小田原城から信長達が出立した頃
天正二十一年(1593年)九月二十二日
相模国 小田原城
「それでは父上!右府様と義父上と共に武田虎次郎殿の元服の儀に行って参ります!」
「うむ!気をつけてな!虎次郎殿は勿論、諸将の方々とも縁を強くして来い!」
「ははっ!それでは右府様!義父上!出立しましょう!」
「「うむ!案内をよろしく頼む!」」
領地割譲と金銭贈与を終えた翌日、信長と家康は北条氏直の先導で、甲斐国の躑躅ヶ崎館へと出立した
2人共、細かい部分の話し合いが終わった事で、肩の荷が降りたからなのか、馬上にて虎次郎と会った昔話を語り出す
「二郎三郎、儂は十二年お主は九年、虎次郎に初めて会ってからそれだけの年月が経過した事、そして虎次郎が元服する事を考えると、正しく「光陰矢の如し」と感じてしまうのう」
「そうですなあ。四郎勝頼殿が、自らの命と引き換えに虎次郎殿と、虎次郎殿の姉と正室殿を避難させて、
そのどちらをも六三郎殿が見つけ、保護して、そこからあれよあれよという間に、戦になって、穴山という獅子身中の虫を討伐して、
そこから甲斐国の復興を進めて、今年とうとう復興が成されて、虎次郎殿が元服ですからなあ。確かに、光陰矢の如しですなあ
そう言えば三郎殿、拙者の孫のうち嫡男は、於義伊より歳上ですが、少しでも柴田家で学ばせたいですし、その弟も、拙者の三男も同じく。改めて例の件、よろしくお願いしますぞ?」
「それは勿論じゃ!甲斐国の復興の途中で、六三郎は毛利家との戦に出陣して、見事に毛利を屈服させたおかげで、今や播磨国が柴田家の本拠地じゃからな
多くの子供を収容出来る学ぶ為の建物を建築しておるからな、大きさ次第では側仕えも一人か二人、共に学べるかもしれぬぞ」
「それは楽しみですな!きっと、学びを得た若者達が領地に帰って来た時に、自身の子や家臣の子に色々と教えていき、知識が広がっていくのでしょうな」
2人の話を近くで聞いていた氏直が
「右府様!義父上!虎次郎殿の父の四郎殿に嫁いだ姉上は生きておるのですか?それに、柴田殿の実家で他家の子供達が集まって、色々と学んでいるとも聞こえましたが!」
興奮しながら質問して来た。氏直の質問に信長が答える
「うむ、左京大夫殿。四郎勝頼殿の正室の桜殿はな、娘の勝姫が儂の四男に嫁いで、讃岐国を領地としておるから、そこで暮らしておるぞ」
信長から教えてもらった氏直は
「誠ですか!武田家が混乱していた頃、北条家も動けない時期だったので、情報が掴めなかったのです!そうですか、生きていたのですね!
それで、右府様!右府様の四男殿と姉上の娘の勝姫の間の子は産まれたのでしょうか?もし、産まれているのであれば、父上にとって曾孫になるので、
何とか顔を見せてやりたいのですが、そこら辺の情報は入っておりますでしょうか?」
とても喜ぶと、信房と勝姫の間に子供は居るのかと質問する。その質問に信長は
「済まぬな。その情報は、まだ来てない。2人共、四国の安寧と発展を長宗我部家と共に頑張っておったからな、流石にそろそろ。くらいの期待はしておこう!」
「まだだけど、多分そろそろ」くらいに言葉を留めた。その言葉に氏直は
「分かりました。あまり過度な期待はしないでおきましょう。話は変わりますが、先程義父上と話しておりました柴田殿の実家で、
他家の子供が集まって学んでいる件ですが、それは拙者の子供を学ばせる事も可能でしょうか?」
「自分の子供も学ばせたい」と希望して来た。それを聞いた信長は
「左京大夫殿、もしや松田の孫の事か?」
今回の松田の謀反で、立場が微妙になった氏長の庶長子の新五郎の事かと質問すると、氏直は
「はい。父上も、「祖父である松田の謀反の罪を娘の成姫と、孫の新五郎に被せる事、断じて許さぬ!」と言ってくれた事で、
処分も無ければ、離縁も無い事は安堵しておりますが、やはり家中の目は二人に対して、厳しいのです
成の兄である新六郎も、「父の謀反を止められなかった事、拙者の頸でお許しくだされ!」と言って、切腹の申し出をしたのですが、父上は
「それは許さぬ!お主が勝手に切腹したのであれば、成と新五郎が北条家から追放されて、路頭に迷うと思え!」と、新六郎に言っており、
新六郎は現在、館林城にて助五郎叔父上の監視下に置かれております。このまま北条家に居ても、三人は辛いだけだと思うので、
新五郎を柴田家で学ばせる名目で二人を付き添いの形で柴田家に置いてもらえないでしょうか?」
息子の新五郎と成姫、そして新六郎の3人を柴田家に置いてくれないかと頼み込む。それを聞いた信長は
「左京大夫殿。言いたい事は分かった。だが、本人達が住みなれた関東を離れたくないと言ったのであれば、この話は終わりじゃ
それに、柴田家当主である六三郎が拒否しても終わりじゃ!その覚悟は良いな?」
「はい!三人が、その様な事を言うのであれば諦めます!柴田殿が拒否しても諦めます!なので、柴田殿へこの事をお伝えしてくだされ!」
「分かった。伝えておこう」
こうして、氏直の親心や愛情の詰まったリクエストが、信長を通して、六三郎に行く事になった。そんな面倒事が来る事を知らない六三郎はと言うと
同日
甲斐国 某所
「殿。この村は、随分と荒れておりますな」
「うむ。武蔵国と上野国との境くらいの場所にあたるが、何故、これ程に荒れ果てておるのじゃ?」
皆さんこんにちは。鉢形城でお別れの挨拶をしてから、躑躅ヶ崎館へ出立したら、荒れ果てた村に到着しました柴田六三郎です
この村、確か松田との戦の時、武田家を参戦させる為に飯や松明を準備してもらった村だぅたよな?その時は何処にでもある普通の村だったのに、何故だ?
俺がそう考えていると、
「誰か!お助けを!」
「「お助けを!」」
大人の女性と、10歳くらいの子供2人が助けを求めている。これを聞いた赤備えの皆は
「「「「殿!行って参ります!」」」」
「人助けの戦じゃあ!」
「野盗なんぞ、叩きのめせ!」
「「「「おおお!」」」」
俺が命令する前に、3人を助けに行った。こんな状況だ、仕方ないと諦めよう!
しかし、こんなタイミングで人助けか。ん?こんな展開、何処かであった様な?
※六三郎は虎次郎との初対面を忘れております
まあ、とりあえず。人助けと赤備えの皆の運動と行こうか!きっと訳ありじゃない!うん!そうだ!そうに違いない!
※六三郎の予想はフラグです。




