EP-57 料理テスト
「やった。遂に私はやり遂げた」
出先から戻り帰宅した私は誰かに話す訳でもなく自分を称賛する。この日私はとうとう大きな目標を達成したのだ。
それはお使い。この姿になって以来、私は初めて1人でお使いをすることができたのだ。注目されているのを感じて何度も怖気づきながらも目的のものを購入。無事に我が家に帰還することができた。
性別が変わり狼の耳と尻尾が生えて4ヶ月と少し。見知った地元なら1人で出かけることができるまでに成長したのだ。私すごい。さすが私。
「ただいまー」
「お帰り」
「あれ、どうしたのママ」
戦利品を携えてキッチンに行くと何やら普段とは異なる雰囲気を感じた。それもそのはず。いつもに増して小綺麗にされた辺りには見覚えの無い骨組みが立っていて、取り付けられたカメラが作業スペースを映すように設置されている。
「ちょっとね、久しぶりに動画でも撮ろうと思って」
「ふーん」
ママがカフェを始めた理由はそれ以前に定期的に撮っていたレシピ動画が好評だったからだそうだ。カメラを始めとした機器の知識があるのもそうした過去があるからである。
しかし撮影をするなら私は邪魔だな。じゃがいもと玉ねぎを置いて部屋に戻るとしよう。
「そうだ。折角だからあなたが料理の作り方を教える動画を撮りましょうよ」
「えぇっ!?そんなの絶対に嫌だよ」
「分かってる分かってる。あくまでもその体で料理をしてみようって話。本当にカメラを回す訳ないじゃない」
「どうしてそんなにやり難いことをしないといけないのさ」
「料理は他人に教えられるようになって初めて習得したと言えるのよ」
「そうなの?」
「そうなの。私が教えたことをどこまでできるのか見せて頂戴」
「そういうことなら仕方ないなぁ」
何故か頑なに譲らないママに押される形で料理の準備をすることになった。何度か作った料理なら大きな失敗をすることもないと思うから別に良いけど。
何を作るのかと聞けば全て任せるとの返事が返ってきた。それならたくさん買ってきたじゃがいもがあるからコロッケにするとしよう。詰め放題で過去の記録を更新していたお婆ちゃんが分けてくれたから沢山あるんだ。
「ふぇんりるキッチン、はーじまーるよー」
「何その導入」
「シリーズのタイトルがある方がそれっぽいでしょ。それじゃあふぇんりるちゃん。今日は何を作ってくれるのかな?」
「誰がふぇんりるだ」
「だって本名は伏せないといけないし。とりあえず今はそう名乗っておいて」
カメラの外で騒ぐママをジト目を送る。まだ何もやっていないのに少し疲れた気がする。
1人で撮影する料理動画だからカメラは食材を切るまな板と調理するコンロを真上から撮る2台しか無い。仮に動画を撮ったとしても手元しか映らないね。料理がメインだからそれで充分だけど。
「ふぇんりるちゃん。今日のご飯は何かな?」
「コロッケだよ」
「これが生配信なら今頃チャット欄はスパチャの嵐よ」
「す、ぱちゃ」
いつの間に持って来たのか、カメラを構えて話しかけてくるママ。何を言っているのかいまいち理解できないけど、まだ何もしていないんだから何も起こらないよ。
ランダムな凹凸があるじゃがいもの皮を剥くのは素人には難易度が高いと思う。しかし私はひたすらポテトサラダを作った過去がある。じゃがいもの扱いはそれなりに上達しているのだ。
小慣れた動作でレンジで温めて程良く潰し、調味料で味を付ける。次にやるのは玉ねぎの微塵切り。何度やっても目が痛い。辛い。
「涙目のふぇんりるちゃんは内に秘められたS気質を揺さぶってくるわね。破壊力抜群よ」
「うぅ、いつも思うけどこれどうにかならないのかな」
「玉ねぎはレンジで少し加熱してから切ると良いわよ」
「それ早く言ってよ!」
玉ねぎを全て微塵切りにした後にさらりと呟くママ。玉ねぎに泣かされたことは何回もあったけど、そんなコツ一度も教えてくれなかったじゃないか。なんて酷い母親なんだ。
場所を移動してコンロの前に移動する。油を引いたフライパンに挽肉を炒めて、一度取り出した後に続けて玉ねぎを炒める。泣かされた恨みをここで晴らしてやるのだ。
「ふぇんりるちゃん。最近学校で何か面白いこととか教えてよ」
「急に何さ」
「玉ねぎを炒め終わるまで少し時間あるでしょ。動画なんだから間を繋がないと」
「編集で消せば良いと思うけど」
面白い話しか。そう聞かれると私のクラスメイトは話題に事欠かないヒトばかりだ。さて、誰の話しをしようかな。
「この前ね、私の隣の席にいる」
「ふぇんりるちゃん。本名は言っちゃダメよ」
「あっ、そうだった。じゃあ隣の席のシャーク君がね、教科書を忘れちゃったの。だから私の教科書を2人で一緒に見て授業を受けたんだ」
「シャーク君と仲が良いのね」
「うん。それに優しいんだよ。私が落とした消しゴムがシャーク君の足下に転がったんだけど、わざわざ拾ってくれたたんだ」
「良かったわねぇ」
鮫島君の話に花を咲かせている間に料理の方も順調に進む。程良く炒めた玉ねぎと先に炒めた挽肉を合わせて調味料を加える。
「ここでじゃがいもにグリンピースを入れます。あと刻んだ人参ととうもろこしも入れます」
「あら、それはどうして?」
「彩りが豊かになって美味しくなる気がするからです」
「目で見て楽しいのは大切よね」
「グリンピースが嫌いなヒトは枝豆でも良いと思います」
混ぜたコロッケの種の粗熱を取っている間に衣の準備をする。その後じゃがいもと挽肉を混ぜて大判型に整える。普段ならそれだけなんだけど、折角だから面白い形にしてみよう。
試行錯誤することしばらく。私の目の前には見慣れたコロッケの形の他にハート型のそれが並んでいる。私の技術ではこれ以上の複雑な形を生み出すことは不可能だったんだよ。
油を温める間にコロッケに衣を付ける。遂にコロッケ最大の山場がやってきた。
「わぅ、わうぅ。熱っ!」
できるだけ丁寧に揚げたつもりだけど少し油が跳ねた。やっぱり揚げ物は難しい。せめて焦げないように作らないと。油を泳ぐコロッケをじっと見つめて掬い上げる機会を待つ。
「これでどうだ」
「あら完璧。さすがふぇんりるちゃん」
こんがり綺麗に揚がったコロッケの油を切る。これを繰り返して用意した全部を順番に揚げてお皿に盛り付ける。意味は無いけどちょっとだけ見栄えを意識してみたよ。
「これにてコロッケ完成です」
「お疲れ様。大きなミスも無く上手くできたわね。花丸あげちゃう」
「えへへ」
「でもふぇんりるちゃん。コロッケを作るなら付け合わせのキャベツくらい無いとママはちょっと悲しいわ」
「わぅ!?忘れてた!」
綺麗に揚がったコロッケだけのお皿を見下す。料理はできるようになってきたが、手際の良さという点ではまだまだ精進が必要なようだ。
詩「どうして玉ねぎは切ると涙が出てくるの?」
母「玉ねぎの細胞には血液をサラサラにする硫化アリルという成分が含まれているの。硫化アリルは揮発性があって、包丁で切ると気化するの。これが目や鼻の粘膜を刺激すると、涙を流すように神経が信号を出しちゃうのよ」
詩「へー」
母「レンジで温めると良いのは硫化アリルが熱に弱い性質だからよ」
詩「お手軽な対策だね」
母「ちなみに生で食べるなら冷蔵するのもオススメよ。低温だと硫化アリルの揮発性が弱まるから涙が出にくくなるわ」
詩「温めても冷やしても良いんだね」
母「硫化アリルは水溶性だから水にさらす方法もあるけど、これはママはオススメしないわ。折角の血液サラサラ成分を水に流すのは勿体無いから」
詩「玉ねぎ1つでも奥が深いんだね」




