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ふぇんりる!  作者: 豊縁のアザラシ
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EP-55 五月雨の恵み

 日本の一年間で最も辛い季節はいつなのか。うだるような暑さの夏か、頬が凍りそうなほど寒い冬か。はたまた急な気温の変化で体調を崩しやすい秋か、花粉症が辛い春か。その感覚はヒトそれぞれによって異なると思う。

 では私の苦手な季節はいつなのか。それは今日の天気を見れば一目瞭然である。


「雨、今日も降っているわね」

「うー」


 3日前から続く長雨の元凶である曇天を見上げて私は唸る。(いにしえ)の時代より伝承される最強の気象操作兵器(てるてる坊主)を用いても効果が無いとはなんて恐ろしいやつだ。1個では足りないと思ったからてるてる家族にしたというのに。

 梅雨がもたらす湿気は私の天敵だ。毛が生え替わり夏仕様になったとは言え、毛量が多いから手入れがとても大変なのだ。今朝起きたときの姿なんて誰にも見せられないよ。

 しかし雨が降ったからなんて理由で学校を休む訳にはいかない。目指せ無遅刻無欠席。


「4月から1ヶ月も休んでいたんだから皆勤賞は無理だけどね」


 折角ヒトが意気込んでいるのに水を差さす愛音。そんな奴の朝ご飯は焦げたトーストで充分だ。

 家族の分を焼いて唯一失敗したそれを運ぶ。角が炭と化したトーストを前に、愛音は哀愁を漂わせながらマーマレードを塗り始めた。


「風は強くないとはいえ濡れないように登校するのはまず無理よね」

「尻尾にビニール袋を被せれば良いのよ」

「あれ人前ではやりたくないんだけど」


 ママが言ったのは換毛期に寝るとき、無限の抜け毛からベッドを守るために考えた苦肉の策である。尻尾を入れた袋の口を尻尾の付け根で結ぶことで抜け毛が布団に付くのを防ぐことができるのだ。

 でもあれは寝にくいし、翌朝のブラッシングが大変だからあまりやりたくない。寝具一式の洗濯と天秤にかけるとまだマシというだけだ。


「やっぱりパパが車で送って行こうか」

「雨が降るたびにそれは大変だよ。下校するときはできないでしょ」

「詩音のためならばパパに不可能は無いよ」

「お父さん。仮にできたとしてもそれはそれで怖いわよ」


 バイトのときに身に付ける髪飾りにボイスレコーダーを仕込んでいたことはまだ記憶に新しい。対になるもう1つの髪飾りはGPSになっていたと言われても私は驚かないぞ。

 それに私だって梅雨を迎えるまで何も対策をしていない訳ではない。窓際でにっこり笑うてるてる坊主以外にも用意はある。

 朝食も終えていざ登校というとき、いつものように傘を手にする姉妹2人に対して私はそれを装備する。


「じゃーん、レインコート」

「おぉー」

「可愛いー」


 制服の上に着た雨衣(あまい)はポンチョのようにゆとりがあるから、大きな尻尾もしっかり覆い隠すことができる。フードを被り傘を差せば耳が濡れる心配も無い優れものである。

 惜しいのは慣れないネット通販で買おうとして四苦八苦する私を見兼ねたパパに購入の操作を任せた結果、届いたそれは明るい色合いが映えるファンシーな柄が描かれた女の子向けのものだったということ。何故あのときの私は最後まで自分の目で選ばなかったんだ。


「雨にはしゃぐ女児にしか見えない」

「女児言うな!高校生だぞ!」

「詩音は背も小さいし童顔だから、頑張れば高学年の小学生くらいにも見えるわ」

「頑張って見るんじゃない」


 今頃私の尻尾は毛を逆立てて反対の意を示していることだろう。レインコートのせいで全く分からないけれど。

 雑談も程々にして学校に向かう。目的地は3人とも違うけど途中までは同じ道を通るのだ。

 セットで買うとお得だからという理由でこれまたパパが買った長靴を履く。偶然が必然か、手にした傘とレインコートのデザインに合っている。どれ1つとして私が選んだものは無いのにコーディネートとして上手くまとまっているのがまた腹が立つ。


「みてみてしーねぇ、カタツムリがいるよ」

「風情があるねぇ」


 近所の家の庭に咲く紫陽花とカタツムリ。時間には余裕があるのでじっくりと観察してみる。

 辺りを包む雨音。梅雨特有の水の匂い。雨粒に揺れる紫陽花。何を思っているのか、時々ゆっくりと動くカタツムリ。こういう時間の使い方、私は好きだなぁ。

 帰りも寄ってみようと決めつつ先を進む。歩く度に長靴から地面の凹凸や水の冷たさを感じる。靴よりも自然を感じやすくてちょっと新鮮な気分になる。

 水溜りを踏んでも足が濡れる心配は無い。むしろ水が跳ねる音を聴くとちょっとだけ楽しくなる。途中から自ら水溜りを踏みたくなってしまう。


「ふんふん、ふふん」

「雨にはしゃぐ女児にしか見えない」

「童心にかえる詩音も良いわね」

「後で悶絶するしーねぇの姿が目に浮かぶよ。動画撮ろっと」

「るんるん」


 湿気が憎い雨だけどたまには良い仕事をしてくれる。そんなことを考えながら私は2人と別れて学校へ向かった。

詩「おはよう」


狐「おはようしーちゃん」


鮫「どうしたの?テンション低いね」


詩「今日ね、雨に濡れたくないからレインコートを来てきたの」


鳥「それで?」


詩「レインコートって着てみると結構暑くてさ。着ないよりも汗をかいたからあんまり意味なかった」


猫「確かにレインコートは蒸れるわね」


詩「あと濡れたレインコートの置き場所が無くて困っている」


狐「それは大狼の机に置いて置けば良いよ」


狼「よくねぇよ」

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