EP-93 女子が3人集まると
「初めまして。詩音の姉の琴音です」
「ここは私が時間を稼ぐ。今のうちに逃げて、しー姉ぇ!」
「これは妹の愛音です。ご迷惑をおかけしています」
飛鳥さんの家の前。門の前に立つ男性に敵意むき出しの愛音の頭を琴姉ぇが押さえつけて、強制的に頭を下げさせる。早朝から茶番を見せて申し訳ありません。
とは言え今回に関しては愛音の反応は普通だと思う。前に訪れたときより蒸し暑いはずなのに、変わらないスーツにサングラスという格好。警戒するなという方が無理な話だよね。
それにこの方々は真夏の炎天下でも汗一つ流していない。本当にヒトなのだろうか。ヒトの形をしたアンドロイドと言われても私は納得するぞ。
「お気になさらず。皆様は既にお集まりですよ」
既に面識があるから前回より話しやすい。そんなことを考えていると門が自動で開かれた。振り返ると流石の琴姉ぇも口元を手で隠したまま固まっている。期待を裏切らない反応です。
広大な庭を記憶を頼りに歩き、どうにか母屋の前に到着。インターホンを鳴らそうとすると勝手に開いて飛鳥さんが現れた。何故私達が来ていることに気付いたのだろう。門番さんから聞いたのかな。
「いらっしゃーい。待っていたよ」
「おはよう。飛鳥さん」
「今日はよろしくね」
「お邪魔しまーす」
さて、どうして我ら言ノ葉三姉弟が飛鳥家に訪れたのかというと、今日催される夏祭りに着て行く浴衣の着付けをしてもらうためだ。
夏祭りが開催される会場は桜里浜神社。この町で一番歴史があり、大きくて立派な神社である。確かいくつもの屋台が並び、打ち上げ花火も見られたはずだ。
微妙に記憶が怪しいのは小学校高学年くらいからは一度も行ったことが無いから。遊びに行く友達がいないぼっちを甘く見てはいけないのだよ。
「これお土産です」
「いつもありがとうね。それでは3名様ご案内しまーす」
飛鳥さんの家は呉服屋を営む老舗の中の老舗。一説には創業千年を超えているという噂があるくらいだ。これより古い建物なんてそれこそ桜里浜神社くらいしか無い。
しかし決して古いだけでなく、時代に合わせて変化を続けて現代のヒトにも根強い人気がある。この辺りに住むヒトなら和服を買う、または借りるときは必ず利用していると言っても良い。
私も七五三のときにお世話になったのかな。覚えていないけど。
家のすぐ近くにある呉服屋に到着。鮮やかで美しい和服が飾られていて、見ているだけで尻尾が揺れる。
「さて、奥の部屋を空けているからそこで着替えてもらうのだけど」
「だけど?」
「こっちも一応商売だからね。タダで着付けをしてあげるわけにはいかないんだよねぇ」
口を三日月のような形に変えて黒い笑顔を浮かべる飛鳥さん。確かに友達とはいえプロに頼むのだから、無料というのは虫が良すぎたか。
夏祭りを満喫するためにママから貰ったけど、いきなりお小遣いが減ってしまうとは。ちょっと悲しい。
「でも私も鬼じゃないからね。もしも私のお願いをきいてくれるならタダで良いよ」
「本当に?」
「うん。別に難しいことは要求しないから。今日だけのバイトだと思ってくれれば良いよ」
「うーん、琴姉ぇどうする?」
「良いと思うわ。3人でやれば直ぐ終わると思うし」
「よし、それじゃあやろう!」
「交渉成立ね」
商談成立の握手をした私は飛鳥さんに連れられてお店の奥に向かう。緊張するけど接客スキルはカフェで鍛えてきたのだ。きっと何とかなるはずだ。
このとき私は気付かなかった。バイトとは何も接客業だけとは限らないということに。
このとき私は気付かなかった。後ろをついて来る2人の表情もまた飛鳥さんと同じ黒い笑顔を浮かべていることに。
*****
「詩音、表情固いわよー」
「もう少し顎を引いてー、目線こっちー」
「はいオッケー。次は右足を半歩前にして」
もう何度目かも分からないやり取りの繰り返し。自ら思考することを遥か昔に放棄した私は傀儡の如く指示された通りの動作を行う。
呉服屋の奥に案内された私を待っていたのは着替えのための個室などでは無く、一通りの機材が揃った写真館だった。
そこで待機していたのは飛鳥さんの母、秧鶏さん。私達を笑顔で迎えるその様子に目を点にしていると、彼女は私の手を取り微笑んだ。
「詩音さん。今回はウチの店のモデルを引き受けてくれておおきにね」
その言葉で全てを理解した私は咄嗟に背後を振り向いた。そこにいるのはいつもの変わらない表情の琴姉ぇと、露骨に視線を逸らして口笛を吹いている愛音。私は膝から崩れ落ちて四つん這いに倒れた。
更に身内2人に肩を掴まれて起こされたことにより、その推測が真実であることが決定付けられる。
いや、勿論私だって反論したのだよ。私1人だけ犠牲になるのはおかしい。愛音も琴姉ぇもやるべきだと。
すると2人は何の躊躇もなく様々な和服に着替えては喜々として撮影に臨んだのだ。更にこの姉妹はプロのモデルも青ざめるほど整った体格と美貌の持主である。飛鳥家の要望に難なく応えて、あれよあれよという間に自分達の撮影を終わらせてしまった。
残るのはその様子を唖然と見ていた私1人。姉と妹が撮影を済ませた以上は断るという選択肢は無い。まさか自分がした抗議で自分の首を絞めることになるとは思わなかった。
そして飢えた狼に囲まれた兎は無力である。目を光らせる3人に詰め寄られた私は涙目で縮こまり震えることしかできない。
狼は私なのに。狼は私なのに。
鳥「おー、ロールケーキだ。本当に貰っても良いの?」
詩「お気になさらずだよ」
鳥「ありがとう。でもまるごと1個か。これどこに売っているの?」
琴「それは詩音の手作りよ」
鳥「えっ」
愛「しー姉ぇの手作り。お値段はプライスレス」
鳥「ひ、ヒトが成せる業じゃない」
詩「確かにヒトでは無いけどさ」




