EP-85 不可抗力
準備運動も済ませた私達は思い思いに海で遊び始める。いきなり遠泳を始めた妹は放置して、それぞれが思い思いに海を満喫する。
「きゃー!つめたいー」
「気持ち良いねー」
引いて行く波を追いかけて、押し寄せる波から逃げるノアちゃん。いつまでも続くその往復を足首を濡らして眺める私。なんて微笑ましい光景なのだろう。
「言ノ葉さーん」
声が聞こえた方を見ると、海に浮かべたフロートマットの上に座る猫宮さんがいた。無駄にデザイン性がありよく目立っている。
つい先程まで無かったそれに興味を示したノアちゃんを連れて海を進む。私は足が着く深さだけど彼女は浮き輪を頼りに海面を漂っている状態だ。浮き輪を持って押してあげるだけで凄く喜んでくれた。
「それどうしたの?」
「海の家で借りたのよ」
「それレンタルだけど地味に高かったぞ」
「あら、こういうときくらい良いじゃない」
小言を漏らす良介に対して近くまで泳いで来た琴姉ぇが猫宮さんを擁護する。
どうでも良いけど女子が自力で泳いでいる中で男1人が浮き輪に頼っている光景は一際哀れに見える。それが筋肉質で大柄だと尚更ね。
「ふはははは。大海原を統べるバナナとは私のことだー!」
集まった5人の脇を通り過ぎるのはバナナボードに乗り一直線に突き進む狐鳴さんだ。かなりの速さで進んでいるけど、あれを押しているのはナツメ君だよね。彼にとっては辛いだけなのによく付き合ってあげていると思う。
バナナの後を走って追いかける飛鳥さんを見送った私達は休憩のために一度砂浜に上がる。いつもの癖で尻尾の水気を取ると、ノアちゃんは水を受けながら喜んでくれました。
「良介君。例のブツは用意できているかしら」
「ヘイ、こちらにございます」
まるで袖の下の賄賂のように取り出したのはビーチボール。これは水着と一緒に買っていたやつだ。私が知らない間に地味に膨らませていたらしい。
「皆んなでこれをできるだけ落とさないようにパスを繋ぎましょう」
「人数いるからビーチバレーで勝負しましょうよ」
「それは止めた方が良いよ猫宮さん。明日も笑って過ごしたいならね」
「何その意味深な台詞」
猫宮さんを始め良介を除くメンバーは愛音の身体能力にバグが生じていることをまだ知らない。あれと敵対しようものなら2度と立ち上がれなくなる。比喩でなく物理的に。
「必ずしも勝敗を決める必要はないでしょう。こういうのは楽しければそれで良いのよ」
「そうだ。何事も平和が1番だ」
「まぁ、別に良いですけど」
若干青ざめた表情でやんわりと断る私達に、猫宮さんは疑問符を浮かべつつも意見を取り下げる。
「ルールは兎に角ボールを落とさないこと。足でも頭でも触って良いけどボールを手で掴むのは無し。同じヒトが連続でボールに触れるのも無しよ」
「尻尾で捕球するのは?」
「無しです。尻尾で弾くのは有りだけど」
「だってよ詩音」
「むぅ」
つまりドッジボールのときにやった技は反則ということか。大切な尻尾でそんなことするつもりは毛頭ないが。
「5人いるから目標は50回よ。せーのっ」
さて、ビーチボールパス回しの一件はこの辺りで割愛させてもらうとしよう。結論だけ言うと私が色々とやらかしました。
だって私がボールに触れると物理法則を無視してあらぬ方向に飛んでいくんだもん。これはきっとこの体が持つ特殊能力に違いない。今度竜崎先生に会うときに報告する必要があるね。
「あー!何か皆んなで面白そうなことやってる。私も混ぜてー」
「ちょ、ちょっと待って。今は本当にマジで無理」
「もう一歩も動けない」
「言ノ葉さん。何かしたの?」
「何もできなかったよ」
ひとしきり泳いだ愛音と狐鳴さん達3人が戻ったときには私を中心にして砂浜に倒れ込む良介達がいた。ノアちゃんの体力に配慮しつつ、私というハンデを背負いながらも奮闘した戦士の骸である。
「琴音ったらいい歳してはしゃいじゃって」
「スポーツドリンクあるぞ。日陰の下で少し休め」
「め、面目ない」
「スイカもあるよ。ちょっと待っててね」
そう言って砂浜の傍らで始まるのはスイカ割り大会。何でも海の家でスイカを買うと道具一式をレンタルできるのだとか。
フロートマットも貸してくれるし随分とサービスが良い海だなぁ。
「よっしゃあ!いきなりスイカ割ってやるぞー!」
最初の挑戦者は狐鳴さん。飛鳥さんに目隠しをされながらも気合いは充分だ。
でも1人目でスイカを割ると興が冷めるというもの。スイカは1個しかないので狐鳴さんが成功すると待っている私達がつまらない。
ということで今このとき、私達5人の心は1つになった。
「うっ、思っていたより方向が分からない。皆んな、誘導よろしく」
「任せてー」
応える飛鳥さんは悪巧みをしているときに見せる悪い笑顔になっている。残念ながら目隠しをしている狐鳴さんにはそれが分からない。数秒後に起こる悲惨な未来の懺悔に手を合わせて祈っておこう。
「そろそろ射程圏内に入ったと思うわぎゃあぁ!」
「あははははっ!」
スイカではなく波打ち際に誘導された狐鳴さんは一際高い波にぶつかり海に沈んだ。目隠しに使っていたタオルだけが私の足下に流れ着く。
「ひ、酷い目に遭った。いや正直に言ってそんな気はしたけど」
「あの大きさの波を目隠ししたまま受けるのは怖いよね」
「次は誰かなーっと。はいっ、サメ先輩」
「俺かぁ」
ナツメ君は背が高いから目隠しをするのも一苦労なんだよね。目の前で屈んでもらい頭を下げてどうにかタオルを結ぼうと悪戦苦闘する。
そんな彼の近くに愛音が忍び寄り耳打ちをし始める。
「サメ先輩、サメ先輩」
「なんだい?」
「今サメ先輩の目の前にありますぜ。しー姉ぇの大きなお胸が」
「ぶっ!?」
愛音の一言に動揺したナツメ君が突然体を動かした。そのとき彼の頭が一瞬下がり、私のそれを顔面で受け止めてしまう。
「うわあぁ!?ごめん!ごめん言ノ葉さん!」
「いや別に良いけど」
「しー姉ぇの柔肌に何してくれるんだこの野郎!」
「誰のせいだこら」
「あふん」
事故を誘発させた挙句ナツメ君を虐める愛音の顔にタオルを投げつける。誰がどう考えても悪いのはお前だろうが。
「本当に、本当に申し訳ない」
「いいよいいよ。気にしてないから」
言葉の通り触れたことに関して私は全く気にしていない。しかし根が良いヒト過ぎるナツメ君は取り返しがつかないことをしたと言わんばかりに、熱い砂に額を付けて土下座を続けている。
結局彼の謝罪はしばらく続き、頭上げた頃には冷やしていたスイカはすっかり常温に戻ってしまったのだった。
愛「さぁ、しー姉ぇ。割れるものなら割ってみせてよ」
詩「でも愛音。目隠しをして分かったけどスイカの場所が分かるよ」
愛「なんですと!?」
詩「周りの音で何となく」
愛「確かに確かな足取りでスイカに向かっている」
鳥「ほー、素質あるねぇ」
詩「とりゃあ」
愛「でもスイカは割れない」
鳥「力が弱いからね。単純に」
詩「うぅー」




