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到着

 まもなく到着だ。制服を整える。列車旅の中、晩餐の時は口説かれてたり、深夜にはボーイを(性的に)からかったりしたが、まあそのほかは平穏無事であった。前者は暴力で解決し、後者は精神力で我に返ることができた。意志の勝利である。あのまま意志が負けていたらいろいろ後戻りができなくなるところだった。まあ、そんなものだ。


 荷物はボーイに任せて、制帽を被る。廊下もデッキも少し肌寒い。一瞬窓に映りこむ外套についた銀の襟章や肩章、そして帽の帽章がイイ。最近着ているものは記章類が金のものばかりで、銀の冷たい光が新鮮だ。

 鈍い、ブレーキの音。駅構内に差し掛かりつつある。まだ止まっていないが、デッキに出る。誰もいないが、それはそうだ、一等車に乗るのはふつう時間に追われない有閑階級の者だ。そういうところで育ちというものが出るのだろう。まあ、そんなものはどうでもいい。扉のドアノブを引き下ろして開ける。まだホームにこの車両は差し掛かってはいないが、それは問題でない。しっかりと車外の昇降手すりにつかまって前方を見るために身を乗り出す。頭のすぐそばを駅名板がかすめていった。

 ホームには多くの者がいる。運転助役から構内係、赤帽。それらは皆、サキュバスであった。この街ならば確かにそうなるだろう。魅力的な風景といってもいいだろう。

 その中でひときわ目立つ者がいる。緑色の、『警戒団』にも似た服装で、非常な長身のサキュバスである。並の男よりも大きいのでないか?とも思うがそういうわけでもない。純粋に周りとの対比のせいである。並の男よりも低いのしか周りにいないのである。まあ、サキュバスはそういう種族と聞いている。そんな彼女は、一応写真でも見たことがある、ヴィルヘルミーナ・フォン・パシェンデールその人であった。ほれぼれとするような美人なのだが、なんだか不機嫌そうだ。からかってやろう。きっと面白いだろう。


 長いブレーキの余韻を残して列車が止まると同時にホームへ飛び降り、彼女のもとに駆ける。そうして口を突いて出る言葉は―


「お久しぶりですわ、お姉さま!」


まあ、9割8分冗句だ。さすがに抱き着いたりはしない。治安維持組織の司令であり、格闘家である彼女に飛びついたら制圧される未来しか見えない。そのままギリギリ銃剣でも一挙動で突けない間合いで止まる。


「お姉さま、ご機嫌麗しゅう!全く、いつも凛々しくてすてきです!」


「え、えぇ…」


その戸惑う顔が面白い。こんな美人を手玉にとれることなどめったにない、せっかくだから楽しまなければ損だろう。


()()()()()、ユーリとは呼んでくださらないのですか?」


そしてそのためなら泣きまねだってしてやる。なんか楽しい。よくわからないが実際楽しい。


「ああ、ユーリ…見違えたよ……」


「あら、うれしい。見返すために頑張った甲斐がありましたわ。」


こう、なんだ。なんだろう、この楽しいのは。こう、ここまで楽しいのは実はこの世界に来て以来ではなかろうか。しなを作りつついっそ大胆に抱き着いてみる。幸いに振り払われることもなかった。やわらかい。なんというか、縦に大きめなせいで細く見えるが、そういうわけでもなく胴は細いが腰回りやお胸様は間違いなく大である。うん。大だ。こちらの背が縮んでいるせいでこう、抱き着くと鼻先をうずめるようになって、うん。いい。


「おい、ユーリやめて呉れ。くすぐたい。」


仕方がないから離れようとして、足を滑らせた。鋲打ちの軍靴はこれだ、こういう時に転びやすい。野戦に適しているが他にはダメなのだ。まあいい。転ぶのには慣れている。衝撃に備えたが、それより先に抱き止められた。顔が近い。そっと立たせてくれる気づかいに、心を奪われそうになった。なるほどやたら同性にもてると聞いたが、理解した。なるほどだ。

 そんな彼女の対応に今更恥ずかしくなってきた。それを振りほどいて、二歩間を開ける。


「ねえ、列車旅で疲れてしまいました。お小言は、後で聞きますから。」

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