亡き兄の思い出と
天正二十一年(1593年)十月二十六日
甲斐国 恵林寺
前日に、五郎の兄で武田家の長兄だった義信の孫達が現れた事で、当主である勝四郎は、五郎と同じく義信の弟である竜芳にこの事を伝える為、恵林寺に主だった面々を連れて来ていた
「紹喜和尚!いきなり大人数で来て、申し訳ない!次郎伯父上にある事を伝えたいと思いたったので、来た次第なのですが、次郎伯父上は居ますか?」
勝四郎が紹喜に竜芳が居る事を尋ねると、紹喜は
「勝四郎様。竜芳は中に居ますが、どの様な用件でしょうか?」
用件を尋ねる。勝四郎は
「実は、次郎伯父上の兄である太郎伯父上の孫達が、武田家に来てくれたのです!なので、絶対に伝えたいと思い、連れて来ました!」
隠す事なく正直に話す。勝四郎の説明を聞いた紹喜は
「お、お待ちくだされ勝四郎様!太郎伯父上とは、信玄公の嫡男でありましたが、東光寺で自害なされた太郎義信公の事で間違いありませぬか?」
いつもの冷静さを欠きながら、勝四郎へ質問していた。しかし、その質問に答えたのは勝四郎ではなく
「紹喜殿。その太郎兄上で間違いありませぬ。何故、孫達が存在しているのかも含めて、次郎兄上に伝えたいのです。案内をお願い出来ますか」
五郎だった。その場に居る武田家一門だけでなく、付き添いで信長達の顔も見た紹喜は
「分かりました。それでは、ご案内します」
竜芳の元へ案内する事を決めた。恵林寺を通り抜け、入明寺へ到着した一行の足音を聞いた竜芳は紹喜へ
「紹喜様。何やら大人数で来た様ですが、勝四郎様達が来たのですか?」
勝四郎達が来たのかと質問する。竜芳の質問に紹喜は
「竜芳。確かに、勝四郎様や仁科様、典厩様といった武田家一門と、織田右府様と家臣の方で大人数じゃが、
此度、お主も間違いなく驚く人達も来たぞ。じゃが、事が事だけに、儂も此度は側に居て話を聞こう」
色々と思うところがあったのか、側に居て話を聞くと宣言する。紹喜の言葉に竜芳は
「紹喜様が側に居て聞きたい程のお話ですか。分かりました。子供達も呼びますので、聞かせてくだされ。勝二郎!竜代!来なさい!」
子供達を呼び寄せる。2人が到着した事を確認すると、
「それでは、どの様なお話なのですか?お願いします」
話を促す。先陣を切ったのは勝四郎だった。勝四郎は
「次郎伯父上!話す前に、お聞きしたい事があります。五郎叔父上と次郎伯父上の兄である太郎伯父上とは、どの様なお人でしたか?」
義信の為人を質問する。勝四郎の質問に竜芳は
「太郎兄上の事を聞かれるとは、何とも懐かしい。太郎兄上はそうですなあ、「とても優しい兄」でしたなあ。拙者の目が見えなくなって来た時は
父上に叱責されても、武芸の稽古よりも拙者の目が治る様に、神頼みを毎日しておりました。目が見えなくなった時には、
「儂の願いが足りなかったからだ!済まぬ」と、手を握って、拙者の手が濡れている事か分かる程、泣いてくださいました
今にして思えば、兄上は父上の様な狡猾さや荒々しさではなく、母上の優しさを強く受け継いでいたのでしょう。乱世よりも平和な世に生きるべき人でしたなあ」
竜芳の言葉を聞いて、五郎は
「次郎兄上。太郎兄上の最期を覚えておりますか?」
義信の最期を聞く。竜芳は
「五郎。勿論、知っておる。東光寺に幽閉されて、父上から死罪を言い渡され、自害をした。と、佐野殿から教えてもらった
幽閉された理由も、父上と兄上が今川家の事で対立して、その結果、兄上と義姉上が幽閉された事もな」
覚えている事を話す。そこに勝四郎が
「次郎伯父上!その、太郎伯父上の事で喜ばしい事があったので、此度は参ったのです!」
本題に入ろうとする。すると竜芳は
「勝四郎様。もしや、太郎兄上の罪人扱いを解いてくださるのですか?だとしたら、それは確かに喜ばしい事ですな」
別の事だと推測するが、勝四郎は
「それは既に終えています!此度、次郎伯父上に伝えたい事は、それ以上の事です!心して聞いてくだされ!」
前フリを忘れずに話す。勝四郎の言葉に竜芳は
「余程の大事な様ですな。分かりました、教えてくだされ」
リラックスしながら教えてくれと、勝四郎を促す。そして、勝四郎は遂に
「それではお伝えします!実は、太郎伯父上の孫達を見つけたのです!!今、我々と共に居ます!」
4人の事を伝える。数秒、沈黙の時間が流れたが、竜芳は
「勝四郎様。その様な冗談は良くないですぞ?もう元服もして、大人の仲間入りをしたのですから」
冗談だと思い、勝四郎を嗜めようとする。更に
「五郎も、典厩殿も。右府様を巻き込んでまで、この様な事は」
五郎と典厩も嗜めようとしたが、勝四郎が
「次郎伯父上。嘘や冗談ではありませぬ!その証拠に、件の者達が持って来た家宝を、紹喜和尚にお見せします!紹喜和尚、こちらの風呂敷を開いてくだされ」
化粧箱を紹喜へ渡す。風呂敷を開いた紹喜は
「これは、武田菱が描かれた化粧箱!」
驚きのあまり、声が出る。紹喜の声を聞いた竜芳は
「そんな、いや。でも」
戸惑い出す。そこで
「紹喜様。その化粧箱の中を見て教えてくだされ!」
紹喜へ中の確認を頼む。紹喜が恐る恐る、化粧箱の中を見ると、
「位牌が二つと文が三つじゃな」
中にある物を具体的に説明する。それを聞いた竜芳は
「文の内容を読んでいただきたく」
そう頼むと、紹喜は読み出す。ひとつひとつ、じっくりと読み、全ての文を読み終えると
「兄上、、、義姉上が先に自害したのであれば、父上に頭を下げたら良かったではありませぬか!!それなのに、何故!何故、そのまま死ぬ事を選ばれたのですか!
子が産まれ、成長していく姿を見る事を捨ててまで、父上と対立し続ける意味など、無いではありませぬか!」
竜芳は、涙を流しながら床を叩いていた。それでも、落ち着いた竜芳は
「五郎。兄上の息子の東光殿の嫁である、軽殿と子供達が来ておるのじゃな?ならば、声と名を知りたいから、自己紹介させてくれ」
五郎へ、5人の自己紹介を促す。促された5人は
「四人の母の軽です」
「長女の武です」
「長男の田之助です」
「次男の義衛門です」
「三男の信三郎です」
それぞれ自己紹介する。5人の声を聞いた竜芳は
「兄上の孫達が、誠に生きておるとは。何とも、喜ばしい事じゃ!勝四郎様、疑って申し訳ありませぬ」
勝四郎へ頭を下げた。勝四郎は
「次郎伯父上、拙者も最初は疑っておりました。ですが、三つの文と佐野殿の話を聞いて、間違いないと判断しました
ですが、田之助は九歳、義光衛門は八歳、信三郎は七歳ですので、これから三人には武士としての色々を覚えてもらわないといけませぬ!
拙者が六三郎殿に命を救われた事を、今度は拙者が三人にしてやりたいのです!」
竜芳をフォローしつつ、これからの計画を伝える。勝四郎の計画を聞いて信長が
「三人か立派な武士になるまで五郎と典厩は勿論、竜芳殿は耄碌出来ぬぞ!長生きして、武田家を盤石にせんとな!」
3人に発破をかける。3人も
「「「ははっ!」」」
返事をする。こうして、六三郎の知らない所で武田家の未来の土台が更に厚くなり始めた。
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