親の罪は子の罪か?
元亀三年(1572年)十月十一日
美濃国 柴田家屋敷にて
おはようございます。初陣とその後に訪れた戦後処理を途中までやって疲れ果てた柴田吉六郎です。
この時代で八歳、実年齢七歳であれもこれもやらざるを得ない状況下で、かなり重苦しい雰囲気で援軍に来てくれた脳筋コンビと共に大広間に居ます。その理由が
「吉六郎殿。拙者の首と引き換えに皆を解放していただきたい。何卒」
昨日から飯富兄弟の兄貴の源太郎さんが、自身以外の捕虜の解放をリクエストしているんだけど、
正直なところそんな重いお願いは俺がどうこう出来る事じゃないと思うんだよねー。
でもさ、何故そこまで「自分は死んでもいいから弟を含めた仲間達を助けてください」と頑ななのか?理由を聞いてみるか
「源太郎殿。何故、そこまで自らの命を捨ててまで他の者達を助けてくれと懇願するのですかな?理由を教えてくだされ」
「理由を話せば、弟達を助けてくれますか?」
「内容次第ではな」
「それでも弟達が助かる可能性があるならば」
「話してくださるか?」
「では。拙者は今年で十七歳、弟は今年で十五歳になります。我々は七年前に父の犯した罪によって、
領地も何もかもを奪われ、足軽から再出発し武功をあげ続け、やっと小さいながらも領地を持てる様になっていき、武田家の中でも出世を遂げていたのです。
未だ重臣とは呼べずとも直臣に復帰して、今回の戦で弟もお館様から初陣の許可を得て、我等兄弟で武功をあげて更なる飯富家の飛躍のきっかけにしようと思っていたのです。
しかし、戦には負けて、挙句捕虜になるなど、最早腹を切っても許されませぬ!
ならば、他の者達を生かす代わりに拙者の首を差し出せば、弟に飯富家再興の機会が巡ってくると思ったからにございます」
うん。重い!この時代だと何も間違ってない行動なんだろうけど、重いよ!生きていたらチャンスなんて何度も巡ってくるはずなのに
俺がそんな事を考えていると、森長可が源太郎さんに問いかけた
「のう、源太郎殿。貴殿は誠に弟の源次郎殿が生きていたなら飯富家の再興が叶うと思うておるのか?」
「はい。弟は拙者と違い、剛毅果断な性格で此度は初陣で武功を是が非でもあげようと気負いすぎたところはありますが、
拙者を超える武士になれると、飯富家再興が叶うと思うております」
そんな希望に満ちた目の源太郎さんに佐久間盛政が非常な言葉を告げる
「初陣だから。と甘やかしている時点で、飯富家再興は叶わぬと儂は思うがな」
「佐久間様、それはどう言う意味ですか?」
冷静な源太郎さんが感情的になった
「源太郎殿、貴殿は源次郎殿を亡くなられたお父上の代わりに育てて来たと思うが、貴殿が死んだ後、当主となった源次郎殿を諌める人間は居るのか?
貴殿以外誰も諌めないから、あの様になったのではないのか?家臣の言葉を聞かぬ当主は、戦場で孤立して最後は討ち取られてしまうぞ」
「それは•••」
源太郎さんが事実を指摘されたから言葉に詰まっていますね。ちょっと空気を変えますか
「源太郎殿。差し支えなければ、貴殿のお父上が犯した罪とやらを教えてくれぬか?」
「構いませぬ!我々の父の飯富兵部少輔虎昌は、武田家の先代当主である信虎公の時代から武田家に仕えて、
今の当主のお館様からも信任されていて、そこから嫡男の太郎義信様の傅役を任されていたのですが、
今から十二年前に織田家が今川家を倒した「桶狭間の戦い」で今川家が弱体化すると、
お館様は今川家の領地だった駿河と遠江を奪う方針を掲げたのですが、太郎様は奥方が今川義元公の娘だったので、
お館様の方針に反対し、お館様を追放してでも今川家を守ろうとしたのです。それに傅役だった我等の父も賛同したのですが、
皆様もご存知のとおり現在も武田家の当主はお館様です。そして計画が露見した事で父を始めとする主だった者達は切腹に追い込まれたのですが、
父は傅役にも関わらず太郎様を諌めなかったという事で領地まで奪われた。と言う事が父の犯した罪の内容で、ご、ざい、ます」
源太郎さん泣いてるよ。まあ七年前なら源太郎さんは十歳、源次郎さんは八歳だから自分達の現状をギリギリ理解出来る年齢か
「辛い事を思い出させて済まぬ」
「いえ。父が切腹し領地を奪われただけなら、少しでも残っている家臣と共に頑張れば良かったのですが、
父の死後、領地だけでなく父が鍛えあげた武田家の中心と言っても過言ではない「赤備え」までも奪われた事が無念なのです。
しかも赤備えを率いるのが我々の叔父でありお館様に計画を密告した、山県三郎兵衛尉昌景なのが、
父のこれまでの武功も武田家に捧げて来た人生もあ奴に奪われたとしか思えないのです」
うわあ、ドロドロしすぎだろ。ちょっとこれは源太郎さんの首を切ったら源次郎さんが俺を永久にロックオンしてくるだろうから
よし決めた!俺じゃなくて、武田家に決めてもらおう
「源太郎殿。貴殿の身柄だが」
「我が首を切る日にちが決まったのですか?」
「いや、貴殿には佐野殿の首と鎧を持って岩村城に行ってもらう」
「分かり申した。その後に斬首でございますな?」
「いや、ひとつ賭けをしようではないか」
「賭けでございますか?」
「うむ。どうやら源太郎殿は物覚えが大変良い様だから、岩村城に首と鎧を持っていった時に大将の秋山殿や重臣の者達から捕虜になった事や、
お父上の事も含めて罵られたならば源太郎殿含めて全員、此処での斬首は無しにして岐阜城の殿に対応を頼む。
ただし、その逆で労いの言葉「だけ」をかけられたなら源太郎殿の希望どおり、貴殿の首で皆を解放しよう。
どちらにせよ一度は此処に戻る事になるが、源太郎殿が岩村城から戻らない場合、残り全員が斬首になるぞ」
「吉六郎、それは勝手すぎるぞ?」
「そうじゃ!いくらなんでも」
「兄上!森様!これは源太郎殿の覚悟を問うておるのです。源太郎殿、出来るな?」
「やらせていただきまする」
「儂の考えだがな、「親の罪を子に被せてはならぬ。親の罪は親の罪で留めるべき」じゃ。まあ、これは源太郎殿の頭の片隅にでも留めてくだされ。
改めてじゃが、明日の朝にでも出立してくだされ。明後日のうちに此処に戻らなければ、皆の命がなくなる事をよく覚えておく様にな」
「ははっ」
こうして俺は源太郎さん達の対応を一旦武田家にやらせる事にした




