帰国したら徳川さんが一大事
元亀三年(1572年)十一月二十八日
遠江国 浜松城前にて
「では皆様、短い間ですがお世話になりました」
「世話になったのは儂らのほうじゃよ柴田殿。此度来てくれた事、誠に感謝しかない」
「勿体なきお言葉にございます」
皆様おはようございます。親父と徳川家康の大人の挨拶が早く終わらないかな?と思いながら待っております柴田吉六郎です
やっと帰国出来る事になって史実とは違う三方ヶ原の戦いが起きなくてホッとしております。
まあ親父が言うには俺達と入れ違いで織田家からの援軍が来るらしいんだけど、数は期待出来ないらしい。なんでも本願寺と浅井と朝倉が動いてないとはいえ、織田家もあまり兵を少なくする事は出来ないから、遊軍として動かしている面々を徳川家への援軍に向かわせるとの事だ
史実どおりなら、平手さんと親戚じゃない方の佐久間さんと多分、水野さんだろうな。まあ親父しか知らない人ばかりだから、俺は何も言わないでおこう。で、そんな事を考えていたら、やっと親父達のやり取りが終わった
「では、これにて」
親父と共に俺達が頭を下げて踵を返すと後ろから
「吉六郎!次にお主に会うまでに将棋の腕を上達させておく!此度二十回も負けたが、次こそ勝つ!」
水野国松の声が聞こえて来た。此処で後ろ向きは失礼だから、振り返って
「国松殿!ならば拙者も将棋の腕を上達させておきまする!二十一回目の対戦をお待ちしておりますぞ!」
親父からのゲンコツを覚悟していたが、何も無かった。まあ、たまには親父も緩くなるって事か。
そう思いながら、俺は美濃へと歩き出した。
元亀三年(1572年)十一月三十日
駿河国 某所にて
「お館様。織田家家臣の柴田勝家一向は遠江国を離れて美濃国へ入ったとの事にございます」
「やっとか。よし、明日から駿河国を完全に制圧する。準備を怠るでないぞ!」
「「「ははっっっ」」」
「では、馬場と山県と四郎以外は戻って休んでおけ」
先程からお館様と呼ばれているのは甲斐武田の当主武田信玄であり、その信玄に残る様に言われた馬場とは馬場美濃守信春、不死身の鬼美濃と呼ばれる程の猛将でもある武田四天王の一人だ。
そして山県とは武田四天王の一人でもあり飯富兄弟の叔父であるが飯富家の全てを奪ったと言っても過言ではないほど殺しても殺し足りない敵である山県三郎兵衛尉昌景その人である。
最期に四郎と呼ばれるのは武田四郎勝頼。戦国時代の可哀想な武将ランキングがあったら間違いなくトップ10に入って、もしかしたらトップ5に入るかもしれない程、後々悲惨な人生を送る若武者である。
信玄は残した三人に問いかけた
「さて、お主等三人は、この文の内容をどう見る?」
信玄が出した文を馬場が最初に読み、山県へ渡し、最期に勝頼が受け取った。勝頼は読み終えると
「有り得ませぬ。秋山殿率いる軍勢が数にも質にも劣る織田の軍勢、しかも元服前の小童が総大将の軍勢に負けるなど」
「儂も四郎様と同じく、秋山殿の軍勢が負けるとは思えませぬ」
馬場も勝頼に同調した
「お館様。これは内容があまりにも荒唐無稽すぎて偽の情報としか思えないのですが」
山県も疑問を持ちつつも同じ考えだった。信玄達が見ていたのは吉六郎達が攻めて来た武田軍を撃破した事を信長が家康に喧伝する様に頼んだ書状を徳川家臣から奪った物だった。三人の考えを聞いたところで、信玄が話し始める
「儂も最初は有り得ぬと思っていた。だが、徳川の家臣達の士気が高い事と岩村城を奪った秋山からの「岩村城から遠江へは進軍出来ず」との文を見ると、な。四郎よ、秋山達の軍勢を破ったのが元服前の小童ではないとしたら、誰が秋山達を撃退させたとお主は考える?」
「美濃国の各地に散らばっているかつての国主の斉藤家の旧臣達が織田に味方して、その中に今孔明と呼ばれる竹中某が居て、撃退させたと拙者は考えます」
「うむ。確かにその可能性も無きにしもあらずか」
「お館様。気になるとは思いますが、今はそれよりも」
「それもそうか。うむ、では三人も休め」
「「「ははっっっ」」」
こうして文の中身は偽情報という事にした信玄達は、明日以降の進軍の為に解散した
元亀三年(1572年)十二月十日
遠江国 浜松城大広間にて
「注進!注進でござる」
家康達の前に疲労困憊の様子の若武者が現れた。手に持っていた書状を本多忠勝が受け取り家康に渡した。受け取った家康は書状を読んで、天を仰いだ
「これ程とは」
「殿。どの様な内容が記されておりますか?」
「武田が駿河国のほぼ全域を制圧したとの事じゃ。この遠江国との国境まで十里も無いところまで来ている」
「そ、それは二、三日、いや早馬ならば一日のうちに遠江国へ入る距離ではありませぬか」
「あまりにも早い。これでは兵糧の準備もままならぬ」
「武田が百姓への乱妨取りをしたならば、我々は飢えるしかないぞ」
「落ち着けい!」
家臣達のざわつきを一喝で終わらせた家康は若武者に問う
「して、お主。お主から見ての推測で良い。武田の軍勢の数はいかほどであった?」
「分かりませぬ。ですが、城の周りは武田で埋め尽くされておりました」
「城の周りを埋め尽くす程となると、千や二千ではない。となると、武田は吉六郎の予想どおりほぼ全軍を連れて来たという事か」
家康が吉六郎の言葉を思い出していると、
「徳川様。まさか柴田殿の嫡男である吉六郎の言葉を気にしておるのですか?」
発言したのは織田家からの援軍の一人の平手である。平手は武田の怖さを知らないのか、自由に話しはじめた
「武田は強いかもしれませぬが、我々が来たからには武田なんぞ蹴散らしてみせましょう。なに、元服前の小童の策に負けてしまう様な軍勢など取るに足りませぬ」
「そのとおりですぞ徳川様。我々が来たからには武田なんぞ甲斐に追い返してやります」
同じく楽観的な発言をしたのは佐久間半介信盛。信長と共に戦場に立っているから戦経験は豊富の筈なのだが、この時は調子にのっていたのか、この様な発言をしていた
2人の楽観的な言葉にイラついた家康だったが
「平手殿と佐久間殿は頼もしいですな。戦の時は頼りにしてますぞ!ささっ、酒を部屋に持っていかせますのでゆっくりと休んでくだされ」
落ち着いた風の言葉で2人を軍議から追い出した後で
「水野殿、残ってくだされ」
家康は水野信元に対して強い口調で話しかけた。家康的には信元は母の於大の方の兄なので伯父であるのだが、今回の援軍の中で唯一マトモな人だと思っている。
「家臣の皆は戻って休んで良いぞ」
家康は家臣達を解散させた後、二人だけになったので家康は
「さて水野殿。いや、二人だけなのでもう伯父上で良いか。伯父上。肩の力を抜いて足も崩して楽にしてくだされ」
「では」
家康に言われて信元は姿勢を崩した。気楽な空気になったところで家康が話しかける
「伯父上。伯父上の軍勢が来てくれたのは嬉しいのですが、あの二人の軍勢は」
「二郎三郎よ、儂もあの二人の軍勢は駄目だろうと思っておる」
「ならば何故、三郎殿は」
「殿は動けるならば、ご自身が二郎三郎の援軍に行きたいと申しておったそうじゃ。だがな、畿内の情勢は殿が動けぬ様に本願寺と浅井と朝倉が協力しあっておる。
しまいには紀伊国の雑賀衆もその協力に参加するやもしれぬ。いくら織田家が種子島を数多く戦に使ったとしても、兵の数の差はどうしようもない。これが現状じゃ」
「伯父上の話を聞いていると、三郎殿が動く事は」
「不可能であろうな」
「武田の兵の数も分からない状況で、援軍も頼りになるのは伯父上のみ。この様な状況では吉六郎の様に突拍子もない事を考える者が近くに居て欲しいですな」
「二郎三郎よ。お主、柴田殿の嫡男を知っておるのか?」
「ええ。先月この城に柴田殿と吉六郎と、吉六郎の家臣二人の計四名が丸々一ヶ月程織田家からの客将と言う形で寝泊まりしておりました」
「何か得るものがあった様じゃな」
「ええ。柴田殿からは厳しくも愛情溢れる子育てを見て覚えました。岡崎の竹千代の弟が出来たら柴田殿の様に育てようと思うほどに。そして吉六郎からは戦でも政でも常識にとらわれない考えを得ました。吉六郎は家臣に加えたいと思えるくらい有望な子です」
「簡単に腹の内を見せぬお主が、それ程の言葉を」
「ただ、吉六郎の言葉でもっとも儂の心にささった言葉は「武田が馬鹿正直に徳川様の思惑に付き合ってくれるとお思いですか?」でした」
「はっはっは。怖いもの知らずの小童らしいな」
「ええ。その言葉を聞いた家臣達は吉六郎に罵声を浴びせておりました。そんな中でも顔色ひとつ変えない吉六郎の肝は太いと言わざるをえません」
「やはり元服前に初陣を済ませる小童は何か違う様じゃな」
「ええ。だからこそ家臣に加えたいと思うほどの者なのです」
「まあ、儂が言わないでも分かっているだろうが、その願望は出来る限り口に出さぬ方が良いぞ」
「分かっております。それよりも伯父上。あの二人は裏切る事はしないと思いますが、自分勝手な行動をする可能性があります。その時は伯父上が止めてくだされ」
「出来る限りやってみよう。これからしばらくまともに眠れなくなるぞ。体調に気をつけよ」
「それは伯父上もです」
「そうであったな。では年寄りは休ませてもらうぞ」
「休める時に休んでくだされ」
家康に言われて信元は大広間を後にした。残った家康は来たる武田との大戦の事を考えつつ、しばしの休息をとった




