将棋と会話と我が子の気持ち
元亀三年(1572年)十一月十五日
遠江国 浜松城内にて
「くそお!儂の負けじゃ!吉六郎。もう一戦お願いいたす」
「待たれよ国松。次は儂の番じゃ」
「し、しかし十回も連続で負けていては」
皆さんこんにちは。現在徳川家家臣の子供達と将棋で戦っている柴田吉六郎です。
朝の四時頃から飯富兄弟と一緒に親父に鍛えられていたのですが、前回同様に徳川家家臣の子供達も加わり、俺達は終わり。という事もなく一緒に参加して朝七時頃に終了して朝飯を食ってのんびりしていたら親父から「徳川様から呼ばれたから行ってくるが、書物でも読んで大人しくしておるのだぞ!」
と言われたので適当に読んでいたら、
スパン!
と襖が開くと同時に
「吉六郎。将棋の再戦に参ったぞ!いざ勝負じゃ」
未来の水野勝成こと国松が来ましたよ。しかも将棋で勝負しろ!とリベンジマッチの要求ですよ
「国松殿。お父上の水野様の了承は得たのですか?」
「うむ。此度は柴田様の訓練にも参加した事で「それでも動けるならば戦って来い」と許しを得たのじゃ!体は痛いが将棋をうつくらいは問題ない!さあ、六度目の勝負と参ろう」
なんでこんなに元気なんですか?俺より十歳くらい年上の飯富兄弟も親父の訓練を受けたら二、三日は疲れて動くのもやっとだったのに。まあ、こんな子供時代から大人になったら、明智光秀の官位と同じ「日向守」をもらってもビビらなくて周りから「鬼日向」なんて呼ばれるのかもしれないな。それにしても国松殿の親父の水野藤兵衛さん、子供に対して「戦って来い」とか、あなたも脳筋さんですか?それとも我が子に将棋を教えて鍛えた結果を知りたい研究者さんですか?
そんな事を考えていると
「朝から失礼いたす。柴田吉六郎殿はおられ、国松殿。何をしておるのですかな?」
「おお!酒井家の小五郎ではないか!儂は此処に居る柴田家の神童に将棋での戦いを申し込んで今から戦うところじゃ!お主こそ何用じゃ?」
「取り敢えず、国松殿よりも。柴田吉六郎殿。拙者は徳川家家臣の酒井左衛門尉忠次の嫡男の酒井小五郎と申します」
このとても丁寧な挨拶の人は未来の酒井家次か。史実だと確か徳川幕府が開かれた時に一部から「武功もあげないで親の功績だけでそこそこ大きな領地を手にした七光り大名」とか言われていた「素晴らしい功績は無いけど悪い事もしてない」のに色々言われていた可哀想な人か。
で、そんな人が俺に何の用かな?
「酒井小五郎殿ですな。初めまして。柴田吉六郎にございます。本日はどの様なご用でしょうか?」
「ええ、吉六郎殿が五日程前に武田を撃退した時に使った武器を披露した時に色々な軍略を出した事を父上に教えていただき、吉六郎殿と軍略を含めた色々なお話をしたいと思って、参りました」
うわー。横にいる「鬼日向」さんと比べるとなんて常識人
そんな事を思っていると
「待て小五郎!吉六郎には儂が先に用がある!」
「国松殿。先ほど聞こえたが、お主の用とやらは将棋で吉六郎殿と戦う事なのだろう?」
「そうじゃ!何か文句でもあるのか?」
「大有りじゃ!儂よりも将棋の弱いお主が、吉六郎殿と戦って勝てると思っておるのか?」
おや、小五郎さんの口調が。これが普段の口調なんだろうフランクな感じになったな
「た、確かに儂は少し前は小五郎より弱かった。だがな、父上に嫌という程、将棋を教えてもらったのじゃ!以前吉六郎に五回の戦い全て負けた時の再戦を今からやる!」
俺は了承してないのですが?まあ、やらないといけないんだろうな。仕方ない
「小五郎殿。一応、国松殿が先に来たので国松殿の相手をしてからでも宜しいでしょうか?」
「国松の無理を聞いていただき申し訳ない。では、国松の相手が終わりましたら、拙者とも将棋をうちながら色々なお話を宜しいですかな?」
「それでよければ」
「よし!話はまとまったな!さあ吉六郎!勝負じゃ!儂は前回よりも強くなったぞ」
で、将棋が始まったのですが、その結果が冒頭です。話を戻しますが
「十回連続で負けたのならば、国松の実力はまだまだ吉六郎殿の足元にも及ばないという事じゃ!どうせお主の事じゃ、お父上の水野様が教えた事を熱くなって忘れていたのだろう」
「う。お主は儂の頭の中が分かるのか?」
「国松、儂とお主は同い年で幼い頃から家も隣同士で、嫌というほど同じ手習いをしていたから行動も大体分かる」
「そ、それだけで」
「それだけではなく、お主の行動は分かりやすい。と言っておるのじゃ」
「くそ。父上にも同じ事を言われたのに、小五郎にまで」
「また水野様に鍛えてから吉六郎殿に対戦を申し込めば良いではないか。だから儂と変われ」
「分かった。しかし吉六郎よ、次も対戦を挑むぞ!お主が遠江に居る間に勝ってみせる」
そう言って国松殿が去ろうとした時だった
「待て国松」
小五郎さんが止めた
「何じゃ小五郎」
「儂と吉六郎殿の将棋を見て次の対戦に生かせ!見て覚えるのも経験じゃ」
「それはつまらん!」
「つまる、つまらんではない。このまま屋敷に戻っても水野様に怒られるだけなのだから、何かを得てから戻れば水野様の小言も少ないと思ったから、お主を止めた。その意味は分かるな」
「分かった。見ていこうではないか」
「吉六郎殿。待たせて申し訳ない。では、拙者が先手で宜しいですかな?」
「構いませぬ」
という事で始まった酒井小五郎さんとの将棋対決なんですが
パチン
パチン
パチン
パチン
あの落ち着いた口調と同じで落ち着いた打ち方してます
「吉六郎殿。武田は強かったですか?」
パチン
「ええ。とても強かったですね」
パチン
「吉六郎殿は武田の恐ろしさは知っていたのですか?」
パチン
「拙者の家臣で元斎藤家家臣に教えてもらった「甲州兵一人は尾張の兵五人分」との言葉で知りました」
パチン
「それは中々の恐ろしい言葉ですな。その言葉を聞いて逃げようとは思わなかったのですか?」
パチン
「その言葉を聞いたのは戦の直前だったので。もっとも、例え余裕がある時に聞いても拙者は領地に残って武田と戦っていたでしょう」
パチン
「それは何故ですか?織田家重臣の柴田様の嫡男で元服前の吉六郎殿なら、例え逃げても誰も責めないと思いますが?」
パチン
「確かに誰も責めないかもしれません。ですが拙者が逃げた場合、織田家が失うものの方が大きい事を考えると逃げると言う考えはあり得ませぬ」
パチン
「織田家が失うものとは?」
パチン
「簡単に言えば「信頼」です。此処で拙者が逃げて美濃国の一部が武田の領地になったら、美濃国の人間は「次は自分達の土地に武田が来るかもしれない。その時織田家は戦わないで逃げるかもしれない。そんな者達に米を納めるなんて真っ平御免だ」などと思われたら美濃国が乱れ、そこから乱れる国が増えて、ひいては殿を先頭に治まりつつある戦乱の世が再び大きくなるのです。だから逃げてはいけない。と思って戦ったのです」
パチン
「幼いながらに見事な覚悟。国松、儂らの方が年上なのに負けておるな」
パチン
「口惜しいが小五郎の言うとおりじゃ」
「吉六郎殿。此度の将棋は拙者の負けでございます」
「え?まだ途中なのですが?」
「吉六郎殿の話、いや覚悟を聞いたら将棋よりも体を鍛える事を優先したいのです。それに盤面をご覧になられよ」
そう言って小五郎さんが指差した盤面は
「拙者の王は右に逃げたら桂馬が、左に逃げたら角が、前に出たら飛車と金と歩が取る構えになっておるのでこれより先は打てぬ。久方ぶりに将棋で負けた。だが、それ以上に武士の嫡男としての気持ちが引き締まった。対戦感謝いたす」
「は、はあ」
「よし国松。今から木刀と槍を振るぞ」
「分かった!」
そう言いながら二人は出ていった。
で、俺も緊張の糸が切れたのか
「源太郎、源次郎」
「「若様。如何なさいましたか?」」
「すまん。少し疲れた。しばし眠る。父上が来たら起こしてくれ」
二人にそう頼むと俺は意識が切れた
同日夜
浜松城内 家康私室にて
「ほう。左衛門尉の嫡男が」
「はい。柴田殿の嫡男の吉六郎殿と将棋を打った際の話した内容に気持ちも改まった様です」
「拙者の嫡男の国松もまた負けたそうですが、以前と違い落ち着いておりました」
「ふふっ。やはり吉六郎は良い影響を与えてくれる。儂の見込んだとおりじゃ」
私室で家康と話していたのは小五郎の父親の酒井忠次と国松の父親の水野忠重だった。元々国松が将棋で吉六郎と縁を持っていた事から、小五郎にも何か得て欲しいと忠次の親心から家康に申請していた
「倅曰く「あれ程の覚悟を何故八歳の童が持っているのか。きっとお父上の柴田様の教育がとても厳しいと思います」と言っておりました。柴田殿は拙者と年が変わらぬのに、此処まで我が子に厳しく出来るとは」
「ふっふっふ。遠江国に居る間に柴田殿に継室になれそうな女子でも当てがってみるのも良いかもしれぬな」




