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ふぇんりる!  作者: 豊縁のアザラシ
92/199

EP-92 晩酌のお供

 ゆっくりと湯船に浸かり身体の芯まで温まった私はお風呂上がりの至福のひと時を満喫する。

 いつもならこの後にカフェオレを楽しむところだけど、最近は周りの視線が気になる機会が増えたから麦茶にしている。甘いのも良いけど、少し濃いめに作った香ばしい麦茶も美味しいんだね。

 ということで麦茶をいただこうとキッチンに向かうと話し声が聞こえた。これはママとパパだね。私が耳を澄ませば会話の内容まではっきり聞こえるのだ。

 プライバシーの侵害とか言わないでね。不可抗力なんだもん。


「ママー。お風呂出たよー」

「はーい」


 2人はテーブルを挟み、お酒の味を楽しんでいた。

 ほんのり顔を赤くしていつもより上機嫌に去って行くママ。普段はそんなに飲むヒトでは無いから少しレアな光景だ。

 ちなみにお酒を飲んで直ぐにお風呂に入るのは身体にかかる負担が大きいらしいです。良い大人は真似をしないで下さいね。

 テーブルに並んだ料理の数々はママの手作りなだけあってどれも美味しそう。これがお酒のアテというやつだね。見たところ私でも作れそうなものが並んでいる。


「詩音も何か食べてみるか?どれも美味いぞ」

「うーん、遠慮しておこうかな。夜食はちょっと罪深い」

「お前、すっかり女の子になっちまって」

「どういうことかな」


 グラスに入れた赤ワインを傾ける姿が似合う。今までお酒を飲むところを見たこと無かったけど、飲めないという訳ではなかったのか。


「それでどうだ最近は」

「何が?」

「ほら、困っていることとか、悩んでいることとか。男同士でしか話せないこととかあるだろ」

「さっき女の子がどうとか言っていたよね」


 どうやらパパは私の近況について気になるらしい。心配し過ぎと思う反面、心当たりがあるから何も言えないのが正直なところだ。

 例えばカフェで態度が悪いお客様に絡まれたり、海で男のヒトに絡まれたり。

 あれ、思い返すと結構面倒なトラブルに巻き込まれているな。2回ともパパが助けてくれたけど迷惑をかけてしまったし。気を付けないと。


「特に何も無いよ。友達もできたし、琴姉ぇや愛音とも昔みたいに話せるようになった。竜崎先生も優しいし」

「そうか。それは何よりだ」

「あと近所の動物によく話しかけられるようになったよ」

「種族問わず人気者だな」


 そうだ。良い機会だしこの辺りでパパに日頃のお礼をしておこう。ちょうど晩酌中だからおつまみを適当に作りお酌でもすれば喜んでくれると思う。ついでに料理でママに下剋上をしてやるのだ。


「ねぇパパ。折角だから私も何か作ろうか」

「えっ」

「それでさ。ママのやつとどっちが美味しいか食べ比べてみてよ」

「詩音、お前、いつの間にそんな立派になって」


 涙腺が緩んだパパの肩を叩いて待っているように促して再び冷蔵庫を開ける。普段から料理をするので中身は把握している。即興でメニューを決めた私は塞がった両手の代わりに野菜室をお尻で閉めた。

 1品目は焼いた油揚げに大根おろしと薬味を合わせたもの。これだけだとあっさりしているので焼くときにチーズをのせてみたよ。

 2品目はキャベツとベーコンの炒め物。夏バテ予防に刻んだニンニクも入れてみたよ。

 3品目はいわゆるカプレーゼ。トマトとモッツァレラチーズを切りバジルを添えてオーリーブオイルをかけた後、塩コショウで味を整えて出来上がり。材料さえあればとっても簡単です。


「お待たせだよー」

「おー、凄いな。しっかり料理で普通に美味しそうだ」

「ふふん」


 何を食べようか考えているパパの隣から手を伸ばして、油揚げのステーキを一切れ貰い、醤油を垂らして頂く。

 即興の割には良い出来だと思う。ただ大根おろしの量が少なかったかもしれない。途中で面倒になり適当にやったから仕方ないけど。

 パパの横顔を見ると美味しそうに顔を綻ばせている。満足してくれたみたいでなによりです。


「なになに。何だか楽しそうなことをやっているじゃない」

「琴姉ぇ。もう寝たんじゃ」

「まだ21時でしょ。大学生の夜はこれからよ」

「見てくれ琴音。詩音が料理を作ってくれたんだぞ」

「へー」


 琴姉ぇはフォークを手に取ると目に付いたものを攫っていく。飲み物が麦茶なのはまだ未成年だから。来年の誕生日からは親と一緒にお酒を楽しむんだろうな。


「詩音が作ったのはどれ?」

「そのキャベツのやつとカプレーゼ。あとこの油揚げ」

「ほー。何か全体的にヘルシーね」


 琴姉ぇが顔を上げると同時に視線を逸らして麦茶を一口含む。最近気になっているので意識して作ったのはその通りだけど、見透かされると居心地が悪い。


「そう言えば今日はカフェオレを飲まないのね。詩音」


 目は合わせていないけど琴姉ぇがニヤニヤ笑っているのが分かる。分かっている上でその話をするなんて性格が悪い。

 おいやめろ、フォークにさした唐揚げを見せびらかすな。早くレモン絞って食べろ。なにっ、マヨネーズだと。なんて罪深いことをするんだこの姉は。


「成程ね。でも気にするな詩音。例え太ってもお前はきっと可愛いぞ」

「パパ最低」

「えっ」

「全く、どうしてお母さんはこのヒトと結婚したのかな」

「そこまで言うのか!?」

「デリカシーゼロの親を持って私は恥ずかしいよ」


 我が子2人に蔑みの眼差しを向けられてテーブルに突っ伏すパパ。女性を相手に体型の話をするなんて命知らずにもほどがある。

 とは言え実のところ、私にはパパの心情が結構分かるけどね。過去に似たような発言をして、女子3人を敵に回して酷い目に遭ったことがあるから。同じ轍は二度と踏むまい。

 パパの謝罪の言葉が震えているけど、聞くつもりは無いと適当に尻尾を振って払い落とす。そんなことをしているとお風呂から戻って来るママの気配を感じった。


「お風呂行ってきたわ。あら、琴音もいたのね」

「小腹が空いちゃって」

「それで、これはどういう状況?」

「お父さんがやらかした」

「最悪ね」

「お前まで!?せめて事情を聞いてから」

「あの詩音がつんつんしている時点で悪いのはあなたよ」

「ふぐぅ」


 私が拗ねたのは可愛いと言われたからだけどね。でも泣いているパパが面白いから黙っていよう。どちらにしても好感度が下がったことは変わらないし。

 心の底から詫びるのだ。そして私が作った料理の方が美味しいと言え。


「あら、いつの間にか料理が増えているわね」

「そうなんだよ。詩音が作ってくれたんだ」

「下剋上だよ。ママの料理とどっちが美味しいか勝負だよ」

「成程。良い度胸しているじゃない」


 そう言いながら料理を箸で取り口に入れるママ。味わいつつ静かに頷く。どうやら及第点は取れたみたい。

 今更だけどパパに食べてもらうより料理が上手いママが認めてくれた方が嬉しいかもしれない。なにせこの私が食べられるまともな料理を作れるようになったと言うことなのだから。


「うん、美味しい。さすが私の娘」

「娘ちがう」

「もしかすると琴音より上手かもねー」

「むっ、確かに最近手伝いしてないから腕が落ちたかも」

「大学生は勉強大変だから仕方ないさ」

「それでも妹に負けるのは悔しいな」

「妹ちがう」

「でも詩音。カプレーゼは基本的に白ワインに合うとされる料理よ」

「わぅ!?」


 晩酌も終盤を迎えたところでママが発する衝撃発言。確かにパパが飲んでいるのは赤ワイン。だとすると美味しく味わう組み合わせでは無いということになる。

 でもお酒と食べ物には相性があるなんて知らなかったよ。やっぱりまだまだママには及ばなかった。未熟。


「まぁ、高校生にお酒のおつまみを作られても困るけどね」

「俺は詩音が作ってくれるなら何でも食べるぞー」


 言葉の通り残りを綺麗に食べたパパは最後に赤ワインを流し込みご満悦だ。思わず手を叩いて喜んでいるとママと琴姉ぇに温かい眼差しを向けられていたので直ぐにやめる。

 ほろ酔い気分の親に代わり、琴姉ぇと一緒に洗い物を片付ける。まだまだ話題が尽きない2人を置いて私は先に寝床についた。

母「そっか。詩音は楽しく過ごせているのね。良かった」


父「そっちは何か聞いていないか?俺には話せないようなこととかさ」


母「そうね。女の子のあれこれに関しては今もてんやわんやしているわ。他に私が気になるのは、やっぱり狼に姿が変わることかしら」


父「あぁ、そればかりは竜崎さんに任せるしかないな。勿論俺の方でも調べてみるが」


母「あとは海水浴から戻ってきて以来、日焼け対策に余念が無いわ」


父「だいぶ染まっているなぁ」

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