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ふぇんりる!  作者: 豊縁のアザラシ
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EP-62 笹の節句

「まぁ、ざっとこんなものだろ」

「さすがお父さん。頼りになるわ」


 「Lese(レーゼ)zeichen(ツァイヒェン)」の一角に飾られた先が天井まで届く立派な笹飾りを見上げる私。これはまた無駄に良いものを用意したものだ。

 今日は7月にある大きな行事の1つである七夕。イベント好きなママがそれを逃す筈も無く、7月の上旬はレーゼで特別なサービスを提供するのだ。

 それは短冊に願いを書いて店内の笹に飾ると、ドリンクを1杯無料で注文できるというもの。好評ではある一方、仕事量が増大するため働く私は堪ったものではない。


「折角だから私達も書きましょう。短冊がない笹は見ていて少し悲しいわ」

「しー姉ぇと相思相愛になりますように」

「叶わぬ願いだね」

「いやー!」


 愛音が発狂しようが何をしようが開店の時間はやってくる。ちらほらとやって来るお客様の数は事前にイベントの告知をしていたからかいつもより多い。

 しかし問題はない。来客数が多いことは想定済みだから今日はスタッフの数を増やして対応するのだ。要は愛音と琴姉ぇが手伝ってくれるだけなんだけどね。

 気になる点と言えば2人がホールスタッフとして働き、私がキッチンに移動になったこと。料理の腕ならまだ琴姉ぇ達の方が上なのに。

 ママは数をこなさないと上達しないと言うけれど、美味しくないものをお客様に提供してクレームが出る方が私は嫌だ。しかしママの意見も一理あるとは思っている。やるからには精一杯頑張る所存だ。私が抱える本当の疑問はまた別にある。


「ねぇ、ママ」

「なーに?」

「どうして2人は私と同じ制服でなく、普通のエプロンなのかな」


 仕込み作業を進めつつ、愛想良く注文を取る声を聞きながらママに素朴な疑問を投げかける。今でこそ慣れたものの、最初にこのエプロンドレスを着たときはかなり抵抗があった。

 挙げ句の果てに髪型をツインテールにされたというのに、琴姉ぇ達は私服かエプロンを身に付けているだけ。何故このような差が生まれてしまったのだろうか。


「実はまだ用意できてないの。特に愛音には詩音とお揃いが良いって言われたんだけど、発注のタイミングが遅くなっちゃって」

「私のときは頼んでもいないのにサイズぴったりのものを用意していたのに」

「詩音の夏衣装のデザインをこだわり過ぎた私のミスよ。反省しているわ」

「夏服!?何それ初耳なんだけど」

「我ながら力作よ。愛音も理由を説明したら快く許してくれたわ」


 そう言うことを聞いているのではない。どうして私が知らないところで勝手に話を進めるのかと聞いているのだ。

 仮に私の夏服を作るにしても2人の制服を用意する方が優先順位が高いだろうに。私と違って完全オーダーメイドではないのだから時間もそこまでかかないはずだ。

 納得がいかない鬱憤を千切りキャベツにぶつける。すると微妙に上手く切れずに一部が繋がったままになってしまった。もやもやしていてもそれを料理に向けるのは良くなかった。反省しよう。


「詩音、オーダー入ったよ」

「じゃあ飲み物は私が準備するから」

「ん、分かった」


 仕込みを中断して注文の料理を優先して作る。開店前にしっかり準備しているから、さほど時間をかけずに済む。


「ねぇ、詩音」

「なーに?」

「ハンバーグを可愛く成形して作るとお客様も喜ぶわよ」

「そんなことしません!」


 ママの戯言を無視してシンプルなハンバーグ定食を作った。そういうサービスをお求めなら他のお店に行けば良いのだ。


「しー姉ぇ、オーダー来たよ」

「はいはい」

「キッチンにいる獣耳お姉さんとお話がしたいって」

「そんな奴は入店拒否だ」

「でもこれ3歳くらいの子が短冊に書いていたんだよ」

「それを先に言え!」


 七夕の願い事なら仕方ない。ちびっ子の無垢なお願いを断るなんて私にできるはずがないじゃないか。


「あっ、ほら来てくれたよ」

「いらっしゃいませー」

「わー、きれいー」

「無理を言って申し訳ありません」

「大丈夫です」


 幸いまだ開店したばかりでお客様の数は多くない。少し雑談するくらいの時間なら取ることができる。

 他愛のない話しをしつつ、飲み物が運ばれたところでさり気なく席を離れる。しかしその効果はなく、離れるときその子はとても悲しそうな顔をしていた。喜んでくれるのは嬉しいけど、私も一応仕事中なんだ。ごめんね。


「詩音、オーダーが来たわよ。オムライス大盛り2つね」

「うぅ、今は手が離せないの。ママお願い」

「はいはーい」

「でもこのお客様、詩音に作って欲しいって短冊に書いていて」

「シェフを指定する客なんて初めて聞いた」

「しー姉ぇ、ピアノ一曲弾いて欲しいって」

「私指定のお願い事が多くない?」


 どうやらちびっ子の素敵なアイデアを悪用しているヒト達がいるらしい。ここはご飯を食べるところなんだからそういう注文は他所でやって欲しい。

 気付けばキッチンよりホールで対応している時間の方が長くなり、さすがに仕事にならないと判断したママにより強制的に回収された。僅かな話し合いの結果、当初のイベントの通りドリンク以外のサービスは無しと徹底されることになった。

 そして私はキッチンから外に出ることを禁じられた。頼まれると断れないのだからママの監視下に置かれることになったのである。事実なだけに何も言い返せない。

 しかし純粋に私を好いてくれる子どものお願いを断るのはどうしても忍びない。それをママに話したところ妥協案として通り、その結果少し面白い光景が誕生した。


「お姉さん。オレンジジュースを下さいな」

「私はリンゴジュース」

「僕は牛乳」


 キッチンの向かいにあるカウンター席に並ぶのは家族と一緒に来た子ども達。無料のサービスドリンクを飲みながら料理が運ばれるまでの間、私を交えて談笑する。

 その姿はさながら子ども専用のバーカウンター。足が付かない高い席によじ登る姿は見ながら、私は料理の合間に彼らの話し相手になるのであった。

愛「私は諦めない。願いが叶うまで毎年書き続けてやる」


詩「だから無理だって」


愛「やってみないと分からないもん!」


詩「そうじゃなくてさ。もう叶っている願い事をしても意味ないでしょう」


愛「えっ」


詩「私は愛音のこと、大好きだもん」


愛「ええぇー!ひゃああぁー!」


詩「大切な家族だからね。あれ愛音?」


愛「ぷしゅうぅ〜」


琴「頭がオーバーヒートを起こして気絶したわね」


詩「なんで?」

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