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ポーカースマイル  作者: 城井龍馬
第六章
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運命の日

法廷内の緊張が最高潮に達する中、東雲裁判長は厳かに判決文の朗読を始めた。


「本件被告人須田優司に対する殺人被告事件について、当裁判所は以下のとおり判決する。理由、被告人は広至三年十月二十一日。被害者皆原誠を自宅の包丁を使って殺害し、その後被害者久留島秀一を殺害した。被告人は、皆原誠および久留島秀一という二名の命を奪った。これらの行為は極めて重大であり、被告人の刑事責任は誠に重い。特に久留島秀一への暴行では金属バットによる執拗な攻撃によって被害者は死亡しており、その社会的影響も甚大である」


主文後回しだ。


須田さんは静かに前を見据えていた。


口元には、いつもの穏やかな微笑みが浮かんでいる。


しかしその瞳の奥には、底知れない深淵が広がっているようだった。


私は彼の表情から、真意を読み取ることができなかった。


「被告人は裁判中、自らの動機について明確な説明を行わなかったためその詳細は不明である。しかしながら、被告人の行動やその結果から感情的な衝動や複雑な背景が影響した可能性が高いと推測される」


この言葉を聞いた瞬間、須田さんの表情に微かな変化が現れた。


眉間にわずかなしわが寄り、目が僅かに見開かれる。


その変化を見逃さなかった。


そして私は勝利を確信する。


心臓が高鳴っているのがわかった。


「被告人には冷静な態度や自首した事実から、更生可能性が完全には否定できない。一方でその精神的背景や犯行内容から再犯リスクが完全には排除できず、更生には長期間の収容と適切な治療・指導が必要と判断される」


裁判長の言葉が、静かに法廷に響き渡る。


その瞬間、須田さんの表情から一切の感情が消え去った。


「本件では更生可能性が完全には否定できないものの、二名という命が失われた。結果の重大性、社会的影響及び再犯防止など総合的に判断し無期懲役刑を科すことが相当と判断した」


須田さんは蝋人形のように固まったかと思うと、次の瞬間体が小刻みに震え出した。


血の気が引いたように顔面は蒼白になり、口元がわなないていた。


さすがに心配になってくる。


「よって、主文のとおり判決する。主文、被告人を無期懲役に処する」


東雲裁判長が判決文の朗読を終えると、法廷に衝撃が走った。


その瞬間、静寂が訪れた。


だが、それを破ったのは須田さんだった。


「無期懲役?」


須田さんの声が突如法廷に響き渡る。


「一体僕の何を理解して、何を斟酌しようと言うんだ!?」


須田さんが椅子を蹴倒し立ち上がる。


その顔は怒りに歪み、目は血走っている。


喉が張り裂けんばかりに叫んだ。


「僕を……僕を理解したつもりか! ふざけるな! 一体何がわかる!?」


法廷は一瞬にして騒然となった。


警備の警察官たちが素早く須田さんに近づき、制止しようとする。


須田さんの口から発せられた言葉に、法廷の空気が一瞬にして凍りついた。


それまで微動だにしなかった彼の肩が大きく揺れ、握りしめられた拳が小刻みに震えている。


彼の表情は一変していた。


普段の微笑みは消え失せ、激しい怒りに歪んでいた。


目は血走り、拳を強く握りしめている。


傍聴席からはどよめきが起こり、記者たちはペンを走らせ始めた。


法廷警備の警官たちは必死で暴れる須田さんを押さえている。


東雲裁判長は厳しい表情で須田を見つめ、静かに口を開いた。

「被告人、このような行為は法廷侮辱罪に当たります」


しかし、須田さんの激昂は収まらなかった。


「こんなものは茶番だ!」


東雲裁判長は刹那、目を閉じ深呼吸をした。


そして静かに、しかし毅然とした態度で話し始めた。


「被告人」


その声は厳格でありながら、どこか悲痛な響きを含んでいた。


「判決に対する不服は控訴という正当な手続きを通じて表明すべきです、法廷での秩序を乱す行為は新たな罪に問われる可能性があることを申し添えます」


東雲裁判官は間を置いてさらに続けた。


「本法廷は、提示された全ての証拠と証言を慎重に検討した上で判断を下しました。被告人には黙秘権がありますが、もし伝えたいことがあるならばそれは適切な手続きを通じて行うべきです。あなたには全てを明かす権利も、等しく与えられているのですから」


その言葉に、須田さんの表情が凍りついた。


法廷内は息を呑むような静寂に包まれた。


しかし、その静寂を破るように白浜検事が立ち上がった。


その声には緊迫感が漂っている。


「裁判長、ただいまの点について当職の意見をお伝えしてよろしいでしょうか?」


「どうぞ」


白浜検事は毅然とした態度で言葉を続けた。


「被告人の突然の行動変化には精神状態に問題がある可能性があります。先程青木さんも現在の精神状態については、現在の診断が必要だと証言しておられました。当職は被告人の精神鑑定の実施と留置所への移送を提案いたします」


東雲裁判長は白浜検事と須田さんを見比べる。


そして一瞬考え込んだ後、


「弁護人、この件について意見がありますか?」


と問いかけた。


私は一瞬躊躇した。


白浜検事にうまく利用されたな。


「異議ありません」


と答えた。


鑑定で須田さんの精神状態がより深くわかるかもしれない、それは私も興味がある。


「被告人の状態を正確に把握するためにも精神鑑定は必要だと考えます」


「わかりました」


東雲裁判長は深くため息をつきながら決断した。


「では被告人について精神鑑定を実施し、その間留置所へ移送することとします」


法廷内に緊張が走る中、警備員によって押さえ込まれた須田さんは無表情になっていた。


その顔には先ほどまで見せていた激昂も穏やかな微笑みも消え失せていた。


ただ、その目には何か深い闇が宿っているようだった。


白浜検事はわずかに満足げな表情を浮かべながら席へ戻った。


法廷の重苦しい空気を吸い込みながら、私は面会室へと向かった。


須田さんに直接話を聞く最後のチャンスかもしれない。


判決言い渡し後、私は須田さんと裁判所の面会室で向き合った。


「須田さん、もう大丈夫ですか?」


慎重に言葉を選んだ。


須田さんはいつもの穏やかな笑みを浮かべた。


「高津さん、お疲れ様でした」


その声には以前と変わらぬ冷静さがあった。


「先ほどの……」


私が言いかけると、須田さんが遮った。


「控訴します」


須田さんは静かに言った。


「全てをお話しするのは判決が確定してからです」


私は静かに頷いた。


須田さんならそう言うだろうことはどこかでわかりきっていた。


「どのみち検察も控訴するでしょう。……とは言え弁論通りの減刑の判決が出たのに控訴とは、控訴事由はどうしたものか」


ため息混じりに呟く。


「ご苦労をお掛けします」


須田さんは変わらず笑顔を向ける。


「本当に思ってますか?」


笑顔で応じると須田さんは思わず吹き出した。


釣られて吹き出し2人でひとしきり笑った。


ここにきて、壁が一枚除かれたようだ。


奇妙な連帯感を感じる。


そして面会室を後にする私の背後で、重い扉がゆっくりと閉まっていった。


廊下を歩いていると声が聞こえる。


「白浜検事、一つ伺ってもよろしいでしょうか」


白浜検事ともう一人のようだ。


「何でしょうか、十河警視」


その声は、いつも通り冷静だった。


「もし精神鑑定で須田に責任能力なしの鑑定が出た場合、死刑どころか有罪も厳しくなります。なぜあのタイミングで異議を唱えたのですか?」


白浜検事は薄く笑みを浮かべた。


その表情には、何かを企んでいるような色が見えた。


「確かに責任能力無しならそうなりますね。でもあの男は、絶対に全て理解した上でわかってやっています。だから精神鑑定で責任能力は必ず認められるはずです」


彼女は一呼吸置き、続けた。


「それに留置所であれば我々としても色々と動きやすい、そうでしょう?」


男は白浜検事の言葉の意味を瞬時に理解したようで、


「なるほど」


と返した。


二人の思惑は図らずも一致したらしい。


こんな所で不用心な。


とはいえラッキーだなと思いながら出口に向かうと、


「捜査報告書には目を通されましたか?」


十河警視が白浜検事に声を掛ける。


白浜検事は答えなかった。


やはりちゃんと読んでなかったかと妙に納得した。


「なるべく早く目を通すことをお勧めします」


やっぱり控訴するよな。


須田さんの運命を決める新たな局面が静かに幕を開けようとしていた。


廊下の向こうでは警備隊に連れられた須田さんの姿が見えた。


彼の顔には再びあの特徴的な微笑みが浮かんでいた。

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