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ふぇんりる!  作者: 豊縁のアザラシ
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EP-54 伝播する恐怖

 私はこの休日、性別が変わったときに勝るとも劣らない衝撃を受けた。事件の発端は今朝まで遡る。

 朝の身支度と朝食を済ませて家事を手伝うまでの束の間の休息。テレビを見ながらソファを陣取り、いつものように尻尾を櫛で梳く。

 暇さえあれば手入れをしていることもあり、つい数ヶ月前からまで無かったとは思えないほど自身に馴染んでいる尻尾。犯人を探す刑事の気分で枝毛を探していたときに私は違和感に気付いた。


「ん?」


 梳いた櫛を見ると抜け毛が掬われている。それはいつものことだしある程度は仕方のないことだけど、今日はやたらと数が多い気がする。

 それから繰り返し梳いてみるが減る気配が無い。何回か櫛を通せば次第に減っていくのにな。


「もふもふー!」


 考え事をしていたこともあり愛音の突進に反応が少し遅れた。咄嗟に尻尾を盾にして身を守る。下手に逃げるとそのまま押し倒されてしまうからこれはもう仕方ない。


「うっへっへっ。このために生きているわぁ。ってあれ?」


 抱きついた愛音がふと離れると、その両手には大量の抜け毛が握られていた。二、三本絡んでいる程度では無い。文字通り一掴み分の毛が握られているのだ。

 場を静寂が包む中、ようやく状況を理解した愛音が錆びた機械人形のような動きで私に顔を向ける。私もまた背筋に冷汗を流しながら視線を合わせる。


「し、しーねぇの毛が。しーねぇの毛がぁ!うぎゃああぁごめんなさいぃ!」

「落ち着け。私は平気だから落ち着け」


 内心パニックなのは私も同じだけど、尋常ではない発狂をする愛音を宥めるためどうにか冷静を保っている。と言うか半狂乱でテーブルの角に何度も頭を打ちつける愛音の奇行に対する驚きの方が勝ったよ。

 美人が台無しの酷い顔で縋り付く愛音の相手をしていると騒ぎを聞きつけた皆んなが集まって来た。


「どうした。何があったんだ」

「一大事だよお父さん。しーねぇの毛がごっそり抜けちゃったんだよ!」

「なんだとぉ!?大丈夫なのか詩音!」

「大丈夫だよ」

「どこか痛いところはないか?最近悩んでいることはないか?ストレスを溜め込んでないか?」

「ないよ。強いて言うなら今だよ」


 すぐ近くで騒ぐ2人に囲まれたらそりゃあストレスも溜まるよ。私に構わずどこかに行け。きっとそれが1番良い薬になるから。

 遅れて来たママが扉越しに手招きしているので隙をついて逃げる。素早く部屋を脱出して悪霊に取り憑かれた2人を閉じ込めることに成功した。


「それで抜け毛が酷いっていうのは本当なの?」

「うん。あの2人(妹&パパ)でなくても普通に驚くくらい」

「あらぁ、確かにこれは凄いね。一先ず病院に行って診察してもらいましょう」

「そうだね」


 幸い必要な荷物は悪霊が巣食う部屋には無いからこのまま病院に行っても問題ない。そう思った矢先、扉を激しく叩く音がした。

 何事がと振り返ると扉が僅かに開けられていて、閉じ込めた悪霊が今まさに飛び出そうとしていた。細い隙間から私を見るな。瞳孔が開いていてとんでもなく怖い絵面になっているぞ。


「ここは私に任せて。2人は先に行って!」


 そう言うとママは扉に体当たりして無理矢理閉じた後、ドアノブを押さえて開けられないようにする。もしも指を挟んでいたら大変な惨事だけど2人は大丈夫だろうか。

 そんなママの決死の覚悟も虚しくドアノブは動き開けられようとしている。相手は2人がかりで開けようとしているのかな。いずれにせよ扉が壊れるからやめなさい。


「そんなの駄目よ!お母さんまで居なくなったら私達はどうすればいいの!」

「そうだよ。車がないと不便だよ」

「私のことは大丈夫。後で皆んなでパスタを食べましょう」

「約束よ。約束だからね!」

「私はミートスパゲティが良いな」


 こうして私は琴姉ぇと共に家を飛び出して病院に向かった。

 お昼ご飯のパスタ、楽しみだなぁ。


・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


「それは換毛だね」

「かんもう?」


 病院に到着するや否や、コーヒーを片手にくつろぐ竜崎先生に琴姉ぇは捲し立てるように症状を説明する。突然の訪問に呆気に取られた様子で固まる先生だったが、話が終わるとたった一言そう告げた。


「動物には暑い夏や寒い冬が来る前にその環境で過ごしやすいように毛を生え変わらせる奴がいるのさ」


 竜崎先生が言うには、夏を前にした春頃にはふわふわな冬毛が抜けて密度が少ない夏毛になり、そして冬を控える秋には夏毛が抜けて冬毛が生えてふわもこになる。こうして気温や温度の変化に対応できるように毛が一気に抜ける時期があり、それにより自分の体を調節するのが換毛らしい。


「換毛期がある犬は1ヶ月以上の期間が掛かるんだけど」

「1ヶ月!?」

「全身が毛で覆われている訳では無いからもう少し短いとは思うよ。でも狼に姿が変わったときとかは覚悟した方が良いかもね」


 これもまた姿が変わった弊害と捉えるしかないか。空想の物語に出る獣人もこうした苦労を抱えているのかもしれない。

 とりあえず帰ったら真っ先にベッドを掃除しよう。まず間違いなく大惨事が起きているはずだ。


「病気とかではないんですね」

「むしろ正常です。きちんと毛が抜け替わらないと夏に熱中症になりかねない」


 竜崎先生の言葉に琴姉ぇもほっと胸を撫で下ろす。とりあえず大事でなくて何よりです。

 さて、残る問題は今も我が家を徘徊しているであろうアンデッド達だけど。どうやって説明したものかな。

竜「それで何故お2人の自宅まで俺がついて行く必要があるんです?送るならまだしも家にお邪魔するのは干渉し過ぎだと思いますが」


詩「実は今、我が家でもふもふロストハザードが起きているんです」


竜「もふもふロストハザード!?」


琴「突然もふもふを失ったことで精神が不安定になり、もふもふを求めて周囲のヒトを襲うようになったんです。近付くと負の感情が伝播してもふもふを求めて彷徨うようになります」


竜「ゾンビウィルスの感染爆発(パンデミック)よりタチが悪い精神病だな」


詩「この事態を終息させられるのは先生だけなんです」


竜「診断書1枚でどうにかなるとは思えないなぁ」

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