EP-78 特注品
「大好きなご主人に自分の匂いを付けているペットみたい」と指摘されて、良介への報復をやめてしばらく。特に問題もなく目的の駅に着いた私達は改札を通過した。
今回わざわざ電車に乗って来たこの商業施設は兎に角大きい。食品や生活必需品は勿論。家具、工具類から本屋、服屋、ゲームショップなど本当に何でも揃っている。フードコートや映画館といった様々な娯楽も併設されているから冗談抜きで1日楽しめる。らしい。
「こんなに広いと迷子になりそう」
「安心しろ。5人のうち誰かしらお前の姿は視界に入れているから」
「言ノ葉さんが思うよりも言ノ葉さんは目立つからね」
「大丈夫だよしー姉ぇ。たとえお手洗いの個室に行こうと私はついて行くからね!」
「丁重にお断りします」
愛音に頼るといつまで経っても買い物が終わりそうにないから琴姉ぇの後にくっ付いて行く。案内図を見たときに思ったが衣類を扱うコーナーは他と比較して面積が広い。やっぱり需要があるんだね。
「うわっ、このブランドって相場より桁一つ違うはず。予算足りるかしら」
私に顔を寄せて店舗の名前を見た猫宮さんの表情が引き攣る。もしかして結構値段が高い商品を扱うブランドなのかな。私が持って来たお小遣いで足りるだろうか。
ちなみに本日の私の所持金は往復の交通費で半分を失うくらいです。
エスカレーターで上階へ上がり目的のフロアに着く。整然と並ぶ多種多様な衣服に出迎えられた私はふと掲示されている広告を目にする。
そしてどうやら今日はレディースの商品を対象としたキャンペーンをやっていてた。特に水着を買うとよりお得になるイベント中らしい。愛音が強引でも誘った理由がやっと分かったよ。
「それじゃあ男女に分かれてそれぞれ自分の水着を探しましょう」
「賛成です」
ということで私は良介とナツメ君と一緒に水着を探すことになった。最も私達は買い物に時間をかけるタイプではないから直ぐに終わると思うけど。
何なら私はさっき見たマネキンをそのまま模倣しよう。わざわざ見本として着させられているのだからお店のおすすめに違いない。この真実に気付くとはさすが私。
「いやどうしてこっちに来るんだよ!」
「何が?」
軽快な足取りで来た道を戻ると前を歩いていた良介に怒られた。今さっき男女に分かれて買い物をしようと話したばかりなのに何を言っているのだろうか。
「申し訳ないが今だけは俺もナツメもお前を男として見ることができない」
「酷い!少数派の差別だ!」
「こいつぅ、デリケートな問題を持ってきやがって」
「言ノ葉さんの事情は察するけど、今回買うのは女性用の水着なんだよね。それなら俺達ではなくお姉さん達と一緒の方が良いものを選んでくれるよ」
「嫌だ。絶対に着せ替え人形にされる」
着替え地獄を味わうのは御免である。琴姉ぇも愛音も自分の買い物をそっちのけで構ってくるから本当に疲れるんだよね。
何より買い物を楽しむ女性陣の中で男1人だけなんて居心地が悪い。ハーレムなんて現実には起こり得ないんだよ。
絶対に離れないという強い意志でナツメ君の腕を掴む。どうしても連れて行きたいならば彼の右腕諸共だ。
「はーい、我儘言わないの」
「ああぁ。助けて良介」
「骨は拾ってやるよ」
私の強い意志は愛音の力の前では無力だった。ナツメ君から普通に引き剥がされた私はそのまま愛音の脇に抱えられて連れて行かれる。妹に持ち運ばれるとは何という屈辱。
対する男性陣はというとナツメ君は小さく手を振って見送り、良介は綺麗な敬礼で送り出している。あいつにはいつか絶対に復讐してやろう。
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「猫宮先輩。しー姉ぇは何を着ても似合うんですけど、その中でもどんなものが特に似合うと思いますか」
「そうね。詩音さんは優しい色合いのものを着ているイメージがあるけれど、折角だから普段見せないような意外な奴とかどうかしら」
「例えば?」
「大人びて見える黒とか情熱的な赤とか」
「激しく同意です!」
少し離れた場所から2人の楽しそうな会話が聞こえる。愛音は案の定、自分の買い物は数分で終わらせて私の水着選びに熱中していた。
対する猫宮さんは何を買うか悩みつつも頻繁に話しかけてくる愛音の相手を丁寧にしてくれている。初対面のときはどこか距離を置いていた雰囲気があったが打ち解けたようで良かった。
最も相手はコミュ力お化けの愛音である。どんなに気難しいヒトでも初対面で仲良くなれる妹ならごく自然のことなのだろう。
「ねー、まだなの詩音」
「あのさ、これ服の上から当てるだけでは駄目なのかな」
「着てみたらイマイチってこともあるでしょ。後悔しないためにも必須なことなのよ」
試着室越しにもう一度交渉してみるが琴姉ぇには取り付く島もない。こうなってしまった以上は無駄な足掻きをするより従順に従った方がまだ良い。
人生をストレスなく生きるために大切なのは妥協と諦め。齢15歳にしてこの世の真理を悟ったかもしれない。
「お、お待たせ」
「キャー!やっぱり詩音可愛いー!」
「うっ、ワンピースタイプか。ビキニ一択だと思ったけどさすが琴姉ぇ」
「よく似合っていると思うわ」
全身で喜びを表す琴姉ぇと絶賛しつつも悔しがる愛音。相変わらずの2人だけど、私としては猫宮さんに見られていることが何より恥ずかしかった。
同い年の女子に水着を着替える姿を見られる男。とてもじゃないけどまともに顔を見ることができない。
琴姉ぇが持って来たこの水着。尻尾が窮屈かと思っていたのだが、何故か出しやすいように穴が作られている。
普通のヒトなら恥ずかしくて着ることができないであろうデザインだけど私には丁度良い。と言うか私にしか需要がないのではないだろうか。だって尻尾が無ければこの部分は見えてしまうのだから。
3人曰く、こうしたデザインの水着を取り揃えたコーナーがお店の一角にあったらしい。何だろう。決して深入りしてはいけない大いなる力の存在を感じる。
「やめてしー姉ぇ!羞恥で真っ赤な顔を髪で隠そうとしないで!ちょっとだけ覗いて様子を伺うなんてもう反則だよ!」
「大きな声で実況しないで」
「それでそれで、着てみた感想は?」
「尻尾のあたりとかどんな感じ?」
「んー」
その場で軽く動いて具合を確かめる。フリルスカートも付いていて露出が結構控えめなのは個人的に良いと思う。
でもこれサイズが合っていない気がするんだよ。私の家族の女性陣はスリーサイズを目測で言い当てる特殊能力を有しているのに珍しいミスだ。
「琴姉ぇ、これサイズが小さいかも」
「えっ?ちゃんと合っているものを持って来たはずよ」
「うーん、でも胸の辺りがちょっと」
そう言いながらまだ微妙に収まりが悪いそれを調整する。男のときはこんな悩みとは無縁だったのに。女性は本当に苦労が多いよね。
「言われてみると詩音さんって何というか。その、着痩せするタイプなのね」
「うっ、確かに最近丸くなった気はしているけど」
「いやそういう意味ではなくて」
「猫宮先輩。しー姉ぇは身長は小さいけどここだけは私より大きいんですよ」
「えぇっ!?」
心の底から驚いた声を上げた猫宮さんは愛音と私を交互に見る。そりゃあ中学三年生にしてプロのモデルに負けないプロポーションを持つ愛音と比較されたら私なんてちんちくりんですよ。
こいつより私が勝るものなんて脂肪の量くらいだ。少しダイエットを意識した方が良いかな。せめて今日買う予定の水着を着るまでは。
「クソが。贅肉の塊が何だと言うのよ」
「えっ、琴音さん?」
「ほらしー姉ぇ、次は私が選んだやつを着てみてよ」
「分かった」
「ほら琴姉ぇ。しー姉ぇが着替えている間に他の探しに行こう」
「触るな!胸がある奴は須く悪なのよ!」
突然荒ぶる琴姉ぇを連れてどこかへ去って行く愛音。琴姉ぇは基本的に穏やかなのに突然怒りの沸点が急激に下がるタイミングがあるんだよね。
猫宮さんが怖がる前に離した愛音のファインプレーに心の中で称賛を送りつつ、受け取った水着に着替える。
ビキニとか抵抗があって正直嫌だけど、色合いやデザインは結構良いかも知れないと思ってしまった。
付けてみるとサイズも合っている。私の好みをしっかり把握されているのがまた複雑な気分になるな。
「どう?詩音さん」
「あっ、いやちょっとその」
「別に恥ずかしいなら見せなくて良いから。自分で着てみて悪くないと思ったらとりあえずキープしておきなさい」
どうやら猫宮さんには私が気にしていることがお見通しのようだ。「これも試してみて」と水着を持った手だけを試着室の中に入れて私に受け取らせる。
渡されたのは黒で統一された大人びたビキニと白と青を基調としたパレオ。それと赤一色の情熱的な水着だった。猫宮さんは私にこういうのを着て欲しいのか?
「意外性はあると思うのよね」
「確かに私なら絶対に選ばない種類だけど」
私が着るよりも愛音や猫宮さんの方が似合いそうだけどな。飛鳥さんも背が高いから様になると思う。
狐鳴さんはまぁ、うん。琴姉ぇが選んだやつとか良いんじゃないかな。きっと可愛い感じに仕上がるよ。
「猫宮さんは何が良いと思う?」
「そうねぇ。琴音さんのはサイズが合わないから無しとして。愛音ちゃんが選んだやつはやっぱりセンスあるなと思ったわ。あと私が選んだやつだとこれかな」
「そっか。それならそれで良いや」
考えることを諦めた私は猫宮さんのおすすめをそのまま採用することにした。他人が似合うと言うのだから変な感じにはならないだろう。
「ある程度目星はついたかしら。それなら次は私のを選んで頂戴」
「えぇっ!?そんなの無理だよ」
「別に気に入らなかったからって文句とか言わないわよ。まぁ、その。ちょっと予算の方は気にして欲しいかもだけど」
な、何という無茶振り。他人に似合うものを選ぶなんて高等スキルを私が持っている訳ないじゃないか。そもそもレディースの売場で男独り水着を漁るなんて通報案件だよ。
しかし猫宮さんは全く引くつもりはないらしい。数回の言葉の攻防の後、惨敗を喫した私は少しでも早く帰還するために早足で店内を捜索するのであった。
猫「お待たせ2人とも」
狼「おーう」
詩「つ、疲れた」
猫「私達の水着ね、お互いに選んだのよ。期待して待っていなさい」
詩「2人は何を買ったの?」
鮫「ビーチボールとかサンダルとか」
狼「これで詩音と遊んだら何か面白いことが起きると思ってな」
詩「変なことしたら首から下を砂に埋めて顔面にクラゲを投げつける」
狼「何それ怖っ」




