六三郎達が出立した後、武田家にフラグが立つ
六三郎達が出立した後の躑躅ヶ崎館では、残った面々のうち、信長が武田家の面々へ
「勝四郎、いや、五郎も典厩も。よくぞ、己の気持ちを抑えたな。九年前の事を思えば、穴山の子供は憎んでも憎み足りぬ存在なのに」
穴山姉弟へ何もしないどころか、優しい対応をした事を褒め称えていた。そんな信長の言葉に勝四郎が
「右府様。確かに、思うところはあります。それでも抑えられたのは、数年前に六三郎殿が教えてくれました
「親の罪を子に被せるな」が、頭の中にあったからです。これで拙者が後先考えずに、穴山姉弟を手討ちにしたら
織田家と六三郎殿から受けた恩を仇で返す事になってしまいます。それでは、穴山と同じ穴の狢になってしまいます。そんな事はしたくなかったので、
あの場に居た佐久間殿へ話を振ってみたら、夫婦になると言っておりましたので、祝う事で憎しみを消そうと決めたのです」
信長へ正直な思いを話す。勝四郎の言葉を聞いた信長は
「見事じゃ。己を抑えてこそ、人の上に立つ資格を持っておる事を忘れるな!そして五郎と典厩!勝四郎は立派な若武者に育ったが、まだ若い!
だからこそ、お主達がしっかりと補佐してやってくれ!頼むぞ!」
「「ははっ!」」
勝四郎へ人の上に立つ資格を伝え、五郎と典厩に更なる補佐を頼む。その言葉に2人は平伏して。返事をした
2人の返事を聞いた信長は
「うむ。しかし、六三郎達が戻って来るまで何もやる事が無いのは良くないのう。何か、身体を動かしたりする等の、面白い事は無いかのう?」
フラグ発言をしてしまった。その言葉に勝四郎は
「右府様。やはり、甲斐国は田舎ですので面白い事がそうそう無いのです。現在でこそ、六三郎殿が色々とやってくれました結果、
美味い物が多くなったと同時に、領民達自ら新たな品種作りに挑戦する等、甲斐国全体が明るくなりましたが、やはりまだまだ甲斐国は発展中ですから」
六三郎のおかげで、甲斐国は変わったけど、まだまだ道半ばである事を告げる。勝四郎の言葉を聞いた信長は
「甲斐国の領民達が生きる希望を持っておるのであれば、それを儂の我儘で壊してしまうのは良くないのう!仕方ない、安土城の勘九郎達へ文でも書くとしよう」
仕方ないと納得して、信忠への文を書く事にした。信長達が、その様に時間を潰していた頃から数日後
天正二十一年(1593年)十月二十日
甲斐国 某所
「あの〜、すいません、お武家様」
「何かありましたか?」
「あの、武田家で身分関係なくお役目があると聞いて、子供達と共に来たのですが」
「ああ、それでしたら残念ながら、前年で終わってしまいまして」
「そ、そんな」
「ちょ、ちょっと。母君?」
甲斐国のとある場所で、子連れの母親が、ある武士に武田家が人員募集をしているから来たことを伝えると、前年のうちに終わったと伝えられ、母親がショックで崩れ落ちた
此処で、ある武士が嫁の名を呼ぶところから、信長と六三郎のバタバタがスタートする。武士の嫁の名とは
「夏夜!済まぬ、来てくれ!」
六三郎の家臣、土屋銀次郎の兄、土屋惣右衛門に嫁いだ秋山家の四女の夏夜だった。つまり、母親と子供達の現在地は、土屋家の領地である
その土屋家の領地で崩れ落ちた母親と子供達を見た夏夜は、惣右衛門へ
「惣右衛門様。とりあえず、家の中に入れてお茶でも飲んでもらいましょう」
「とりあえず、家の中に入れよう」と提案し、惣右衛門も了承し、家の中に入れる。家の中に入った親子のうち、母親は
「いきなり来たのに、お茶までいただいて申し訳ありません」
惣右衛門と夏夜に頭を下げた。母親と同じ様に子供達も
「「「「申し訳ありません!」」」」
感謝の言葉を述べる。見た目と違い、躾や教育が行き届いた様子に惣右衛門は
「随分としっかりした子供達ですな。もしや、元は武士の嫁だったのですか?」
思わず質問した。惣右衛門の質問に母親は、少し黙ってしまう。その様子に夏夜が
「惣右衛門様、もしかしたら夫を亡くして間もないかもしれないのですから、その様な事は」
惣右衛門に対して、注意する。しかし、母親から
「あの、奥方様。確かに、私の夫は二年前に亡くなりましたが、私が言葉に詰まった理由は、夫が亡くなった事だけが理由ではないのです」
そう説明される。その説明を受けて、惣右衛門は
「お聞かせ願えますかな?」
理由を聞く事にした。母親が語るには
「はい。実は、私の亡くなった夫の父君、つまり私の義父にあたる方の事なのですが、なんでもとあるお武家様の子供だったそうです
しかし、何やら家の事情で、夫を妊娠した母君と添い遂げる事を諦めざるを得なかったそうでして、
私も夫が亡くなる数ヶ月前に教えてもらったのです。そこで、夫から「もしも、自分が死んだ場合は武田家に行って、家宝の化粧箱と中を見せたら良い」と
言われておりました。それで三年前に夫が亡くなった事で、思い切って武田家に行ってみようと思ったのです。ですが」
ここで惣右衛門が
「ま、待ってくだされ!」
何故か待ったをかけると、母親は
「何か気になる事でも?」
惣右衛門に質問する。その質問に対して、惣右衛門は
「申し訳ないのですが、母君とお子達の名を教えていただきたく」
「名前を教えてくれ」と頼んで来た。その質問に母親は
「名も名乗らないままでしたね、申し訳ありません。それでは、私から。私の名は、「軽」と申します
そして、四人の子達ですが、皆、こちらのお武家様に自己紹介をしなさい」
自分は軽と名乗り、子供達に自己紹介を促すと
「長女の武と申します」
「長男の田之助と申します」
「次男の義衛門と申します」
「三男の信三郎と申します」
全員がちゃんと自己紹介をした。その名前を聞いた惣右衛門は
「お子達の名を聞くに、父君は武士としての名乗りや矜持を守らせていた様ですな。それで、軽殿の夫殿の名はなんという名なのですか?」
軽の夫の名前を聞く。惣右衛門の質問に軽は、
「あの、夫の名前は東光と申しますが、名の由来に関して、父君に縁のある場所の名と聞いております
それと夫が武田家に縁ある方に出会ったら、こちらを見せろと言われていた物が、夫の遺品なのですが、こちらです」
そう言って、軽が見せた東光の遺品に惣右衛門と夏夜は驚愕する。
「こ、これは!夏夜!」
「惣右衛門様!こちらの遺品の化粧箱、武田菱が書かれております!軽殿、こちらの化粧箱を開けてもよろしいですか?」
東光の遺品である化粧箱に武田家の家紋である武田東が入っていた事が理由だった。そして、化粧箱の中味を見た惣右衛門と夏夜は
「軽殿、今から軽殿とお子達を武田家の本拠地である躑躅ヶ崎館へ案内したいと思います。よろしいでしょうか?」
「確かに、今から御館様の元へ行って、この事を伝えた方がよろしいでしょう!」
嫡男の惣太郎と共に、5人を連れて行く事を決定した。




