EP-58 青春
1日の授業を終えた放課後では部活に所属している生徒が各々の活動に熱心に取り組む。限りある青春の時間を有意義過ごす彼らはスクールライフを鮮やかに彩っていた。
しかしその一方で困難に直面して苦しみもがく者もいる。中には夢半ばで気持ちが折れてしまい、心が荒んでしまうこともある。
「よぅ、相変わらず今日もサボってるな」
「お前には言われたくねーよ」
野球部に所属する間蛸優。サッカー部に所属する烏賊利隼人。バスケ部に所属する帆立光輝。中学ではそれぞれの得意なスポーツでエースとして活躍していた。
しかしそれは過去の栄光。高校に進学しても続けたものの、そこは自分より強い者が大勢いる別世界だった。最初こそ必死に喰らい付いたものの成果は出ず、次第に気持ちが追いつかなくなり今は部活に行くのもやめてしまった。
そんな後ろめたさを背負う似た者同士の彼らだが、かと言って非行に走るような良識が無い訳では無い。下校中に寄り道して遊ぶのは校則違反だからとするつもりはないし、真っ直ぐ家に帰れば部活に取り組んでいると信じている家族に合わせる顔がない。
結局は部活が終わるまで人気の無いところに集まっては時間を潰しているだけだ。
「先月発売されたゲーム。あれどこまで進んだ?」
「俺ラスボス前まで来たぜ」
「俺はエンディングまで見た」
「ネタバレはやめろよ」
似た境遇を経た故に友達となった3人だが、このまま腐っているのは良くないことくらい分かっている。しかし一度挫折した心を立ち直らせるのは簡単なことでは無い。
きっと自分達ではいつまで経っても変わらないだろう。何か変わるきっかけでもあれば。そんな他力本願な希望を秘めて彼らは貴重な時間を無駄に過ごす。
しかし今日、彼らの錆びついた時計の針が再び動き始める。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「それでは第一回かくれんぼ大会。よーいスタート!」
狐鳴さんの合図と同時に散り散りに走り出す5人。残された私は何をすることもなくただ虚空を見つめていた。何故私はただ1人パーを出してしまったのだろうか。
いや、いつまでもこうしてはいられない。じゃんけんであいこにもならず負けた私にできることは逃げた皆んなを見つけることだけ。予定していた待機時間は既に過ぎていることだし、早く探しに行くとしよう。
「ここにもいない」
机や教卓の下。ゴミ箱の中から昇降口に並ぶ靴箱まで一つ一つ開けて確認するけど誰もいない。なんて隠れるのが上手いんだ。私を騙して帰ったので無いならば忍者の末裔でもなければ説明がつかないぞ。
「ねぇ、あの子見て」
「あれが噂の」
「ちょっとスマホ貸して」
どうしたものかと考えていると遠巻きに私を指差す学校の生徒達が集まって来た。離れた位置にいるけれど私の目と耳を甘くみてはいけない。声を潜めても私に関する話しをしていることはばっちり聞こえている。
やっぱり私が物珍しいのだろう。でも見世物になるのは嫌だからその場から逃げるように移動する。かくれんぼの鬼をやっているはずなのにどうして私が逃げる羽目になるのやら。
ヒトの気配が少ないところを探して歩いていると聞き覚えのある声がした。クラスメイトの誰かが話しをしているみたいだ。
「このあとカラオケとか行かないか?」
「お前の奢りなら行く」
「俺も」
「お前らなぁ」
声を頼りにたどり着いたのは体育館の裏側。建物の角から顔を覗かせるとやはりいた。
話し込んでいるのは3人。様子からしてしばらくここにいたみたいだ。折角だから誰か来ていないか聞いてみよう。目撃情報を聞いてはいけないなんてルールはないから大丈夫のはず。
でも私から声をかけるのはちょっと恥ずかしいな。もう少し近付いたら声をかけてくれるかな。
「と言うか下校中に寄り道するなんて校則違反だぞ」
「遊びに行くなら一度家に帰って私服に着替えた後にしよう」
「すごい正論で攻めてくるのやめて」
少し近付いては様子を見て、少し経ったらまた近付く。不意に視線を向けるので側にある植え込みに素早く身を隠す。いや何故身を隠したんだ私。気付いて欲しくて近付いているのに意味が無いじゃないか。
別にやましいことは無いのだから堂々とすれば良いのだ。それに1つ質問するだけなんだから難しいことは何もない。大丈夫、今の私ならできる。
「えっ、あれ言ノ葉さん!?どうしてこんなところに」
独りで意気込み、気持ちを鼓舞していたら先に見つかった。何故分かったのかと思ったけど、よく見ると植え込みの上部から耳の先がしっかり飛び出していた。何やっているんだ私。
「いやその、大したことじゃないんだけど。良介達を見なかったかなと」
「大狼か。見てないな」
「そもそもこんなところ誰も来ないよ」
「そっかぁ。ところで皆んなはここで何をしているの?」
「あー、えーっと」
何気なく聞いたことだけど言い淀む3人。私の質問ってそんなに答え難いことなのかな。
「部活だよ。ただ行く前に偶然ここで会ってさ。ちょっと話していただけなんだ」
「部活!凄いね!」
確か間蛸君は野球部、烏賊利君はサッカー部、帆立君はバスケ部だったはず。パパラッチ顔負けの情報収集能力を持つ狐鳴さんが言っていたから間違いない。
私は運動が苦手で球技なんて全くできない。だからそれらが得意な上に更に練習を頑張り上を目指すヒト達は皆んな凄いと思う。
「スポーツが得意だなんて格好良いなぁ。尊敬するなぁ」
「いや、俺らなんて全然大したことないって。本当に」
「そんなことないよ。だって優君、ドッジボールでとても速い球を投げてたもん。きっと強い投手になるよ」
「な、名前呼び」
「隼人君はクラスで1番足が速いから、どんな場所にあるボールも取ってゴールまで運べるよ」
「そうなのか。あまり気にしたこと無かったけど」
「光輝君は背が高い。だからバスケ強い」
「俺の取り柄それだけ?」
「スポーツができる男子ってそれだけでも格好良いんだよ」
少なくとも私はそう思うと断言すると3人揃ってあらぬ方向に視線を逸らす。私は何か変なことを言ってしまったのか?
視界に入ろうと移動して逸らされて、また移動するとやはり逃げられる。なんかちょっと楽しくなってきたぞ。
「そうだ言ノ葉さん。折角の機会だから1つ教えて欲しいんだけど」
「なーに、優君」
「はっきり言って言ノ葉さんは俺のことどう思っているのかなって」
どう思っているのか。そりゃあ普通のクラスメイトだと思っているけど。でも見た目がおかしい私のことを受け入れてくれてとても嬉しかったな。
そんな良いヒトのことが嫌いという事は当然ない訳で。嫌いでないとすればもう答えは決まっているよね。
「私は優君のこと、好きだよ」
「へっ?」
「なぁん!?」
思ったことをそのまま伝えてたら飛び上がって驚かれる。そんなに以外な答えだったのかな。今まで色々と助けてくれた相手のことを嫌う方が難しいだろうに。
「それなら俺は。俺のことはどう思ってる?」
「初めて会ったときから好きだよ。隼人君」
「ぐふぅ!?む、胸が」
突然膝を付いて胸を手で押さえて前屈みになる隼人君。いきなりどうした。保健室に連れて行った方が良いのか?
「それなら俺は!俺はどうだ!?」
「大好きだよ。光輝君」
「ぐはぁ!」
何者かに殴られたかのように突然後方に吹き飛ばされる光輝君。今日はそんなに風は強くない筈なのに何故なんだ。
「皆んな大丈夫?保健室行く?」
「あぁ、大丈夫だ。俺達は至って正常だ」
「そう見えないから聞いているのだけど」
「俺達のことより大狼達を探しているんだろ。早く行った方が良いよ」
「そうだった!じゃあまた明日ね」
話に花を咲かせて忘れていた目的を思い出す。早く皆んなを見つけないと。
私は後ろで手を振っている3人に同じように手を振り返すと再び校内に戻ることにした。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
詩音が去った体育館の裏。そこには間蛸、烏賊利、帆立の3人が地に伏したまま雄大な雲が流れる青空を見上げていた。
彼らの脳内に繰り返し流れるのは先程の詩音の言葉。彼女は確かに自分のことを好きだと言ったのだ。
いや、彼らとて勘違いをするほど浮かれてはいない。詩音の好意は愛では無く友情による好意であることくらい分かっている。
十二分に理解した上で彼らは思う。「想像の中くらい自分の都合に良い解釈をしても良いじゃないか」と。
「烏賊利、帆立。この日を境に俺達は変わるぞ」
「あぁ。言ノ葉が見せてくれた笑顔に恥じない男になる」
「目下の目標は夏休み明けの体育祭だな。生まれ変わった俺達の姿を見せつけてやろうぜ」
後に3人はこう語る。この年の夏が後にも先にも最も過酷であり、充実した時間を過ごしたと。
母「皆んな知ってる?今日の午後、この辺り一帯で通信障害のトラブル発生って速報があったの」
詩「またか。最近そのニュース多いよね」
愛「やっぱりそうなんだ。しー姉ぇに愛してるってメールを送ったのに届かなかったんだよ」
詩「うん。前に同じ文面のメールが来たときに着信拒否にしたからね」
愛「そんなぁ!」
琴「直ぐに復旧したけれど、一部の利用者が最近保存した写真や動画のデータが消えたらしいよ」
母「インタビューに答えていたヒト達も本当に残念そうにしていたわ」
父「はっ、自業自得だな」
詩「パパは何か知っているの?」
父「いやー、別にー」




