EP-52 成果
自分が働いているときに知り合いが遊びに来ると居心地が悪いと聞いたことがある。そんな状況に自分が陥るなんて、昔の私は想像できただろうか。
「試験終了お疲れ様でしたー。かんぱーい!」
「「「乾杯」」」
試験終わりの慰労会を「Lesezeichen」にて開催することが決定したのがつい先日のこと。思いつきの計画であるにも関わらずママが二つ返事で了承したため、例の6人で集まったのだ。
テーブルの一角を予約して行われる慰労会だけど、学校の友人が集まると聞いたママはそれはそれは有頂天になっている。通常の営業の合間を利用して色々と仕込みをしていたらしく、結構手が込んでいるものが並ぶ予定だ。
ちなみに私は通常のお客様の対応もするので、いつ呼ばれても良いようにカフェの制服に着替えている。慰労会なのに私だけいつもと変わらないのは何故だ。
「なんか凄く豪勢なものが並んでいるのだけれど」
「外食なんていつ以来かな」
彩り豊かな品々に目移りしている猫宮さんとナツメ君。一応ママは参加費を貰っているみたいだけど精々ワンコインくらいだと思う。
まず有り得ない待遇に2人とも申し訳なさそうにしているけど、誰よりもママが楽しんでいるから気にしないで大丈夫だよ。
「店員さーん、オムライス1つくださいなー」
「調子に乗るな」
「厨房にいるしーちゃん。控えめに言って良いね」
「程々にしなさいよ」
こうやって離れて見ていると皆んなの好みが分かるからちょっと面白い。
まず良介はひたすら肉や揚げ物を食べている。唐揚げやミニハンバーグにローストビーフ。私はお前の食生活が本当に心配だよ。
食事もそこそこにスマホを構えている狐鳴さんの前にはスイーツが並んでいる。試験が終わった後にも甘味を求めるんだね。
飛鳥さんは大量の炭水化物をその細身の体に収めている。その様子に狐鳴さんと猫宮さんが戦慄している。あれだけ食べて体形に変化が無いのは確かに凄い。
対する猫宮さんはベジタリアン。普段食べる機会が少ない珍しい野菜を中心に食べている。
海鮮をメインに食べているのはナツメ君だ。彼の好みは知らなかったけど、この機会に分かって良かった。
皆んなの好みを把握したところでオードブル用の大皿にそれらを盛り付けて運ぶ。普段運ぶものより大きいから慎重にね。
「お待たせしましましたー」
「うわわ、凄いの来たね」
「これ食べ切れるかしら」
「詩音も何か食えよ」
「色々と頼んでおいてよく言うよ。でもそうだな、まずはそれを頂くよっ」
へらへらと笑う良介の隙を突いて彼が持っているフォークに刺さった唐揚げを攫う。食べようと思っていたものを直前で盗られる気分はどうだ。
それにしても我ながら良い出来栄えだな。ママに付きっきりで教えてもらった成果は着実に出ていると思う。成長を実感できるとやっぱり嬉しいよね。
「あっ、唐揚げ」
「ヒトにフォークを向けるからそうなるんだよ。じゃあ飲み物とか持って来るね」
「いや、それ俺の食いかけ」
トレイに飲み物を乗せて戻ると良介が飛鳥さんにヘッドロックされていた。賑やかなのは良いけれどあまり暴れ過ぎないで欲しい。
「何が起きたの?」
「うん?うんまぁ、気にしなくて大丈夫だよ」
「言ノ葉さんは間接キスをする男女ってどう思う?」
「ちょぉい!」
猫宮さんの質問に対して何故かナツメ君が奇声を上げる。聞かれたのは私なのに。
「仲が良いんだなぁ。って思うよ。私も愛音によくやられるし」
愛音はどういう訳か私のご飯を食べたがる。自分の目の前にも同じものがあるにも関わらずだ。その後で自分の分を私にくれるから構わないんだけど、あれには一体どんな意味があるのやら。
「その2人が家族とかでは無いとしても?」
「そうだね。応援したくなるよね」
「なら質問を変えるわ。言ノ葉さんがその当事者の場合はどう?」
「私はそこまで潔癖症じゃないよ」
「そっちの方を考えるか」
「あっ、でも」
少し想像してみよう。身内以外の異性との間接キス。つまり家族でも無い女性ということか。それこそ猫宮さんみたいなヒトが相手だったらどうなるのかな。
改めてみると猫宮さんって綺麗なヒトだよね。外見は勿論のこと、背筋は正しいし頭も良い。それに私と違って自分の意見を持っていて、周りに流されずにしっかりと発言できる良いヒトだ。
そんなヒトに自分の一口をあげる、または相手の一口を貰うと考える。確かに恥ずかしいかもしれない。
「私にはできそうにないかなぁ」
「「あー」」
まるで全てを理解したかのように口を揃えて温かい目線を向けて来る2人。またか、また私だけ何も分からないのか。
先程までと全く違う2人の反応に疑問を抱いたものの、いつまでも話している訳にもいかない。キッチンに戻り頼まれていた例のものの準備を始める。
デミグラスソースをかけるのも美味しいけれど、あれを作るのは手間暇がかかる。良介にはケチャップで十分だ。
「お待たせ。ご注文のオムライスだよ」
「おぉ!本当に作るなんて思わなかったわ。ありがたやありがたや」
私が持って来たのはレーゼの人気メニューの1つであるオムライス。注文が入った以上は提供しないといけないからね。冗談だったとしても責任を持って食べるがいいさ。
「今まで散々食べておいてまだ入るのか」
「美味いものは無限に食える」
「オオカミポテトが無くなってる」
「あれは本来添えてないものなの。こっちがデフォルトだから」
一口、また一口と食べ進める良介。その様子を背後の見えない位置から眺める。視線を上げてキッチンにいるママとアイコンタクトをとる。どうやら作戦は成功したみたいだ。
「良介、良介」
「どうした?」
「実はそのオムライス。ママじゃなくて私が作りました」
「マジでぇ!?」
「えー凄い!」
目を開いて驚く良介と驚く皆んな。なんて良いリアクション。頑張った甲斐があったよ。
毎日コツコツと練習を重ねた結果、私はオムライスの作り方を習得するにまでに至ったのだ。これならお店で出せるというママのお墨付きも貰っている。
と、ちょっと自慢してみたけれど今のところ評価されているのはオムライスの他にはミートスパゲティしかない。それ以外は他人に振る舞う完成度にはまだ達していないのだ。それこそこの前はカルボナーラを作ろうとしたけど加熱のし過ぎで卵が固まり、とても悲しい結末を迎えたよ。
「しーちゃんの手作りオムライス。ごくり」
「凄いな言ノ葉さん。俺も作ることあるけどこんなに綺麗にできないよ」
「まだレパートリーは全然ないけどね」
「この中のどの女子より女子力が高いわ」
「それはそれで複雑だよ」
「ちょっとそれ一口頂戴」
「なんでだよ。これは俺が頼んだオムライスだぞ」
「しーちゃんの手作りというだけでその価値は跳ね上がっているんだよ。世界の経済が大きく動くんだよ!」
「私にも一口分けてー」
「おいやめろ!」
迫り来る無数のスプーンからオムライスを守る良介。皆んな好みは別々かと思ったけどオムライスは好きなんだね。
卓上で繰り広げられる熾烈な争いを他所に私はようやく一息ついて並んだ料理を味わうのであった。
狼「げっふ。さすがに食べ過ぎた」
猫「そりゃあ揚げ物やら何やら食べた後に一人前完食したらそうなるわよ」
鮫「でも気持ちは分かるな。何を食べても美味しかったから」
狐「くそぅ、私もオムライス食べたかった」
詩「材料ならあるから時間さえあれば作れるよ。ミニサイズとかにしても良いし」
鳥「それを2人で分けようか」
狐「天才かよ」
詩「ママー、オムライスミニ1つお願いー」
狐「んああぁ!そうじゃない。そうじゃないんだよしーちゃーん!」




