EP-49 勉強会
5月下旬。梅雨を間近に控えたこの時期の行事といえばそう、前期中間試験である。こんな楽しくない行事はそうあるものじゃないよ。
憂鬱だけど高校生になって最初の試験。ここで躓きたくはない。しっかり復習して勉強を教えてくれた琴姉ぇに恥ずかしくない点数を取るのだ。
「今時こんな良い子いないわよね」
「他にやりたいことが無いだけだよ」
最近は家事やカフェの手伝いをする時間が多いから、それ以外のプライベートの時間に何をすれば良いのか分からないのだ。
ネット小説を読んだり楽器を触ることはあるけどそう頻繁にやる訳ではないからさ。
私は決して勉強ができるタイプでは無い。効率良く学習する方法も分からない。毎日ちょっとずつ、繰り返し勉強して記憶の容量を広げていくことしかできない。
「それはとても大切なことよ」
「私も忙しいときは一夜漬けすることもあるけど、そうやって覚えた知識って試験が終わるとすぐに忘れちゃうよね」
得意科目は理系科目。数学や理科の計算問題はそれなりにできる。化学とか暗記が多いのは苦手だけど。ちなみに愛音はどちらかと言うと文系だ。琴姉ぇは全科目に隙が無い。無敵である。
国語と英語もぼちぼち。でもリスニングだけは自信があるよ。コンサートに参加するために海外に行ったこともあるからね。日常会話くらいなら問題なく聞き取れる。でもどちらかと言うとドイツ語の方が得意かな。
「それで?歴史はどうなのよ」
「私は過去を振り返らない。未来を見据えて生きていく」
「室町時代と平安時代と鎌倉時代。年号が古い順に言ってみて」
「むぎゅう」
と言うことで今は日本史及び世界史の勉強中である。中学で教わった内容ですらほとんど記憶に残っていない。光明が見えない。勉強辛い。でも教わっている手前、途中で投げ出したくない。
「涙目のしー姉ぇも良いものだね」
「そんなこと言っている場合なの?愛音は国語と英語が苦手でしょう」
「はうっ、墓穴を掘った」
口八丁でピンチを乗り切ろうとする愛音。その言い訳を論理的な説き伏せで論破していく琴姉ぇ。決着が着くのは時間の問題だな。
2人のやりとりを眺めているとテーブルに置いていたスマホが鳴った。電話の相手は良介だ。
「もしもし」
『よーっす。いま時間あるか?』
「今は室町と平安と鎌倉の年号の順番を調べるのに忙しい」
『平安が最初で鎌倉、室町の順番だろ。その様子だと試験勉強中か』
こいつ私が分からない問題をあっさり答えやがった。私の知識が乏しいのは事実だけど良介に負けたと思うと悔しい。
『それならちょうど良いや。一緒に勉強しようぜ。お前数学得意だろ』
ささやかな抵抗として無言を貫いていると、肯定の意思表示と解釈したらしい。急な話しではあるけど断る理由もないから問題は無い。
一応2人に確認するが構わないとのこと。蛇足だが舌戦の結果は琴姉ぇの圧勝だったようだ。愛音が哀愁を漂わせながらノートを開いている。
「大丈夫だよ。何時頃に来る?」
『昼過ぎになるかな』
「分かった。待ってるね」
『あぁ、それともう1つ』
「どうしたの?」
『耳元で女子の声が聞こえるのってこんなに心がときめ』
聞く価値の無い戯言を無視して通話を切る。さて、勉強の続きをやらないと。自分でも結構頑張っていると思うから平均点以上は採りたいところだ。
「しー姉ぇって良介には対応が冷たいときあるよね」
「一応先輩なんだから呼び捨てするのはどうなのさ」
「実際どうなの?異性の声が耳元で聞こえるのって」
「あー、普通に緊張するかも」
狐鳴さんや猫宮さんから電話がかかってきたと考えると私はたぶん緊張する。ナツメ君からの電話の方がまだ普通に話せると思う。良介は先ほどの通りだ。
最も私は電話を耳に当てて話せないけどね。何せヒトと耳の位置が違うからね。正確にはできなくはないけど扱いづらい。スマホのスピーカー機能は偉大だよ。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
良介は予定通りの時間に現れた。玄関のチャイムが鳴り見覚えのある顔がモニターにアップで映っている。
「お邪魔しまーす」
「お前にしー姉ぇは渡さない!」
「なに言ってるのさ。ほら玄関の前で仁王立ちしない」
愛音を退かして良介を家に入れる。我家では勉強や宿題は自室では無くリビングでやるスタイルなので、良介もそれに習い持ち込んだ教科書を開く。
こういうときはお互いに苦手科目を教え合ったり、協力して問題を解いたりするのかも知れない。でも今日は琴姉ぇがいる。頭が良いのは勿論、教え方も上手い。教師にならないのが不思議なくらいだ。
「良介君はどの科目をやる?」
「数学と物理ですね。英語は後で気合いで覚えます」
「それなら数学からやりましょう」
「ういっす」
特に会話に花が咲くこともなく黙々と試験勉強をする。愛音がノートの上に白目を向いて倒れているけど気にしない。
愛音はもう少し試験日が近付いて尻に火がつけばヒトが変わったように真剣に勉強するし、私よりずっと効率良く学習する奴だ。私が亀なら愛音は兎だね。
「琴音さん聞いてくださいよ。実は俺、最近小テストの成績が落ちていて」
「あらまぁ」
「前の席で白いもふもふがね、揺れているんですよ。授業中に右へ左へと。そんなことされたら授業に身が入らないじゃないですか」
「えっ」
「詩音、なんて罪深いことを」
「えぇっ!?」
今更そんなことを言われたところで私にどうしろと言うのだ。耳や尻尾が動くのは無意識だから動かすなと言われても無理だよ。
試しに意識的に動かさないようにしてみる。できなくはない。でもこれ結構辛い。ずっと腹筋に力を入れているイメージに近い。
「そうやって頑張ろうとするところが詩音の良いところよね」
「ぶっちゃけ俺が勝手に集中を欠いて自爆しているだけだからお前には関係ないぞ」
「なんだよ」
「むしろ見ていて癒されるから今まで通りで頼む」
「改まって言われるとそれはそれで嫌だ」
良介なんてそのまま成績が落ちて赤点を採ってしまえばいいんだ。そのまま次の試験でも点を落として夏休みも補習で学校に登校すれば良い。
そのためにも私はしっかり勉強しないと。私まで補習を受けることになったら本末転倒だもんね。
父「おっ、みんな真面目にやってるな」
愛「どうしたのお父さん」
狼「うっ、頭が!?」
琴「あら大丈夫?」
父「やぁ大狼君、あのとき以来だね」
狼「はい!その節はお世話になりました!ざっす!」
詩「急にどうした」
父「なに、ちょっと世間話をしただけさ」
狼「はい!ちょっと世間話をしただけです!」
愛「偶然の出会いだけでベテラン軍人と新兵みたいな関係にはならないでしょ」
琴「良介君の背中の汗が凄いことになってるわ」




