第三章 イメージアップ戦略
マリーが世話係になってから、ようやく一カ月が経過した。
どうやらこの世界にも四季に近い気象の変化があるらしく、日に日に上がり続ける外気温にマリーはぱたぱたと手で顔を扇ぐ。
(湿度が低いせいか、日本のじめっとした感じはないけど……)
はあとため息をついたあと、すっかり見慣れてきた日誌を開く。
以前同様真っ白のまま――ではないにせよ、前回達成した『魔獣退治』のあとはぽつん、ぽつんと申し訳程度の依頼が記載されているだけだ。
(うーん……やっぱり仕事がない……)
聖女様からお情けでもらった一件以降、大きな仕事は貰えていない。
リーダーのユリウスが復帰したことで、騎士団内にも多少やる気が戻ってきたように見えたのだが――
「悩んでも仕方ないか。今日も斡旋所に行ってみよう!」
もはや第二の自室と化した食堂を出て廊下を歩いていると、向かいからユリウスが姿を現した。こちらに気づくと途端に険しい顔つきになり、マリーはささっと柱の陰に身を隠す。
「お、お疲れ様です……」
「……」
そこから一歩も動くなよ、という野犬のような目つきでユリウスが横を通り過ぎ、マリーは完全にいなくなったのを確かめてから「はああっ」と息を吐き出した。
何とかこの邸に滞在を許されたものの、彼とは相変わらずこんな状態である。
(でも食後のパンケーキは、誰よりも綺麗に食べてくれるのよね……)
相変わらずと言えば、ヴェルナーもあれからほとんど会っていない。
団員たちからの情報によると、彼は王都のいろんなところに『優しいお友達』がいるらしく、特に夜はそのいずれかの女性の家で寝泊まりしているらしい。
その素行にはユリウスも心底呆れているらしいが、騎士養成学校時代に同期だったことや、のれんに腕押しのような彼の性格もあって、なかなか改善には至らないそうだ。
(助けてもらったことには感謝してるけど、女性遊びが激しいのはちょっと……)
ふと頬にキスされたことを思い出してしまい、マリーは邪念を振り払うようにぶんぶんと首を振った。
すると玄関先にいたミシェルがマリーの姿に気づき、おーいと手を上げる。制服の上着は脱いでおり、白いシャツを肘までまくり上げていた。
「マリー! 仕事を見に行くの?」
「はい。新しい依頼が出ていないか聞いてきます」
「買い出しも行くんでしょ? おれも付き合うよ」
そう言うとミシェルは折っていたズボンの裾をくるくると戻した。
どうやらジローを洗っていたのか、外に出るといつもよりふっかふかになった毛玉が嬉しそうに「ひゃん、ひゃん!」と庭を駆け回っている。
「しっかし暑いよねえ、溶けちゃいそうだよ」
「ふふ、アイスでも食べたくなりますね」
「アイスって?」
まさかの返しに、マリーは思わず「えっ」と目を見張る。
「まさかこの国にはないんですか、アイス」
「名前が違うのかな? 聞いたことはないけど……」
「なんと……」
文化の違いに愕然としつつ、二人は暑い中を移動する。
斡旋所の一番受付に向かうと、もはやおなじみになった書記官が「げえっ」と分かりやすく眉をひそめた。
「またか」
「いつもすみません。何かうちで請けられそうなものは……」
「だからないって言ってるだろ。あんたらも大概しつこいなあ」
早く次の処理したいとばかりに、書記官はとんとんと手元の書類を揃える。
だがしょんぼりする二人の姿をじっと眺めたかと思うと、やがて「ふん」と偉そうに息をついた。
「あんたら、どうして仕事が来ないのか考えたことあるのかい」
「え? それはその、黒騎士団が他の団に比べて人気がないからで……」
「その『人気がない』理由を考えたことがあるのかって聞いてんだ。そりゃもちろん、それぞれの騎士団には得意分野がある。だがそれに関係ない任務も毎日のように届いているんだ。それなのにどうして黒にだけ仕事がこないのか――まずはそこを直してからだと思うがね」
ほら邪魔邪魔と書記官に追い払われ、二人は押し出されるようにして斡旋所をあとにした。しばし押し黙っていたマリーだったが、おずおずとミシェルに尋ねてみる。
「言われてみれば、『どうして人気がないのか』をちゃんと分析したことなかったですね……」
「うん……。なんとなく仕方がないって思っていたけど、これを機に『どうしたらもっと人気が出るか』考える必要があるのかも」
「はい!」
意見が合致したところで、二人はまず現状の問題点を上げることにした。
「まず戦闘力で他の騎士団に劣っているということはないと思うんですよね。実際、先日の魔獣討伐も無事解決しましたし」
「それは多分大丈夫だよ。特にユリウスやヴェルナーは、白騎士団にいてもおかしくない実力って言われているし」
「そうなんですね……」
問題解決能力に大差ないとなれば、本来そこまで依頼に偏りは出ない気がするが――現実問題として『黒騎士団以外で』という条件付き依頼がほとんどだ。
マリーはうーんと腕を組んだあと、前世でのマネージメントのやり方を思い出す。
(同じ会社にいる私たちでは意外と気づかない……。外から見ているファンの方が、よっぽどそのアイドルの良さや欠点を知っていたりするのよね……)
ここが現代日本であればがんがんエゴサーチするところだが、いかんせんインターネットなど存在しない世界だ。だがマリーはよしと拳を握りしめる。
(SNSがないなら――直接聞いて歩くまで!)
マリーはさっそく、買い出しのために赴いた商店でそれとなく店主に尋ねてみた。
「あの、ちょっとお尋ねしたいんですが……斡旋所にお仕事を頼んだことってあります?」
「ああ、何度かあるよ。あの時は赤騎士団が対応してくれたっけ」
「もしかしてその時『黒騎士団は除く』って出しました?」
「あー確かに条件つけたかもな。だってほら、なんか怖そうじゃん、あいつら」
「は、はは……」
マリーたちが黒騎士団の関係者だと知らないのか、店主はあっけらかんと言い切った。
ありがとうございますと商品を受け取ったあと、すぐに次の店へと向かう。
「いつも酒場でたむろしてるでしょう。だからなんか信頼できなくって」
「やることなすこと粗暴なんだよなあ。あと見た目。服とか髪とかよれよれだし。その点、白騎士団はいつもみんなぴしっとしてて恰好いいよな」
「なんかいつもやる気なさそうじゃなぁい?」
「昔に一度依頼したことあるんだけどよ、後始末がもーうひどくって。もう二度と頼まねえと思ったね俺は!」
「あのユリウスって人にめちゃくちゃ睨まれてから怖くて……」
「あ⁉ お前ら黒騎士団の奴か⁉ ヴェルナーがいたら今すぐ連れてこい! 人の女房に手を出しやがって、次に見たらただじゃおかねえ!」
(ヴェ、ヴェルナーさん! 何やってんですかー⁉)
こうして大量の荷物を抱えた二人は、ようやく黒騎士団の門のところまで辿り着くと、がっくりと肩を落とした。
「なんか……すごかったね」
「はい……。ですがこれで、直すべきポイントは見えてきた気がします」





