ちくぜう
町の風景は大正時代の田舎とも云った風であり、我が心を揺さぶる。このような我が魂に刻まれた元風景に近いものをうち壊して、狂った近代社会へと突き進める己の愚昧なるを嗤うか天の鳥ども。せめてこの風景は忘れぬようにせねばなるまい。願わくはここで暮らす者たちが安寧のなかで眠りにつかんことを。
町から歩いて二日。廃坑道もある様なところに来た。ここがいよいよ戦場とすべきところである。四個小隊で編成された中隊はここで分散する。一小隊と二小隊はこのまま前進する。三小隊は今回の新兵器のひとつ、回回砲と共に廃坑道の一つを占拠し、夜間標的の掲出及び観測を行う。四小隊は今回の別の新兵器、試製歩兵随伴砲の操作に当たる。
敵軍到着まで予期される日取りはあと三日。ここは古来からよく戦場となってきた交通の要衝である。先程三小隊が単脚砲架に固定された回回砲をひいこら押しながら進んでいった。回回砲とは、単純に言うならば多銃身の火器であり、銃に取り付けられた転把を一定の速度で廻すことにより連射できる兵器だ。さらに平たく言うならば地球に於けるガトリング博士の発明品、ガトリング銃と言って好からう。欠陥は大きく重い砲架に固定されていることか。分解搬送も不可能である。兵器としては大きな欠陥と言える。展開に選択肢が減るのだから。本当は一小隊と二小隊の進撃に付いて行かせたかったのだが。
今ここには一小隊と二小隊、さらに四小隊で砲の据え付けと対空偽装を行っている。小規模な体格の竜に跨座した兵、すなわち『跨竜兵』の対策である。アレはあまりに維持費が高価なるため運用しているところは限られるが運が悪いことに相手はそのところだ。総力で十五騎。まあ斥候として使われることの方が多い兵職であるな。だから見つからないように対空偽装を施すのだ。網をかけ布切れや植物をくくりつけて。
韻韻と響く進軍喇叭。その鳴り響く間に合わせて歩調をし、進む。直線距離として半里はないが、高低差のある道程。歩きにくいところでは疲労感というのは更に増すものである。
二度ほど敵の跨竜斥候を見付けて隠れたりもした。今は予定位置で伏射壕を掘っている。膝射壕や立射壕でないのはわりと単純な話で、先に伏射壕を掘り、それを拡張してより深い壕にして行くからだ。そしてそこまで築城をする時間的余裕は恐らくない。何しろ跨竜斥候がいよいよ増えてきた。
そんな中での小休止である。休止もなく作業を続けたとてそんなにホイホイ壕なんて掘れるわけでもない。むしろ休ませてやった方が事故が減るのだから、休ませるのが正しい。自分も倒木に腰を下ろして、軍衣の胸にある物入からシガレットケースを取り出す。帝国で一番の量産紙巻タバコである『桜花』だ。フィルターなどまだこの世にはなく、全く身体によろしくない。そもそも煙を吐くのは機関車の仕事であってこの身のする仕事ではない。そのうち止めるか。
そんなことを考えていると、戦闘帽に偽装網をかけた下士官の一人が話しかけてきた。ちなみに鉄帽に関しては現在適切なる素材を研究中である。
「閣下、閣下の故郷では、突撃のときにどのような喚声をあげるのでしょうかね。」
特に日本陸軍にその定めはないが、定めようとしたものがあり、そして不採用になったものであるがなぜかそれを使うものが多かった。末期戦の頃のあれだ。
「そうだな、『万歳』と」
その時になんだか騒ぎがあった。どうやら敵の徒歩斥候とこちらの二小隊が接触して戦闘になったようである。状況をミニ行こうとしたが、着く直前にはたりと銃声がやむ。相手も正規の訓練を積んだ戦士であるから、引き際というのを知っていたのだろう、あっさり引いたようだ。そもそも歩兵の戦とは大抵最初の二、三発で決まる。それで決まらないのはだらだらと長い膠着した状況だ。小隊長以下各級幹部に状況を問うが、全く同じように答える。被害も全くない。よく戦場が見えているようで満足だ。そのとき、眼前を矢が掠める。その方を見たときに誰かが小銃を撃つのが同時だった。枕に刃物を突き込んだような鈍い音がして弩を構えた男の胸に紅い霧が上がる。して、糸の切れた操り人形よろしく崩れて行くその姿。彼はよく偽装されていて、極めて訓練の行き届いた戦士であった。しかしそれは過去の話だ。今それはそこらに転がる死体にすぎない。
http://www7a.biglobe.ne.jp/~the_whirlwind48/rikugun.html
登場した喇叭の譜は上記の日本陸軍のもの準拠とする。
進軍喇叭と俗に言われるものは『速歩行進(一)』である。




