出奔と信頼と
元亀三年(1572年)十月十二日
美濃国 岩村城内にて
(そろそろ寝静まった頃合いか。虫の音しか聞こえぬ。佐久間様や森様は柴田家屋敷周辺に武田の間者が居ないと指摘したが、だからといって岩村城周辺にも居ないとは言い切れぬ。慎重過ぎるほど慎重に動かねば)
源太郎は身支度を終えると、置き手紙を残して部屋を出た。表門を見ると朝と同じく門番が立っていた。裏門も同じく門番が立っていた。源太郎は見回りが来ない崖の様な場所からの出発を決めた
(此処なら紐をしっかりかけておけば下まで降りる事が出来る。慎重に慎重に)
こうして歩ける場所まで降りた源太郎は、ある事を思い出した
(そういえば吉六郎殿は、武田に対して少しでも憎しみが芽生えたなら、これに火をつけて城に投げてやれ。と言っていたが、確かこの筒だったな。
火をつけるのは紐の部分で良いのだよな?どうせじゃ、新たな飯富家の門出の景気づけにいただいた二つをまとめて使ってやれ!)
何かテンションが上がっている源太郎は筒の紐部分に火をつけて、城に向かって投げた。筒は綺麗な弧を描き城内に着地すると、
「カランカランカラン」と高い金属音を響かせた。その音に武田の家臣達が集まって来た。この者達は先の戦に出てないから、その筒が何か分からなかった。そして数秒後
「ドーン!ドーン!」
突如、城内に爆発音が鳴り響く。集まっていた家臣達は爆発物の近くに居たので即死した。
吉六郎の渡した筒は戦でも使用されていた火縄銃の筒部分に火薬と少量の油と折れた刀等の金属片を詰め込んだ簡易パイプ爆弾だった。
勿論、投げた源太郎は戦に使用されていた物だとは理解したが、何がどういう理屈で爆発したかは分からなかった
「あれは先の戦で織田家が使っていた物ではないか。あんな物、人が近くに居たら即死じゃ。なんと危ない物を吉六郎殿は渡したのだ。
しかし、これで城内は途方もない混乱状態になったはず!今のうちじゃ!さらば武田家よ」
そう言いながら源太郎は脇目も振らず柴田家屋敷へ走り出した。そして、朝日が出始めた頃
「つ、着いた。どうにか戻ってきたぞ!源次郎、皆」
源太郎が表門の前に立ち、声を出そうとしたらそれよりも早く扉か開いた。開いた扉の先には吉六郎と利兵衛が立っていた
「間違いなく戻ってくると思っておったぞ源太郎殿」
「吉六郎、殿」
「源太郎殿。若様は「源太郎殿は間違いなく戻ってくる」と言って貴殿を信頼していたのです。それだけでなく「戻ってくるまで此処を動かん」とも言っていたのです」
「そ、それほどまでに拙者の事を」
「己の命を捨ててでも守りたい家族と仲間がいる。その様な人間は強く信頼できる。それだけで充分ではないか。なあ源太郎殿」
そこまで言われて気持ちが固まった源太郎は、突如吉六郎に平伏した
「ど、どうしたのですか?源太郎殿」
「吉六郎殿、いえ、吉六郎様!吉六郎様の御心に惚れ申した。もし、岐阜城に送られた後、生きておりましたなら吉六郎様の家臣として仕えとうございます!」
「誠に嬉しい言葉よ。その事は岐阜城の殿に任せるしかないが、先ずは飯を食べてから!岩村城から此処まで走りどおしは辛いはず。風呂に入って、落ち着いたら飯を食ってから休まれよ」
「ははっ」
そう吉六郎に促されて源太郎は屋敷の中に入っていった




