エピローグ
以上、不遇だった幼少期から、自分の国を興した青年期までを著者なりに記してみた。
その後、帝国は独立の連鎖を止める事が出来ず、遂には帝国以前の王国と同程度の領土となるに至ってしまう。
帝国より独立した国々とも国交を断絶されてしまったので、最終的に帝国は国家の体を成せなくなってしまう。
そうなると後は反乱しか無いのだが、スレイン皇帝は同じ国の者同士が戦う事を良しとせず、帝国の全貴族を説得して彼等を伴い公国へと赴き、己の首は差し出すが帝国民の命だけは助けてくれと魔王に懇願し頭を下げた。
これはまさに、宗主国が属国に対して無条件全面降伏した事を意味する。
しかしながら、スレイン皇帝の決断は、帝国民の血を一滴も流さないものだったので、魔王としては良き父ではなかったが、国を滅ぼした最後の皇帝でありながらも後生の者達の評価はそれなりに高い。
そんな父に対して魔王が求めた条件は、皇帝の首ではなくゾルメディア帝国の解体。並びにゾルメディア皇家を新皇后の実家であるダンテ侯爵家へと統合した後、新たにダンテ伯爵家として降爵させる事だった。
魔王としては、他意無く素直に負けを認めた者に対して命まで取るつもりは無かったのである。
更に、メルチェ家を除く全公爵家は子爵へ、それ以外の貴族家とメルチェ家は全て男爵へと降爵させる。
無くなった公爵家と侯爵家はプロム王国の公爵家と侯爵家、デンジャラス公国のズール家から輩出する。
解体されたゾルメディア帝国に変わり、プロム王家から公太后の姪姫、ローゼ王女を成人の後初代女王に迎えるというもの。
新たに興される王朝の名をロッケンロー王朝、国の名をロッケンロー王国とする事だった。
この事からも分かるように、ロッケンロー王国において伯爵家はダンテ家のただ一家のみ。国の頂点たる女王は元皇后の実家から出ている。
確かに魔王は命までは取らなかったが、これは自分に逆らった者への完全なる見せしめ以外の何物でも無かった。
そう、魔王の狙いは初めからゾルメディア皇家や旧ゾルメディア上位貴族達を笑い者にする事だったのだ。
故に、現在までロッケンロー王国では、伯爵は縁起が悪いとされており、一応上位貴族ながら徐爵や昇爵を断る下位貴族が多く、侯爵でなら受ける。若しくは子爵での徐爵や昇爵にして欲しい。降爵するにしても伯爵になるぐらいなら子爵にしてくれといった家ばかりなので、現在でもロッケンロー王国において伯爵家はダンテ家ただ一家のみである。
だが、一番皆を驚ろかせたのは、ローゼ女王の王配として選ばれた人物。
その人物こそ、当時のロッケンロー王国の国力をV字回復させた元ゾルメディア帝国皇子、初代ズール伯爵家嫡男のアノー・ズール。彼が王配として選ばれたのだった。
ローゼ女王は王女時代から伯母に会う為によく公国へ遊びに行っていたのだが、その時に勇者モストと彼の弟妹公子達、魔王の忠臣と名高かかったグレン・スカー侯爵の令息、後には父親と同じく龍騎となり魔王軍元帥ともなるセブン・スカー、彼等と友人でもあったアノーとも知り合った。
ローゼ王女はアノーと幼いながらもお互いが恋心を持つようになり、自身の母親が聖女ルンの侍女を担っていた事からこの決定が成された。
皮肉な事にダンテ家、即ち元ゾルメディア皇家の血は新王家へと入りもしたのである。
降爵された旧ゾルメディア上位貴族達は再び血筋が取り持つ縁を利用出来ると考えたが、そんな甘い考えはアノー自身によって脆くも崩れ去る事になる。
もう御存知だろうが、アノーの実父は元ゾルメディア帝国皇太子のアーサー・ゾルメディア。実母は元ゾルメディア帝国筆頭公爵メルチェ家出身で元皇太子妃でもあったディアナ。
アーサーの次にゾルメディア帝国を継ぐ皇子としてアノーは産まれたのだが、両親の婚姻は当事者同士の感情が入る余地の無い完全な政略結婚以外の何物でも無かった。
ディアナは元々の婚約者だった魔王からアーサーへと相手が代わっても貴族としての義務で婚姻するのであって、どちらの婚約者との間にも愛は微塵も無かった。
いや、寧ろ魔王がディアナの婚約者だった頃、一応未来の妻になるのだからと良好な関係を築こうとしたのだが、彼女の方が当時無能とまで蔑まれていた魔王に一切関心を示さず、メルチェ家がアーサー派と内通していた事情もあったので、愛どころか完全に裏切る気満々だった。
結局ディアナは魔王と婚約破棄。アーサーもたった一日で当時男爵令嬢だった後の聖女ルンと離縁。アーサーとディアナ、二人はお互いの利益の為に婚約婚姻した。
待望の皇子であるアノーが産まれた後も二人は表向き良き皇太子夫妻を演じていたが、裏でアーサーは自分の妻に愛どころか愛妾との逢瀬を頻繁に繰り返していた。
皇太子妃となったディアナもアーサーに愛などという物を求めてはいなかったが、逆に自分の愛は愛息のアノーへと注がれた。
先に著者が記した通り、公国の脅威に追い詰められた帝国とメルチェ家はディアナ本人の許可を得ず、彼女を一旦愛妾に落として聖女ルンを新たな皇太子妃に据えた後、改めてディアナを側室に迎えようとした。
家の為にと魔王を裏切ったディアナが、最後は帝国と実家に裏切られたのである。まさしく、自分の行いがブーメランの如く返って来たのだ。
その窮地を救ったのが魔王と聖女ルン、後に生涯の伴侶となる公国貴族、初代ズール家当主、バンパイヤのゾディアック・ズール伯爵だった。
しかも、ディアナとズール伯はお互いが一目惚れ。今迄一切愛を知らなかったディアナが初めて愛を知ったのである。
二人は婚約もせずに即結婚。まだ物心付いて無かったアノーも帝国皇家からそのままズール家へと引き取られていった。
アノーは物心付いてから毎日目の前で片時もお互いから離れないラヴラヴな両親を見て育っていく。
話によれば、ディアナは自分を助けてくれた魔王を過去に欺き帝都から追放される切っ掛けを作った事を悔い、罪滅ぼしとして自ら聖女ルンの侍女にして欲しいと頼んだらしいのだが、我が家に密かに伝わる話ではその裏があった。
初代ズール伯とディアナのラヴラヴぶりは半端ではなかったので、お互いが片時も離れたくないとして、聖女ルンの影の護衛を担っていた夫の傍に常に居続けられるという理由が有ったらしいのだ。
実際に、ディアナは吸血鬼の口付けを受けて自らもバンパイヤになり永遠に夫と共に在ろうとした。しかし、彼女は特種な体質をしていた為に一切魔法を伴った攻撃が効かなかったので、そこは泣く泣く断念せざるをえなかった。
初代ズール伯も、ディアナが人間の寿命により天へと召された時、余りの絶望からアノーの次にディアナから産まれた二代目ズール家当主、バンパイヤと人間のハーフであるダンピールのカミーユ・ズールに後を託し、各所に遺書を認めて不老不死のバンパイヤにも関わらず、自ら水銀を服毒して妻の後追い自殺をしてしまった程だ。
本来バンパイヤは夜の帝王とも呼ばれる程の人外な魔物なので死した後、地獄に落ちそうな物なのだが、天より妻のディアナが引き上げてくれたと著者は信じたい。
これ等、生前の二人を称して、魔王と聖女ルンが病的なまでに仲の良い夫婦の事を“ヤンデレ”と呼んだのは皆様も御存知だと思う。
アノーはそんな義父と実母を見て育ち、王配になる事が決まった幼少の頃より、ズール伯によって徹底的にレディーファーストと生涯を共にする伴侶は唯一人だけだと叩き込まれ、成人した頃にはガチガチのフェミニストと化していた。
この辺りがルックスこそ美女と名高かった母親譲りでも、中身は父親に似てヤンチャだった勇者モストや、やはり父親似でヤンチャだったセブンでは無くアノーがローゼ王女を射止めた要因だろう。
このフェミニスト教育はカミーユ他、ズール家に産まれた全ての兄弟達にも同様の教育が成され、今なお分家にも引き継がれている。
かくいう、著者もその教育を受けた一人である。
それともう一つ。ディアナと初代ズール伯との出逢いの場面を魔王と共に見ていた龍騎の一人が、自身の妻であるカチュア夫人へ話した事で彼女がそれを物語として執筆。
カチュア・シャッフル著、小説“バンパイヤラヴ”というタイトルにて発表。貴族、庶民問わず恋する乙女達に空前のベストセラーとなった。
この小説は形を変え、バンパイヤと令嬢の恋物語のお伽噺にもなった事は皆様も幼少の頃に一度は聞いた事が有るだろう。
殊更初代ズール伯とディアナはゾルメディア皇家やメルチェ家に何をされたとアノーには語らなかったが、後生にまで続く大ヒットを記録し、お伽噺にまでなった物語など黙っていても誰の耳にも入って来る。
故にアノーは元々宿敵の息子であった自分を助けてくれた魔王と聖女ルンへ永遠の忠誠を誓うと共に、母を裏切り殺そうとまでしたダンテ家や元ゾルメディア上位貴族達を絶対に許さなかった。
その恨みの念は彼等を王家主催の社交界には一切呼ばず、王国の重要な役職には一切着けないという形で現れた。
これもロッケンロー王国において皆が伯爵を嫌う要因ともなっている。
そうなると貴族社会において浮き上がれる筈が無いにも関わらず、メルチェ家を初めとする、子爵、男爵に降爵された旧上位貴族達が今更下位貴族での生活に我慢出来る訳がなかった。
結局は不正やら他国との内通やら何やらで魔王の予想通り、アノーの手によって旧上位貴族達はバタバタと潰されていった。
彼等が反乱を起こそうにも子爵や男爵が三つ四つ束になっても大した力にはならない。
ならば他国の援助を乞おうとしても、デンジャラス公国の後ろ楯を持つロッケンロー王家と実の両親譲りの智謀を持ったアノー、兄であるアノーの後を追ってズール家より来訪したダンピールの兄弟達に恐れを為して何処の国も手を貸してくれない。
それもその筈。勇者程では無いにせよ、ダンピールはバンパイヤハンターとまで呼ばれる人知を越えた美貌の超人達。著者自身を褒めているつもりは無いのだが、ただの人間如きが王家を守護する騎士となったダンピール達に力でも顔でも敵う訳が無い。
その結果、ロッケンロー王国の子爵家、男爵家は、帝国本国だった頃と然程変わらない数にまでに淘汰されていった。
因みに、やはり著者を自慢する訳では無いのだが、当時から現在までもロッケンロー王国のみならず、近隣諸国でも令息令嬢達の婿入り嫁入りしたい家No.1は、フェミニスト教育を受けダンピールの持つ美貌を引き継いだロッケンロー王国各侯爵家である。
著者は現在でもロッケンロー王国王家並びに各侯爵家と付き合いが有るので、後に娘の一人が侯爵家へ嫁ぐ予定にもなっている。
著者の家庭の事情はさておき、次々と旧ゾルメディア帝国上位貴族達が消えていく中、入り婿として新たに当主となったスレイン・ダンテ伯爵だけは皇家復興という元家臣達の甘言には一切乗らなかった。
皇帝という地位を利用して皇室典範を蔑ろにした挙げ句、次期皇帝後継者争いを生み、自分の代で歴史あるゾルメディア帝国を滅ぼしてしまったダンテ伯は、魔王が下した処分を甘んじて受け入れるつもりであった。寧ろ国が滅ぶと共に処刑された方が彼にとっては救いだったのかもしれない。
だが、ダンテ伯は元々が国を治めていたゾルメディア帝国皇帝であり腐っても伯爵家。領民には善政を敷いたので、旧上位貴族達とは違い庶民達には人気が高かった。
王家の方も領民に罪は無いとして、社交界や王城には呼ばないもまでも他の貴族達に物流や流通、庶民達の交流や商売等の邪魔はしないよう通達した。
旧上位貴族達が不穏な動きをするせいで、彼等との付き合いを見送っていたダンテ家は、領民の中から配偶者を娶ったり優秀な者を養子として次代の子や孫達を成していた。これも庶民に人気が高かった理由の一つでもある。
その後も、王家を初めとした新上位貴族達の辛辣な対応は魔王が亡くなった後も続き、アノーの孫、三代目国王ファフナー・ロッケンローの代まで続いたが、四代目国王のランゼ女王が女性だったのでそれまでのフェミニスト教育が引き継がれなかった事情から、彼女は王家主催の夜会に初めてダンテ家を招待した。
スレインから数えて四代目にして漸くダンテ家は許されたのだった。
しかし、その後もダンテ家自体には問題が無いものの、伯爵は縁起が悪いと付根付いてしまった噂は貴族間では払拭出来なかった。その為、元々の伯爵は問題無いが伯爵に徐爵、昇爵、降爵する事が縁起が悪いとされた。結果、先にも記した通りロッケンロー王国において伯爵家は、ダンテ家ただ一家だけである。
ゾルメディア帝国滅亡からロッケンロー王国建国の後、数年を経て、遂にデンジャラス公国はデンジャラス王国と生まれ変わり、魔王の令息である勇者モストが初代国王へと即位する。
普通、公国から王国へとランクアップする目的は、国際社会において自国を低く見られないようにする為なのだが、一説によるとデンジャラス王国に限っては少し勝手が違ってたらしいのだ。
何故なら、もうその頃には公国と言えどもデンジャラス公国に敵う国など実質的に世界中の何処にも存在していなかったからだ。
それに伴い、こんな逸話が有る。勇者モストも少年期から思春期までは魔王と同じく確かにヤンチャだったが、青春時代を過ぎれば己の両親が如何に個性的かを理解して反面教師としていた。
勇者モストは性格こそ魔王に似ていたが、感性や人との対応等は一般人と全く同じに育ったのだった。
その為、国主の座を譲り受ける直前だった勇者モストが「此方は公国で俺は公子なのに王家の人達がペコペコしてくるから対応し難い。色んな何処から王国にしてくれと何時も言われる」と魔王に相談した事から、世界中の国々に言質を取り付け、勇者モストの国王への即位と同時に公国から王国に変えたと真しやかに伝わっている。
今に伝わる魔王一家の人となりを考えると、強ち間違いでは無いのではないだろうか。
何にせよ過程がどうあれ王国になったからには、魔王は大公ではなく上太王、聖女ルンは王太后を名乗っても何の問題も無い。それでも魔王は生涯自身を大公と称し、聖女ルンも夫に付き合い生涯自身を公太后だと称した。
ここで、夫婦であった魔王と聖女ルンとの関係性について考えてみようと思う。
デンジャラス王国がそのまま引き継いでいるデンジャラス公国公室典範にはこう記されている。
・正公妃、又は第二公妃以下となる条件として、婚姻前に国主の子を成した女性は公妃にはなれない。国主も公妃以外の女性との間に子を成したと発覚すれば五年以内に現国主の座から退く。これは公爵家の正統な公子だった場合も男女問わず同様であり、正統な公子も国主への継承権も失う。母親や父親が望むなら国主、若しくは正統な公子との間に成した子を公爵家で引き取り育てても構わないが、婚姻前に成された子は次期国主への継承権は持たない。
・国主が第二公妃以下を娶れる条件は、正公妃との間に十年間、子を成せず、尚且つ三年以上白い結婚では無い事。但し、第二大公妃以下とする相手を決定するには正公妃と公太后の許可が絶対必要。但し、正公妃と公太后が認めるのであれば十年を待たずとも国主は第二公妃以下を娶れる。
・もし、白い結婚だとしたら、正公妃との婚姻十年をもって次席以下の公爵家、若しくは侯爵家から正公妃と公太后との相談によって養子を取り、国主は五年以内に現国主の座から退く。但し、正公妃が望むなら三年をもって、国主との離婚を成立させられる。その場合も国主は五年以内に現国主の座から退く。
・第二公妃以下を娶った後、更に三年以上正公妃との間に白い結婚が有った場合、正公妃は何時でも国主との離婚を成立させられ、第二公妃以下との間に設けた公子も国主への継承権を失う。その場合も国主は五年以内に現国主の座から退く。
・次期国主の継承権は、第二公妃以下が産んだ公子の後から産まれたとしても、正公妃の産んだ公子の嫡子から順に優先される。
・第二公妃以下が産んだ公子以外に次期国主となる公子が存在しない場合であっても、如何なる理由があろうとも国主へと即位するには正公妃と公太后の許可が絶対必要。
・公妃の不貞、反逆以外で国主から離婚を求める権利は無い。離婚の権利を自由に有するは公妃のみ。
小難しく記されているので良く分からないかも知れないが、これ以外にも色々と事細かく取り決められている。
どの国の王室典範よりもデンジャラス公国の公室典範は、公爵家をがんじがらめにするものではなく、寧ろ庶民の持つ自由さと然程変わらない程に緩い。
魔王の母親である公太后に至っては、エルフで公国貴族のリット・ディード伯爵と婚姻してディード伯爵夫人となり、何人ものハーフエルフの子まで設けている。
これは余談なのだが、ディード夫人が産んだ子等は魔王の弟妹となるので、下位ながら次期国主となる継承権も持ち合わせている。しかし、弟妹達は人間と同じ成人年齢を迎えた途端、アッサリと継承権を放棄してしまった。
これほどまでに緩いにも関わらず、第二公妃以下を娶る条文は、側室に関する事や次期皇帝継承権に煩かったゾルメディア帝国の何倍も酷しい。
ここから単純に導き出される事は、要は国主の浮気は絶対に許さないというなんとも庶民的な答えだ。
寧ろ、第二公妃以下になりたければ、国主よりも正公妃と公太后に気に入られなければならない上に、第二公妃以下の公妃が国主との間に成した公子の継承権は簡単に吹き飛んでしまう。
公室典範の公妃に関する内容から、魔王と聖女ルンの夫婦関係は色々と考えられるのだが、ここで少し振り返ってみよう。
魔王の弟で当時まだ第二皇子だったアーサーは、当時まだ男爵令嬢だった聖女ルンと婚姻したが、たった一日で離縁している。
その時の離縁理由は、ルン皇子妃が男爵令嬢だった頃から魔王と不義密通を行っていたというもの。
後にこの理由は、幾人もの愛妾を囲っていたアーサーの虚偽であるとゾルメディア皇家から公式に発表されたが、実は著者はこの件について面白い話を聞いた事がある。
聖女ルンと魔王の不貞は嘘だったのだが、そういった噂を魔王が面白可笑しくバラ撒いたというのだ。
確かに魔王自身が自身の浮気をバラ撒いて何の特も無いのだが、幼少の頃より魔王とアーサーは何時も比べられていた。
先に記した通り、魔王とアーサーは仲が悪かったが、何時もアーサーが魔王の先を走っていた。ハッキリ言って劣等生の魔王と優等生のアーサーでは比べる方が可笑しい。
魔王も己の方が劣っていると自覚はしていたので、敵わないならせめてアーサーの嫌がる噂でもバラ撒くぐらいの悪戯をしたのではないだろうか。
悪戯好きだったとされる魔王の性格から考えても有り得ない話では無いのではと著者は思う。
その時既に実質的に世界の中心地、現デンジャラス王国を手に入れていた魔王としては、不貞の嘘が元でディアナと婚約破棄されても構わなかったとも思われる。
結果、まんまとアーサーは嘘に騙され、魔王の常に上を行っていた己のプライドを傷付けられ、自分から乞うた男爵令嬢とたった一日で離縁してしまったのだ。
魔王にしてみれば、作戦成功上手くいったぐらいにしか思わなかったかもしれないが予想外の事が起こった。
アーサーが離縁だけでなく、王家の者に不義密通を働いたとしてルンを投獄してしまったのだ。
自分の悪戯のせいでルンは最悪死刑となってしまう。そこに来てディアナ、メルチェ家からの婚約破棄。
大切な者を母親以外に無くした魔王は、スレイン皇帝へ帝都を出て行く条件として、実家の男爵家からも絶縁された囚われのルンが欲しいと付け加えた。
そう、これは魔王なりの謝罪と罪滅ぼしだったのではないだろうか。
ルンもその事実を魔王、若しくは公太后より聞かされて、流石に激怒。責任を取れと言って魔王と婚姻し、彼女は元男爵令嬢であり元皇子妃だったルンから聖女ルンへと生まれ変わった。
故に、夫としての魔王は、昔の悪戯をずっと言われ続けて妻としての聖女ルンに頭が上がらなかったのではないかと推測する。
その証拠に“ヤルデレ”と同様、今では皆が知っている“鬼嫁”、“かかあ天下”、“ツンデレ”という言葉も魔王が作ったとされるのは有名なトリビアだ。
しかしながら、帝都から追放された魔王が世界の中心地へ赴く際も、その傍らに居たグレン・スカー侯の手記にはこうも記されている。
“聖女ルンは、最初右も左も分からず、知っている者が誰も居ない世界の中心地で伏せっていたが、ガイスト様と公太后様が一所懸命に彼女を慰めた。そのせいかお陰かで彼女は男爵令嬢だった頃どころか、庶民すら引いてしまう自が出てきてしまった。聖女と言えど彼女を嫁に出来るのはガイスト様ぐらいだ”
この手記からも考えるに、二人は結構仲の良い似た者夫婦だったのではなかろうか。
魔王と聖女ルンとの間には、勇者モストを筆頭にして四男三女の子宝にも恵まれた。
最後に産まれたヘヴィ・デンジャラス公子に至っては、聖女ルンが四八歳の時の子だというからまた驚きだ。普通なら孫と言っても可笑しくない親子なのだが、彼女のルックスは五十代の頃でも二十代後半で女盛りの美女にしか見えなかったとも言われている。
だが一番驚愕すべきは、魔王がヘビィを設けた当時五十歳。同性である著者としては、それだけで彼に頭が上がらない。まさに色々な意味で魔王である。
結局は、魔王が生涯妻としたのは聖女ルン唯一人だけ。第二大公妃以下は一人も娶らなかった。それは勇者モストから続く歴代のデンジャラス国王全員も、結局は娶る女性は正妃唯一人となっている。
そうなると、次期国王となる後継者の心配も有るのだが、何故か歴代のデンジャラス国王は魔王と同じく子沢山な上に、王子王女達はやたらと次期国王になりたがらず、王の持つ最高権力よりも庶民のような自由を好む者が多い。
実際に庶民になった者も数多く居り、表向き政略結婚とされながらもその実、相思相愛で降爵したり他国の家へ嫁ぐ者達ばかりである。
寧ろ、誰が次の国王になるのかの押し付け合いで逆継承権争いが起こる程だ。
この辺は、今に伝わる魔王と聖女ルンの血が色濃く受け継がれているのかもしれない。
話を元に戻すが、この他にも邪神復活を目論む“アザトース教団”が聖女ルンを生け贄にすべく彼女を拐った時も、魔王はまだ少年だった勇者モストと共闘、自身の妻を救い出し、教団を完膚無きまでに壊滅させた。
結論として、魔王は聖女ルンを自分の尻を叩く恐妻としていながらも、二人は何時までも仲の良い夫婦だったのではなかっただろうか。
恥ずかしながら著者も、妻に対しては魔王と同じ立場である。
因みに、魔王の所業に関してはアザトース教団事件の他にも、デンジャラス公国を乗っ取ろうと画策、勇者モストでも敵わなかった“鏡使いブラスター”との戦いや、世界と森羅万象を築いて石碑の予言を残した創造神と神の従者、神騎士と化していた初代ゾルメディア国王との邂逅等、全くもって人知を越えた逸話に事欠かない。
まさに、魔王の人生は波乱万丈であった。
魔王は自らを馬鹿と称していた。確かに学園での成績を見る限りはお世辞にも頭が良いとは言えない。恐らく卒業出来たのもギリギリだったのかもしれない。
だが魔王は、子供の頃から皆に捨て置かれていた存在だったので何時も城を脱け出し、護衛や監視も付かないまま庶民の子等と一緒になって市井で遊び廻っていた。
勘の鋭さ、常識やピンチを覆す柔軟な発想、この世界の誰も知らなかった事実に気付いていた先見の明。それ等が示す魔王の第六感が磨かれた原点は、幼少の頃より堅苦しい皇宮ではなく、自由な外の世界を直接己の五感で感じ取っていたからかも知れない。
だからこそ、学園での成績こそ悪いものの、敵を騙す悪巧みや実用的な思考、行動による生存戦略に掛けてはピカ一の才能を発揮したのではないだろうか。
城の中は敵だらけで父からも疎まれ、心許せる者は母親しかいない。
物心付いてからずっと家族にも味方にも恵まれない不遇な状態にあったからこそ、聖女ルンや勇者モストに公太后といった自分の家族、並びに幼少の頃より一緒だったスカー候という苦楽を共にしてきた仲間達を何時までも大切にしたのではと思われる。
少し話は変わるが、ゾルメディア帝国滅亡の引き金ともなったアノーの実父、アーサー元皇太子と彼の元側近達のその後を駆け足で記そうと思う。
今では誰でも知っているし、魔王本人も一番お気に入りだったと言われてる“魔王ガイスト”という呼称を初めて使用したのはアーサーだと伝わっている。
アーサーは表向き聖女ルンを誘拐したという罪で廃太子となり、生涯離宮にて幽閉となったのだが、自分の世話をしていたメイドを誑かし、まんまと離宮からの脱出に成功。廃嫡、勘当され、市井で腐っていた元側近達に声を掛け、共に魔王討伐を掲げて秘かにデンジャラス公国へと密入国をする。
しかも、潜り込んだ大公低にて運良く聖女ルンを人質に捕り魔王と対峙出来たところまでは良かったのだが、彼の悪運もそこまでだった。
癇癪を起こした勇者モストによって大公邸に大きな穴を開け、彼方へと吹き飛ばされてしまい、その後の消息や生死は一切不明。一緒に密入国した元側近達も結局は捕縛されてしまった。
その後、元側近達は犯罪者として公国にて服役したのだが、公国では規則さえ厳守すれば比較的服役囚にも自由が有り、待遇が良く三度の食事付き。当時公国以外の国は一日二食が当たり前の基本だった。
釈放後も公国内において仕事は唸る程有るし物価も安かったので、元々優秀だった彼等はそのまま公国の一般庶民となってしまった。
それでは最後に、晩年魔王が死の間際ベッドの中で全ての魔物に向かって発信した魔王の遺言とも呼ぶべき最後の二つの命令の内一つを記したいと思う。
その内容とは「今後、自分以外に魔王の力を持つ者が現れても未来永劫子々孫々、絶対命令には従うな」である。
これこそが、魔王が“最後の魔王”とも呼ばれる由縁でもある。
魔王は己以外が魔王の力を持てば世界を征服すら出来る事を分かっていた。
その上で魔王ゲイザーの時のように、自分が死んだ後も魔王の命令を忠実に守る魔物達へこの命令を発したのである。
そして、最後の二つの命令の内もう一つは、この本を手に取って読んで下さっている貴方自身がデンジャラス王国王都の神殿にて安置されている“魔王の石碑”を見て読んで考えて欲しい。
魔王の石碑に記されている内容は、魔王の最後を看取った聖女ルンの証言により、予言の石碑と違いそのままの意味だという。と言っても後半中ほどにある文言は今だ研究家達の間でも謎のままなのだが、それでも言いたかった事が十分に伝わってくる魔王らしい言葉でもある。
殆んどの方が、既に魔王の石碑の意味を御存知なのだろうが、かくいう著者もかなり血が薄まり武力よりも文学が得意になったとはいえ、バンパイヤの血を継ぐダンピールの家系。
故に、この命令が永遠に実行されない事を切に願う。
それでは、魔王ガイストの遺言通り、全ての人間と全ての魔物に未来永劫の幸多からん事を、この著書の最後の言葉として締め括ろう。
Fin
七代目ズール家当主、ジュドー・ズール著“魔王と呼ばれた男~ガイスト・デンジャラス大公とデンジャラス公国建国記~”より。
~~~~~~~~~~
“今後、自分以外に魔王の力を持つ者が現れても未来永劫子々孫々、絶対命令には従うな。
けれどもし、人間が驕り高ぶり、魔物を蔑ろにする日が訪れたら全ての魔物達は再び人間に反旗を翻し、世界の中心地を閉ざしてしまえ。
これが全ての魔物へ俺からの最後の命令だ。
そうなったら二度と人間達の手に無限の資源は戻らない。
何故なら、この乙女ゲームはRPGパートがムズすぎたんで、その後に続く全ての続編はアドペンチャーパートオンリーの世界観が繋がってない別世界が舞台となっているからだ。
もうこの世界には、永遠に聖女と勇者と魔王は現れないのだから。
これが全ての人間へ俺からの最後の忠告だ”
デンジャラス王国所有、無限の資源所在地及び、魔王ガイストと聖女ルンの婚姻式場及び、神の住居だったと伝わる神殿にて。
予言の石碑の隣に安置されている魔王の石碑より。
~~~~~~~~~~
[負け組皇子の大逆転]エピローグ兼エンディング
因みにキャラクターネームは
ダンテ侯爵家→魔王ダ○テ
ロッケンロー王国→英語のRock'n Roll
ローゼ→炎のアルペン○ーゼ
セブン→名字と合わせると煙草の銘柄(ウルトラセ○ンでもあります)
カミーユ→Zガ○ダムのカ○ーユ・ビダン
カチュア・シャッフル→銀河漂流バ○ファムのカ○ュア・ピアスンとロディ・シャッ○ル
ファフナー→蒼穹のファ○ナー
ランゼ→とき○きトゥナイトの江○蘭世
ヘヴィ→英語のHeavy
アザトース→言わずと知れたクトゥルフ神話
ブラスター→銀河旋風ブ○イガーのブラ○ター・キッド
ジュドー→ガ○ダムZZのジュ○ー・アーシタ
ゾディアックは思い付きです(星占いや聖闘士○矢に出てくる黄道十二宮の意味もあるそうですが)
逆襲編の冒頭部分も“魔王と呼ばれた男”より抜粋しています。




