義母も夫も思いは同じく
泣き崩れている五郎に対して、信長は
「五郎!お主の気持ちが分かるとは言わぬ!だが、勝四郎を支える者のひとりであるお主が、その様な体たらくでどうする!しっかりせんか!!」
叱責をする。信長の叱責を受けた五郎は
「も、申し訳、ありませぬ」
何とか会話が出来るくらいには、立ち直った。その五郎を見て勝四郎は
「五郎叔父上。太郎伯父上の子を産んでくれた、虎殿の文を読みますが、気持ちは大丈夫でしょうか?」
五郎に確認を入れる。勝四郎の言葉に五郎は
「はい。お願いします」
腹を括った様で、勝四郎に大丈夫だと伝えると勝四郎は、文を読み出す
「それでは読みます。「この文を読んでおられる方へ。この文を書いた私の名は、甲斐武田家に仕える佐野家の娘の虎と申します。此度、私が書く此方の文は
私の遺言状になる可能性が高いのですが、息子や嫁、更に孫達に迷惑がかからない様にしたい一存で、文を書きました。良ければ少しだけ、お付き合いください
私の息子の東光の父は、既に死んでおります。その方のお名前は武田太郎義信様と申します
太郎様は、本来ならば武田家の嫡男であり、何も起きなければ武田家の家督を継ぎ、甲斐国を治めるはずでした。しかし、お父上の信玄公と対立した事により
正室の方と共に東光寺に幽閉され、正室の方が自ら命を絶ってしまった時、太郎様に求められるままに身を委ね、息子の東光を授かりました
ですが、太郎様は「自分は死罪になる身。我が子を見る事が叶わぬ事は後悔しかないが、父に露見して我が子が殺される事など、あってはならない!だから、
儂が書く文を持って逃げてくれ!」と私にもうひとつの文を書き渡してくれました。私が書いたこの文と、太郎様の文を持っている若い子連れ夫婦が居ましたら
私と太郎様の息子家族に違いありませぬ。なので、もしも息子家族が苦しい暮らしをしておりましたら、助けていただきたく。何卒お願いします」これが、虎殿の文の内容です」
虎の文を勝四郎が読み終えると、典厩は
「佐野家の娘だったのか。佐野家と言えば、六三郎殿の家臣で赤備えの大将と副将を務める飯富兄弟を幼い頃に保護してくれた家。そして、飯富兄弟の父君は
太郎様の傅役を務めていた。それを踏まえるに、佐野殿は、もしや虎殿が太郎様の子を授かった事を知っていたのかもしれぬな。今となっては、真相は闇の中じゃが」
少しばかり、推測を口にする。典厩の推測を聞いた勝四郎は
「典厩叔父上。その可能性も否定出来ませぬが、東光殿の文を読みますので」
「真相を考えるのは後にしてくれ」と遠回しに伝えて、典厩も勝四郎へ
「申し訳ありませぬ。御館様、東光殿の文を読んでくださいませ」
承知した旨を伝える。そして、勝四郎は東光の文を読み出す
「では。「こちらの文を見ておられる方へ。拙者の名は、東光と申します。訳あって、家名を名乗れぬ立場で暮らしております。母からその理由を教えてもらった所、
拙者の父は、かつて甲斐武田家の嫡男であったものの、父であり当主である信玄公と対立して、死罪となった武田太郎義信である為
武田家に見つからない為に、百姓としての暮らしに扮して、姿を隠していたとの事です。実際に、母からは亡き父から貰い受けた武田菱の描かれた化粧箱を家宝として
人に見つからない様、気をつけて大事に扱う様に言われておりました。その母も、拙者が嫁をもらい、子を四人ももうけた事で安心したのか、四十歳になる前に
亡くなりました。拙者も、体調が優れない日がこの所続いており、万が一の事を考えて、嫁の軽と四人の子供達が路頭に迷わない様に、この文を書きました
もしも、この文と化粧箱を持つ四人の子供を連れた女子を見ましたら、武田家のお屋敷へ案内してくださいます様、何卒よろしくお願いします
最期に、軽、武、田之助、義衛門、信三郎。皆の側に居てやれなくて済まぬ。もしも、暮らしが苦しくなったのであれば武田家にこの文と化粧箱を見せてくれ
もしかしたら、武田家の親類縁者と認めてくれるかもしれぬぞ。だが、もし認められたとしても、武田家の家督を求めてはならぬ!
儂の父である太郎義信は、廃嫡された身じゃ。たとえ、親類縁者だとしても出過ぎた欲は身を滅ぼす!だから、軽。子供達が愚かな言動をした場合は
叱ってやってくれ!幼い子供達を残して死ぬのは残念じゃが、それでも軽と子供達が末長く平和に生きている事を願っておるぞ」との事です
五郎叔父上、典厩叔父上。東光殿は、父である太郎伯父上と同じく、心の優しいお人だった様ですな」
勝四郎か義信と東光の為人が同じである事を指摘すると、五郎は
「御館様の仰るとおりです。拙者は五歳頃に太郎兄上とお会いして、色々と話しましたが、その時も「儂と話していたら父上に叱られるぞ。だからはやく戻れ」と、
拙者の身を案じてくださる優しい兄上でした。その太郎兄上の孫達が、四人も生きていたとは」
幼い頃の義信との思い出を語る。五郎の言葉を聞いて勝四郎は
「五郎叔父上、典厩叔父上。太郎伯父上の孫達を連れて、次郎伯父上の元へ行きませぬか?これ程の重要な事は伝えないといけませぬぞ」
軽達を連れて、竜芳の元へ行く事を決断した。亡き兄の孫の存在を知った竜芳はどの様な反応をするのか?




