EP-86 不逞の輩
「しおんねーねー」
「お疲れ。よく頑張ったね」
全力で振って盛大に外したノアちゃんを宥めていると、その背後で飛鳥さんが一閃。低い姿勢から棒を振り抜きスイカの上半分が空を舞う。
私が知っているスイカ割と違うけど別に良いか。いや良いのか?
「なんか断面が刀で切ったみたいになっているのだが」
「砂も付いてないし食べやすいから良いじゃない」
食べやすい大きさに切り分けて皆んなに配る。良介達も体調が戻ったようで何よりだ。
皆んなが適度に休憩を挟む中、ノアちゃんだけは一足早く砂遊びを始める。子どもの体力は本当に無尽蔵だね。気付かないうちに疲れて倒れないようにちゃんと見ておかないと。
「ノアちゃんは何を作っているのかなー」
「ねーね!」
「私のこと好きだねぇ」
「うん!だいすきだよ!」
同じ好意でもノアちゃんと愛音では受け取り方が全く違うのはどうしてだろう。
上に2つの突起が生えた砂の山を私と言うその笑顔が眩しい。真夏の太陽にも匹敵するするほど輝いて見える。
「詩音。俺達そろそろ昼飯を買ってくるつもりなんだが何か食べたいものはあるか?」
「んー、大丈夫。適当にお願い」
「はいよ」
「しーちゃん私も混ぜてー」
「何を作っているの?」
「あんこだよ」
「あの黒猫ちゃんか。良いね、私も作ろうっと」
「誰が上手く作れるか勝負しようよ」
まだ作り始めたばかりなんだから仕方ないじゃないか。あの子の魅力を砂だけで表現するのは至難の業なんだぞ。
そもそも愛音はあんこを見たことが無いから作りようがないはず。モデルを知らないのにどうするつもりなのだろう。
そう思ったものの愛音が作ったあんこ砂像は凄く精巧に作られていた。何故だ、何故なんだ。
「お題が動物なら自信あるよー」
「狐鳴は好きなものには全力で取組むものね」
「芽衣理は、あーその、えっと、うん。良いと思うよ!」
「うるさいうるさい!」
猫宮さんはほら、困難に挑戦する気持ちの強さがあるから。苦手なことでも逃げずに立ち向かう気概があるから。成果よりも過程を大切にするのも良いと思うよ、私は。
「ん、私ちょっと貝殻を拾って来る」
「あんこちゃんに装飾を施すつもりか。やりおる」
「そういうことでは無いけど」
「私も行くー」
「なら私も」
「行ってらっしゃい」
徐に立ち上がる私の後を愛音と飛鳥さんがついて来る。しかし残念ながら私は本当に貝を拾うつもりはないんだよね。
「お花を摘みに行く」という言葉がある。意味はここでは伏せるけど、海にいるからそれに合った表現に勝手に変えてみただけだ。特に深い意味はないよ。
私達が場所を取った地点はヒトが少なくて良いところだけど、海の家からは結構距離がある。昼食を買うにしてもお手洗いに行くにしても、地味に距離があって大変だ。
先客が並ぶ後ろについて3人で他愛の無い話しをする。愛音のやつ、表情からして本当に貝拾いに行くと思っていたな。会話の端が震えていて動揺を取り繕っているのがよく分かるぞ。
「ねぇ、そこの嬢さん達。いま時間あるかな」
「はい?」
「わぉ、近くで見ると本物の美人じゃん」
「うわ、うっざぁ」
「そんなこと言わないでよ。ちょっとで良いから俺達と一緒に遊ぼうよ」
動揺から一転。心底嫌そうな顔をする愛音の視線の先を見ると真夏の日差しで肌を焼いた複数の男が立っていた。
近くに立たれると顔を真上に向けて見上げないと顔が見えないくらいどのヒトも背が高い。良介より体格が大きい奴もいる。
「おー本当だ。今日は当たりだな」
「残念ですけど保護者同伴なんですよ。私達」
「んなことより俺らと一緒の方が絶対に楽しいって」
「そうそう。損はさせないからさ」
飛鳥さんが牽制するけど男達に引く様子は見られない。伸ばした手を結構強めに弾かれているのに気にしていないみたいだ。
と言うかいま美女が3人と言っていたけどあと1人はどこにいるのだろうか。後ろを向いても近くにヒトはいない。やっぱり愛音と飛鳥さんだけだ。
ハッ!?ということはこの悪漢から2人を守ることができるのは私しかいないのではないだろうか。
飛鳥さんは大切な友達だし、愛音も普段は鬱陶しいけど大事な妹だ。こんな奴らの好きにはさせる訳にはいかない
いやでも今まで喧嘩とか1度もやったことないし。痛いの嫌いだし。というかこの小さい体では勝ち目なんて皆無だよ。
「とりあえず場所を変えようぜ。ここで立ち話するのもアレだしよ」
「触るな!」
「あん?」
「愛音に触るな!」
聞き覚えの無い声が辺りに響く。目の前に迫る男の手が止まり、それと同時にいつの間にか男の正面に立っていることに気付いた。
もしかして今の怒声は私が出したのか?そう思った途端に喉がヒリヒリと痛む。普段は出さない声を出したせいかもしれない。
「ちょ、詩音ちゃん!」
「なんだこの子。海に来てコスプレでもしているのか?」
「2人に手を出したら、ゆ、許さないぞ」
「何これめっちゃ面白いんだけど」
「がるるー!」
言葉の強さとは裏腹に私の思考は真っ白になっていた。相手を怒らせたら無事では済まないと分かっているのに。どうして私はこんな無謀なことをしているのか自分でも分からない。
見下ろす男が怖くて耳は萎れて尻尾は丸まる。それでもどうにか奮い立たせて何度も下手な威嚇をした。
きっと今の私はとても格好がつかない有様になっていると思う。当然ながら全く怖がらない相手の様子に惨めな気持ちになる。
それでも私はここから動きたいとは思わなかった。
「がぅー!」
「確かお前こういう小さい子が好みだったよな。相手してやれよ」
「仕方ねぇな。詩音ちゃんだっけ。お兄さんと一緒にイイコトしようぜ」
「うー、うぅ」
仲間に呼ばれて前に出たのは彼らの中でも特に大柄な男だった。良介より体が大きい例の男である。
私の威嚇を意に返さず近付く男の圧迫感に思わず身が竦む。そんな私の様子に今一度笑みを深くした彼は私の腕を掴んだ。
軽く引かれただけなのにあっさり重心が動いて倒れそうになる。男が腕を掴んだままだから倒れはしなかったが、そのぶん引かれる腕が痛い。
加減を知らないその力で今度は無理矢理立たされる。そう思ったとき、横から伸びた1つの腕が男の手を押さえつけた。
「すみません。俺の連れに何か用ですか?」
「良介!」
トラブルの中心に自ら介入した良介はいつもと変わらない口調で、しかしその言葉には怒りの気持ちを込められていた。
目だ。目に宿している感情が違うのだ。普段は能天気でお気楽な様子なのに、今は相手の目を真っ直ぐ見つめて真っ向から立ちはだかっている。
「なんだお前、うっ!」
突然現れた良介を睨みつける男だが、すぐにその表情を苦悶に歪める。見ると彼の手を掴む良介の腕に青筋が立っていた。
痛みに耐えかねて男は私の手を離すと良介も同じように解放する。このまま痛み分けで済めば簡単な話だが、2人の表情を見る限り深い確執が生じたようだ。
「言ノ葉さん、大丈夫?」
「ナツメ君。うん、私は平気だよ」
まだ少し痛む腕を触りつつ答える。その言葉にナツメ君は安堵したように息を吐いた。
「悪いな詩音。遅くなった」
「いや別に待ってないし。私1人で何とかなったし」
「おー、そいつは悪いことをしたな」
思わず口を突いて出た強がりに良介は笑う。余裕のある態度を見ていると無性に悔しい気持ちになるからわざと顔を背けてふくれっ面を隠す。
すると良介の大きな手が頭の上に乗せられて私の頭を撫でた。武骨な指が耳に触れてくすぐったい。
「さっきのお前、凄く格好良かったぞ」
私の耳に一瞬顔を近付けて労いの言葉を落とす良介。もしかして見たのか。こいつ私の醜態を見ていたのか!なんで意地悪な奴だ。
性格が悪い良介にいよいよ憤りを覚えた私は再びこいつから顔を背ける。しかし深層心理にある感情は素早く振れる尻尾が正確に表現していた。
狼「よくも俺の友達に手を出してくれたな」
鳥「よくも私の護衛対象に手を上げてくれたね」
愛「よくも私のお姉ちゃんを泣かせたね」
詩「泣いてないし」
鮫「護衛ってなんのことだろう」
狼「この礼はたっぷり返してやる。俺達4人でな」
鮫「あれ!?俺も頭数に入れられている!?」
詩「皆んな喧嘩は駄目だよぉ」




