旅立ち
帝都から出る列車。特別急行列車である。24鉄道運行時間の旅が始まる。真新しい山林監護官の制服が少し重たい。旅の友はいない。一人きりだ。寂しいとも思うが、まあそんなものだ。1等車の個室で、窓の外を見る。まだ、発車時刻には早い。目をつぶってここ3日間の間にあったことを反芻してみる。
いきなり少女にされて、どうもそれも普通の人間のそれとは違うソレにされて戸惑う自分に彼女は悪魔の提案をした。よく考えるまでもなく淫魔であるなら悪魔であった。その少女の姿で見に行くのはどうか、と。それは一種魅力的であった。多少面影が残っているにせよ、性別も髪型も変わってさえしまえば他人と言い切れる。だからその提案に乗った。
そこからが大変だった。武装していて怪しまれない立場ということで山林監護官の監護士の服装を選んだ。そして今度は協力者の選定と身分の偽装が行われたがこれは選択肢があまりなかった。エーリカの旧友であり、最高位級のサキュバスであるヴィルヘルミーナ・フォン・パシェンデール嬢の手を借りることと相成り、またそれに付随して自然な立場として彼女の家の分家筋であるゾンネベーケ家の令嬢、ユーリの身分を演じようという話に決まった。どうもその令嬢は昔から体が弱く、容姿があまり知られていないとか。無断であるが、文句を言うなら適当な理由でもつけて国権をもって黙らせてしまえとはエーリカの談である。あの時の邪悪な笑みには、不思議と惹かれるものがあった。
そして今度は付け焼刃ではあるが、サキュバスの風習をさっらと掬うような感じの講習。高校3年生の時に受けたテーブルマナー講習並みの浅さではあったが、ないよりはマシであろう。
意外に思ったのが敬称だ。『お姉さま』か『お母さま』の他に敬称はないのだとか。そういった都合で地域での新聞では帝国指導者のことさして直訳すると『大お姉さま』的な訳になるとかいう。一種鳥肌の立つような怖気を感じたが、それしか敬称がないならまあそうもなろう。
あるいは立ち居振る舞い。まあこの辺はどうにもならない。そこは山林監護官だから、でごまかし切ろうかと決めた。
ちなみに山林監護官とは、この帝国以外では一般に冒険者というあれである。帝国ではこれは商工省管轄にあり、資源の開発や国有山林の保全を主に行っている。いわゆる『ダンジョン』とやらの粉砕もその職掌の範疇である。大体ダンジョンはろくなことにならないのでつぶすのが最適である。階級は、監護士、監護副士長、監護士長、監護司令補、監護司令、監護司令長、監護監、監護正監、監護司監、山林監護総監である。また必要に応じて監護士の下に各地域の警戒団を組み入れて指揮することもある。実際準軍事組織ともいわれる。そんな組織の下っ端役人、監護士なら武装して街をうろついていてもおかしくないのである。
汽笛。いよいよ列車は出る。一等車にはドレスコードがあり女性に関してはどうの、とかがあるが制服はそれを無視できて素敵だ。その制服でデッキに出る。見送りは誰もいない。まあそれでいい。しばしの一人旅だ。




