常陸国で農業改革が決定すると伊達家が動き出す
百姓達に案内されながら、1番近い田畑に来た六三郎は、その田畑の持ち主である百姓に
「さて、この田畑の持ち主のあなたの名を教えてくだされ」
自己紹介を促すと、件の百姓は
「はい。文蔵と言います」
言われるまま自己紹介した文蔵に六三郎は
「文蔵殿ですな。それでは文蔵殿、米が豊作だった年、不作だった年、それぞれの年の違いを出来るかぎり思い出してみてくだされ。他の百姓の方々も、佐竹家の皆様もですぞ!」
その場に居る全員も含めて、豊作の年の状況、不作の年の状況、それぞれを思い出させていた。しばらく考えた文蔵から
「柴田様。豊作の年と不作の年の違いですが、豊作の年は雨が適度に降って、暑くもなければ寒くもない、過ごしやすい日が多い年でした
不作の年は反対に、雨が過度に降って稲が腐ったり、暑過ぎて田畑が水不足になったり、冷たい日が多くて稲がしっかり育たない年もありました」
それなりに納得出来る豊作要因と不作要因が伝えられる。それらを聞いた六三郎は
(やっぱりある程度予想通りの内容だな。豊作の時は雨は適量で気温も高過ぎず低過ぎず、反対に不作の時は雨が降りまくりか全く降らないかのどちらかで、
気温もこの時代だと高過ぎるか低過ぎるになると、基本的には、尾張国や美濃国と同じやり方で間違いはないはず。将来的に俺が再度出張しないで済む様に、佐竹家の皆さんにも働いてもらうか!)
頭の中で過去のやり方で大丈夫だろうと判断した結果、
「それでは、佐竹家の文官の皆様、しっかりと記録しておいてくだされ!」
「ははっ!柴田様、どの様な事を実行するのでしょうか?」
「「色々な事」と今は言っておきましょう。その前に文蔵殿、そして他に百姓の方々。先ずは5人1組で縦一列に並んでくだされ」
佐竹家の文官に記録を残す様に命令したかと思ったら、文蔵達百姓を5人1組で縦に並ばせた。文蔵達は不思議に思いながらも、縦一列に並ぶ
その状態になった文蔵達に六三郎は
「さて、皆様方!今、綺麗に並んだ皆様を稲に見立ててみましょう、この並びから一尺、横に移動してくだされ」
5人をおよそ30センチ横に移動させる。そして、先程まで居た場所に目印を置くと
「文蔵殿と皆様方、今立っている場所と先程まで立って居た場所を比べてみてくだされ」
本人達に場所を確認させる。確認した文蔵は
「柴田様、儂を含めた五人が横に移動しただけですが、これはどう言う事でしょうか?」
訳が分からない状態になっていた。それに対して六三郎は
「文蔵殿、横に移動した「だけ」が重要なのです。先程、拙者は皆様を「稲に見立てて」と言いました。稲が同じ間隔で植えられていた場合、手間が少しだけ楽になります
どう言う事かと言いますと、同じ間隔と言う事は、水の量も同じ、滋養豊富な土の撒く量も同じで済むと言う事です」
かなりアバウトな説明で、正条植えのメリットを説明した。そんな説明を聞いて少しだけ理解出来たとは言え、義宣は気になった事があった様で
「し、柴田様。仰っている事は何となくですが、分かりました。ですが、水の量も同じと言う事は水戸城周辺の田畑に水が満遍なく行き渡るという事ですよね?
確かに、水戸城の近くの那珂川は水量が安定しておりますが、それをどうやって各々の田畑に水を行かせるのですか?」
水戸城の近くを流れる那珂川の水をどうやって、それぞれの田畑に安定供給させるのか?と質問して来た。義宣の質問に六三郎は
「太郎殿、確かに今のままでは安定して水を行かせるのは不可能でしょう。ですが、三河国で実行した方法ならば大丈夫でしょう
その為に佐竹家の家臣の皆様に、「かなり」働いてもらう事になります」
三河国で実行した方法、つまり川岸を爆破して、川幅を広げていくやり方で那珂川の水を満遍なく行き渡る様にする事を宣言した。細かい部分まで教えてもらってないのに義宣を始めとした面々は
「柴田様!三河国と言えば、以前はあまり米が豊作にならない国でしたが、柴田様や松平家の面々が手を加えたら石高が三倍に増えたと聞いております!
その方法を、この常陸国でも実行するのですか?これが常陸全土に広がれば、常陸国一国で六十万石に到達出来るかもしれぬ!そう言う事ですな?」
「若様!米でそれだけ収穫出来た場合、麦を始めとした他の物も同じくらいの収穫を期待しても良いかと思いますぞ!」
「これは、常陸国が日の本で最も米が多く収穫出来る国になるだけでなく、銭が多く手に入る可能性も!」
常陸国が米の最大生産国になる可能性に興奮していた。そんな面々に六三郎は
「各々方。先ずは水戸城周辺で試してからですぞ?その為に、各々方には働いてもらうだけでなく、準備していただきたい物もあるのですから」
浮かれない様に、忠告する。六三郎の言葉を聞いた義宣は
「そうでした。先ずは、周辺で試してからでしたな。文蔵爺、そして他の者達も!明日から始める農業改革、周辺の者達に伝えておいてくれ!」
「「「「は、はい」」」」」
文蔵達が若干引くテンションで、明日からの農業改革を宣言した。こうして、六三郎は自分が楽をする為に佐竹家を巻き込んだが、最終的に仕事量を増やした事に気づかないまま、明日からの準備に取り掛かった
常陸国がそんな状態の中、信長と六三郎を待っている伊達家では
天正二十二年(1594年)九月十五日
陸奥国 伊達家屋敷
「遅い!藤次郎!小次郎!小十郎!右府様と柴田殿は、まだ来ないのですか?」
母親の義姫が、信長一行が来ない事に苛立ちを見せていた。そんな母親に政宗は
「母上、佐竹家の居城である水戸城からは距離があるのですから、今月の初頭に出立してもまだ到着しなくて当然ですから」
「水戸城からは遠いから仕方ないだろ」と宥める。しかし義姫は
「藤次郎!その様に悠長な事を言っている場合ですか!前月に兄上から届いた文に、兄上の娘である駒姫が柴田殿の弟に嫁入りしたと書いていたのですよ!
これで最上家は織田家家臣の筆頭とも言える柴田家と強い縁が出来たのです!それだけでなく徳川様の次男にも竹姫が嫁入りして、徳川様とも縁が出来たのです
最上家が現在の日の本で影響力の強い家と繋がりがある状況に居るのは良いですが、伊達家が置いてけぼりになるのはよくありません!
藤次郎!小次郎!小十郎!あなた達、常陸国に行きなさい!そして、右府様達を連れて来なさい!」
落ち着くどころか、更に興奮して3人に
「信長達を常陸国から連れて来い」と無茶苦茶な事を言い出す。そんな母親を見て政宗は
「母上、連れて来る事が出来るかは分かりませぬが、とりあえず常陸国へ向かってみます。だから落ち着いてくだされ」
「とりあえず常陸国へ行く」と伝えて、出立準備を始める。こうして、伊達家はまた関東へ出立する事になった。




