獄
見知らぬ天井。機銃の掩蓋よかマシ、という言葉の他に似合うもののないそっけない天井。視界が揺らめく。股に未知の違和感を感じて、とっさに身を起こす。見知らぬ男の裸体がごく至近距離にあったので、とりあえず首に全力で貫手を突きこみ、排除を試みた。首の骨を砕したような手ごたえ。その男が崩れ落ちるのと同時に、股の違和感もずるずると去る。その正体に気が付いて、めまいがずッと来た。頭が割れるように痛い。嫌悪感と殺意、悪意の入り混じったものが頭の中を駆け抜けつつある。
「あら、お目覚めかしら。似非サキュバスちゃん。」
その声のほうを見やれば、一人の女が居った。それは金格子の向こうだ。というか、こちらが房なのだろう。さて、そもそもとしてサキュバスの場合性別を論ずることは可能であろうか?そう現実逃避ができる、ということはいい傾向であろう。して、その者はこの身の持ち物である印籠時計をもてあそんでいた。それだけでも腹が立つが、それはどうでもよい。何とかして脱出せねばなるまい。最近の特技は部屋の観察となりつつあるのだ、なんとかできるだろう。独裁者なんてやっていれば暗殺や不慮の事故とやらが恐ろしくなるもので、常日頃から観察力は十全に駆使される。よってそういった能力は鍛えられる。全くうれしくない。うれしくはないが役には立つ。
どうやればここを脱しえるか?被服類は一切がない。肌寒くはないがこれは概してこの空間の気温の調整の結果であろう。宮殿より金をかけておるに違いない。宮殿のあれはアホほど冷えるが冷えすぎてしまいやすい。絶対に金のかけ方が異なっている。先の声の主とは言葉を交わしつつ言質を取られぬようにし、さらに観察を続ける。鉄格子の瑕疵はあるや、床に落ち在るものは何か。わからんものはわからんが、わかるものはわかる。当然か?否、大概割と見落とすものだ。特に冷静さを欠いているとすれば。わかるものがわかってわからないものがわからないと正しく認識できているならば、十分冷静といえる。女はそのうちどこかへ行ってしまった。
状況を整理しよう。おそらくは昨日、ヴィルヘルミーナ嬢と連れ立って密売者の情報を得るべく行動をしていたのは確かだ。玉座からであればたやすいが、そうでないなら官庁を超えた情報は集まりにくいし、そもそも何とかするすべもない。さておき。ヴィルヘルミーナ嬢の職務上得た情報と無駄に鍛えた自分の観察力を頼って現地を見に行ったわけである。買い物のふりをして。途中宝石をねだったのだが、本当に買ってしまったのは一興だ。後で清算がいるな。
露店で、串焼きとか飴細工とかを買ってこれをほおばりつつ、いちゃついていたわけであるが。風習の観察にもなって面白くあった。客寄せも兼ねて男の子やら良き青年、或いは見目好い初老なるなどが居ったりして価値観の差異を知ったりもした。
で、最終的に『知らずに目撃をしてしまった』体を装って阿片密売の現場に寄ったのだが、その瞬間にようわからん爆発物めいたものが飛んできてからの記憶がない。そういえば内務省警察の装備品に、紙製の球に黒色火薬を詰めた捕り物用の爆発物があったが、あれと同じものかもしれん。まあ大方気絶したところを連れ去られたとかそういった感じであろう。さて、どうしたものか。
感想ほしい…
それさえあれば復活できる…




