危機を知らない六三郎達と小田原城へ到着する徳川家
「源三殿、新太郎殿。柴田殿の策は、かつて北陸で上杉家を下した時の応用みたいな物です。拙者は小田原城にて、相模守様と左京大夫様より教えていただきました
柴田殿。北陸での戦では、城の土台部分に大量の硝石を設置して、それに火をつけて山崩れを誘発し、山にかかっていた雪で城を攻撃して、上杉家をくだした。そうでしたな?」
幻庵は、六三郎が上杉家と戦った時の内容を具体的に言ってくる。それを聞いた六三郎は
「はい。その通りです」
涼しい顔で返事をするが、内心では
(なんで、越後国の事を相模国の人間が知ってるんだよ!百里以上は離れているはずだろ?それなのに、何故だ?まさか大殿が、
「俺の家臣はこんな無茶をしてでも、織田家の為に戦うんだぞ!自慢の家臣じゃ!」的な事をドヤ顔で、北条氏直に言って、それが幻庵爺さんに伝わったのか?
だとしたら、やめてください!俺は目立ちたくないのです!織田家が天下統一した事を記した書物の端っこあたり名前が載るくらいで良いのです!
何なら、載らなくても構わないのです!この事が原因で、俺のやるべき事のハードルを上げないでください!)
ちょっとしたパニックと、名前と行動が広まっている事をやめてくれと、信長へ懇願していた。それでも武将としてのキャリアで、腹芸を多少なりとも出来る様になったので
「いやはや、人様に武功を自慢するのも、どうかと思っておりますし、拙者は武功は皆で分け合う物と思っております。なので、言わなかったのですよ」
「自分の武功とは思ってない」とアピールする。そんな六三郎に、幻庵は
「はっはっは!若いながらに達観しておりますな。まあ、そう言う事にしておきましょう!それでは改めてですが、松田を叩く為の軍議と参りましょう」
六三郎の胸の内を読み、察したのか、そこからは松田への対応の為の軍議となった
鉢形城がそんな展開になっていた数日後、小田原城に家康達が到着していたが、
天正二十年(1592年)十二月五日
相模国 小田原城
「婿殿!何故、小田原城は出陣準備をしておらぬ!?督!お主は、文を書いておらぬのか?」
家康は小田原城の面々が出陣準備すらしていない事に、思わず大声で質問する。家康の質問に氏直は
「あの、義父上?出陣準備とは一体、どう言う事でしょうか?」
思わず、聞き返してしまう。そんな氏直に続いて、督姫が
「父上。先触れが届いた時点で驚きましたが、更に出陣準備とはどう言う事ですか?説明してください!」
家康に説明を求める。このままでは埒があかないと判断した家康は氏直と督姫に対して
「婿殿、督。済まぬが、相模守殿も交えて話さないといかぬ事じゃ。連れて来てくれ」
氏政を連れて来る様、頼む。言われた2人は氏政をすぐに連れて来る。連れて来られた氏政は家康へ
「右少将殿!久しぶりですな!何かありましたのですか?」
挨拶をしたが、家康はそんな氏政を見て、
「どうやら、相模守殿もこの事を知らない様ですな?ならば、口で説明するよりも、文を見せた方が早いと思うので、これを見てくだされ」
於義伊からの文と六三郎からの文の両方を見せる。それぞれの文に目を通した氏政は
「右少将殿!これは、誠なのですか?」
目を見開くほど驚き、続いて文を見た氏直も
「義父上!この文は、いつ届いたのですか?」
氏政と同じ様に驚いていた。2人の様子を見て、督姫は
「父上。私も見せてもらいます」
そう言いながら、2人の文を読む。読み終えると、
「父上!今、初めて松田殿が謀反を起こした事を知りました!父上は、この為に小田原城まで来たのですね?」
家康が到着した時に言っていた言葉の意味を理解した。そして、氏直が
「しかし、この様な事が起きたのであれば、鉢形城の新太郎叔父上か、八王子城の源三叔父上から報告が、、、ああ!」
鉢形城か八王子城から報告が来るはずだと言いかけるが、ある事を思い出す。その、「ある事」を氏政が代わりに口にする
「今、源三は八王子城に居ない。新太郎の鉢形城で、柴田殿から子作り指導を受けておる。つまり、本来ならば、この様な状況で松田の軍勢と対峙するか、
小田原城へ報告するはずの八王子城が、役に立っておらぬと言う事じゃ!しかし、鉢形城に居る柴田殿からの文が右少将殿へ届いているのは、何故じゃ!?」
氏政は、源三が居ない事で八王子城が機能停止になっている事を指摘するが、鉢形城に居るはずの六三郎からの文に疑問を持つ
その疑問は家康からの言葉で謎が解ける
「相模守殿。婿殿、そして督。儂の次男で、此度六三郎殿についていった於義伊は甲斐国の復興に従事しておった
そして、六三郎殿は鉢形城から甲斐国へ移動して、武田家へ参戦要請をしてから、於義伊を連れて行ったのじゃ
つまり、鉢形城から小田原城への道で使者が捕まったか、殺された可能性か高いじゃろう。だから、小田原城に知らされなかったのじゃろう
どうやら、松田とやらは鉢形城の面々に動かれてはならないと判断したと見て良いかもしれぬな」
家康の言葉に氏政は
「おのれ〜!松田め!新五郎の祖父だからと優遇してやった恩を仇で返しおって!新九郎!今すぐ出陣準備に取り掛かれ!家臣の皆もじゃ!」
「「「ははっ!」」」
氏直と家臣達に、出陣準備に取り掛かる様に命令する。大広間に氏政と家康と督姫だけが残っていると家康から
「相模守殿。この状況で言うのもどうかと思いますが、伝えておきましょう。柴田六三郎殿は、この件を織田家へ伝えておりますぞ!
それは織田家もこの戦に参戦する事を意味し、状況次第では関東が泥沼になるかもしれませぬし、平定されるかもしれませぬ
泥沼を避ける為に、松田を早く叩きのめす覚悟を持ってくだされ。それだけ北条家の意思が試される戦と思ってくだされ!
氏政へ、「気合い入れて覚悟を決めろ!」と発破をかける。発破をかけられた氏政も
「勿論じゃ!北条家の恥は北条家で片付けよう!」
気合いが入っていた。小田原城でそんなやり取りが行なわれている頃、鉢形城と小田原城の間の主だった道では
武蔵国 某所
「早、く、小田、原、城、へ」
「死に損ないが、さっさと死ね!」
「ぐはっ!」
「まったく、上野国への出陣ではなく鉢形城から小田原城へ行く使者を殺す役目とは。松田の殿様も、用意周到じゃな
まあ、一人殺す毎に百石の扶持を確約してもらって、これで十人目じゃから、千石の扶持か。儂達の様な野盗にこんな事を頼むとは、中々に狂っておるのう」
松田が雇った野盗の者達が、小田原城への使者を襲撃して、殺していた。これが小田原城へ報告が行かなかった理由だった。




