信長は六三郎からの文を受け、考えた結果
「それでは源二郎!大殿へこの文を届けて、そこから出来る限り、早く戻って来てくれ!徳川様が馬を貸してくださったのじゃ、走って進むよりは早く到達するじゃろう!任せたぞ!」
「ははっ!出来る限り早く、殿の元へ戻ります!それでは出立します!」
高代の妊娠を受けた六三郎は、妊娠初期で、これから寒くなる季節に長旅をさせるのは危険だと判断したが、高代を何処に預けるかを悩んでいた所、
家康から、「安定期に入るまで、徳川家で預かるぞ」と言われたので、それで良いかと信長から了承を得る為
信長の元へ昌幸の次男の信繁を走らせた場面から始まる。そんな大役を受け信繁は、脇目も振らずに躑躅ヶ崎館を目指して走った。その結果
天正二十一年(1593年)十一月二十八日
甲斐国 躑躅ヶ崎
「大殿!六三郎殿の家臣、真田喜兵衛殿の次男、源二郎殿が六三郎殿の文を持って参りました!」
2週間で躑躅ヶ崎館に到着した。到着した信繁は、文の事を伝えており、そこから信長へ話が行く。そして信長は
「ほう。六三郎から、何かあったと見て良いか。真田源二郎本人にも話を聞きたい。連れて参れ」
「ははっ!」
信繁を連れて来る様、命令し、程なく信繁が大広間に到着する。到着した信繁に信長は
「さて、真田源二郎よ。六三郎からの文を見せてもらうぞ!」
文を渡す様、催促する。催促された信繁はすぐに渡す。信長は文を受け取ると、読み出す
「どれ。「大殿へ、柴田六三郎です。いきなりの文、申し訳ありませぬ。徳川様の次男の於義伊殿、元服して勝之尉殿の元服の儀と、最上家の竹姫殿との祝言に関しまして、
何事も無く無事に終わりました。祝言の場で徳川様より、勝之尉殿へ信濃国を与えると発表され、更に勝之尉殿の兄で、
徳川家嫡男の三郎様へこれまでの三河国に加えて、遠江国を与えるとも発表されました。徳川様御本人は、駿河国へ移動して、そこで伊豆半国の発展に注力したいとの事です
大殿と殿へ伝えて欲しいと頼まれましたので、先ずは伝えるべき事として、文を書きました
そして、ここから拙者の個人的な事になりますが、勝之尉殿と竹姫殿の祝言の翌日、玄蕃の兄上に赤備え以外の面々を連れて播磨国の実家へ行く事をお頼みしていた時、
高代から、やや子を授かったと教えてもらいました。喜ばしい事ではありますが、妊娠して間もない頃は、子が流れやすい危険な時期であり、
これから季節は寒くなるので、高代の身体を考えると、実家へ帰る事は危険だと判断しました。そこで、その話を聞いておられました徳川様より
「安定期に入るまでは、浜松城で預かるぞ」とありがたい提案をされましたが、勝手に決めるわけにもいかないので、大殿へ文を書いた次第にございます!
大殿からのお許しをいただけましたら、徳川様のお言葉に甘えて、高代を浜松城で預かってもらいたく存じます!よろしくお願いします!」との事じゃな
まったく、六三郎の周囲は色々な事が起こるのう。それはそれで、六三郎らしいと思うが。しかし、高代がやや子を授かったのであれば、
確かに寒い季節の長旅は危険じゃな。しかし、高代と侍女達だけを浜松城に置いておくのも良くないのう。ならば、こうするか!源二郎よ、六三郎と二郎三郎への文を書くから、しばし待て!」
文を読み終えた信長は、家康への文と六三郎への文を書き始める。じっくりと丁寧に書いて、およそ2時間後
「よし!書き終えた!源二郎、これを浜松城に持っていけ!」
文を書き終えると、信繁に文を渡す。文を受け取った信繁は
「ははっ!急いで殿へお渡ししたいので、失礼します!」
急いで、大広間を出て行った。こうして、信繁が急いで甲斐国から六三郎の元へ戻る為に馬を走らせた結果
天正二十一年(1593年)十二月七日
遠江国 浜松城
「殿!源二郎が戻って参りました!!」
「誠か!源二郎!よくぞ、大役を受けただけでなく、成し遂げてくれた!見事じゃ!」
信繁は行きで2週間かかった距離を、帰りは僅か10日で帰って来た。その事で、六三郎は信繁を褒め称えた。そんな信繁は六三郎へ信長からの文を渡す
「源二郎!文が2つあるが、これはどういう事じゃ?」
六三郎は意味が分からないので、信繁へ質問すると信繁は
「右府様より、殿と徳川様へお渡しする様にと、書いた文でございます!」
信長が書いた家康用と六三郎用の文だと伝える。それを聞いた六三郎は
「徳川様への文もあるか。ならば、徳川様へ文を届けた方が良いな!今から徳川様の元へ行ってくる!」
そう言って、大広間へ行き、入る許可を得てから大広間へ入る。そこには家康と本多正信と小姓が居るのみだった
大広間に入ると六三郎は
「徳川様!甲斐国に居ます大殿より、高代の件での拙者に対する文と、徳川様への文が届きましたので、お渡しに参りました」
信長からの文が届いた事を伝える。それを聞いた家康は
「三郎殿からか、見せてもらおう」
文を受け取り、読み出す
「どれ。「二郎三郎へ、先ずは於義伊殿改め、勝之尉殿の元服と祝言、おめでとう!そして、信濃国を任せても良いと思える程、
良き若武者に育った事、儂も嬉しく思う!それから婿殿へ遠江国を任せて、駿河国へ移動して伊豆半国を発展させる気概、儂も見習わせてもらうぞ!
それでは本題に入るが、六三郎の側室の高代の身体を気遣って、浜松城にて預かってくれるとの事じゃが、二郎三郎の言葉に甘えさせてくれ!
織田家にとっても、柴田家の子が増える事は、儂の死んだ後を考えた結果、とても良い事じゃ!なので、済まぬが、
儂と六三郎が奥州から戻るまでは、高代達を預かってもらいたい!勿論、ちゃんと礼はする!なので、よろしく頼む!」との事じゃ、六三郎殿、高代殿の事は安心して良いぞ」
文を読み終えた家康は、六三郎へそう伝える。しかし、六三郎は
(あれ?文の中で大殿は「高代達」と言ってたよな?高代さんと侍女数名ならそんな書き方はしないはずだし、なんか気になるな)
内心、不思議に思っていたが、
「徳川様!誠にありがとうございます!お言葉に甘えさせていただきます!」
そう言って、頭を下げた。すると家康から
「六三郎殿、良ければ、六三郎殿への文を読んでくれぬか?三郎殿の事じゃから、何か突拍子も無い事を考えていそうでな」
「文を読んでくれ」とリクエストされた。勿論、六三郎は
「分かりました。では」
断れるわけもないので、文を読む準備に入る。信長か六三郎へあてた文とは?




