を発見する。


(どうしよう、もう馬車がそこまで――)


 その瞬間、マリーの頭の中がぱっと真っ白になり――体が勝手に動いた。

 どこか遠くでユリウスの怒鳴り声とミシェルが呼び止める声が聞こえたが、マリーの目には恐怖にうずくまる子どもの姿しか見えていない。


(助けないと――)


 マリーは子どもの体を覆うようにしゃがみ込む。

 荒ぶる四頭の馬が眼前に迫り、衝撃に耐えるようにとぎゅっと全身を押し固めた。


(――っ!)


 その時、誰かがマリーの体を男の子ごと力強く抱き上げた。

 そのまま全員一塊になって商店の軒先へ弾丸のように突っ込む。どがしゃん! と木箱の壊れる派手な音が続き、マリーはおっかなびっくり瞼を持ち上げた。

 すると自らの体を盾にして二人を守ったミシェルが、がばっと顔を上げる。


「大丈夫⁉」

「ミシェル――」

「二人とも、そこを動かないで」


 頭上からヴェルナーの声が落ち、マリーは言われるままに顔を伏せた。

 ヴェルナーは巨大な弓をきりきりと引き縛ると、そのままひゅっと矢を放つ。(やじり)は寸分の違いもなく馭者席の白騎士――そこに絡まった手綱を断ち切った。

 それに気づいた白騎士はちぎれた綱をがしっと掴み、必死に操作の主導を取り戻そうとする。

 だが勢いは到底収まらず、多くの避難者がいる酒場へと突進していく――


(間に合わない――!)


 そこで突然、大通りにあった噴水の水が勢いよく噴き出した。

 突然の異常にマリーが目をしばたたかせていると、馬車が向かっていくその先でユリウスが何かを唱えている。


『水よ、ひと時守りの壁となれ――』


 彼の命令に従うかのごとく、溢れた水が大きな鳥のようにユリウスの元へと飛来した。

 酒場の軒先にびしゃっと着水したかと思うと、接地した部分からばりばりばりっと白く葉脈を走らせるように濁っていく――どうやら即座に氷結しているようだ。


(な、何あれ……)


 暴走していた馬たちはいきなり出現した氷の防御壁に嘶き、ぶつかり、派手に転倒する。

 その動揺の隙をついて、黒騎士団たちが勢いよく大通りへと打って出た。


「おらっ! 大人しくしろ!」

「あーこら暴れんなって。しっかしいったいどうしたんだこいつら」


 混戦状態のままそれぞれ四頭の馬を取り押さえ、同時に馭者席にいた白騎士を救出する。

 あっという間の救出劇に市民らはしばし呆然としていたが――やがて感動と驚きが入り混じった歓声が、そこら中に響き渡った。


「す、すげー! めちゃくちゃかっこよかった!」

「本当に助かった……あんたたち、やるなあ」

「騎士様、魔術使えんの⁉ もっかい見せて!」

(よ、良かった……!)


 どうやら大事故には至らなかったと察し、マリーはその場でほっと胸を撫で下ろす。すると腕の中にいた男の子が、泣き出す寸前まで瞳を潤ませた状態でこちらを見上げていた。


「ご、ごめんなさい、ぼく、転んじゃって……」

「いいのよ。それより怪我はない?」

「う、うん……」


 すると混乱のなか、慌ただしい足取りで身なりの良い夫婦が訪れた。


「――トーマ‼」


 立ち上がったマリーを前に、両親は深々と頭を下げる。


「ありがとうございます! 息子を助けてくださって……」

「いえ、ご無事で良かったです」

「黒騎士団の皆さまには、本当に感謝しかありません。ありがとうございます、ありがとうございます……!」


 涙ながらに礼をされ、気恥ずかしくなったマリーはそうっと視線をそらす。そこでミシェルと目が合ってしまい――二人はこっそりと互いの健闘をたたえ合うのだった。



 

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