EP-47 ドッジボール
今日の体育の授業内容はドッジボールだ。その前にまずはウォーミングアップをするグラウンドを2周ほど走った後に準備運動をするのだ。
準備運動を流れを教わりつつ、空いた時間でストレッチをする。生徒全員が終わらないとドッジボールはできないからね。
「おい槌野、もう諦めようぜ」
「まだだ、俺はまだ終わっていない」
「いくら何でもこれは無謀だって」
「やる前から諦めてどうするんだ!」
「だからって蛇の着ぐるみを着たまま2周走るのは無理だってば!」
グラウンドの端で騒いでいるとある一班に注目が集まる。正直に言って彼らが戻るのを他のヒト達は待っている状態だ。
「これは蛇じゃない。ツチノコだ!」
「似たようなものだろうが」
地面を這いずりながら動いている彼の名前は槌野康二君。異様にクオリティの高い蛇、もといツチノコの着ぐるみを纏っている彼だけど、手足を出せる構造になっていないから走ることができないみたい。
と言うかあの格好だと授業中にノートを書くのもできないはずだ。ご飯だって食べられないし。今までどうやって学校生活を送っていたのだろうか。
「ぜぇ、はぁ。まだだ、俺はまだやれる」
「授業が始まって5分で体力使い果たしているじゃないか」
「こんなの、言ノ葉さんの苦労に比べればなんてことは無い!」
なんてことはあるから。幸いにも優しい家族と仲間に恵まれたお陰で、今の槌野君ほど苦しい経験はしていないから。私のことはいいから自分を大切にして下さい。
「あれはもう言ノ葉さんでないと止められないよ」
「どうしてそうなるのかな」
「お前が乗り越えたであろう苦難の数々と比較して自分を追い込んでいるみたいだから、頑張り過ぎるなって労ってやれ」
「何でも良いが早く回収してくれ。授業にならない」
先生にまで頼まれたら断ることもできない。未だに這っている槌野君に駆け足で近付く。
「こ、言ノ葉さん!?どうしたの」
「先生が呼んで来いって」
「まぁ、そうなるよな。あのツチノコはいま熱くなり過ぎて周りが見えていないんだ。手を貸してくれると助かるよ」
「うおおぉぉー!」
確かに手足が不自由とは思えないほど躍動感が溢れているけども。一体これをどう止めようか。進路を塞げばとりあえず止まるかな。
槌野君の行く先に移動した私は這いずる彼に視線を合わせるためにその場でしゃがむ。正面から猛然と突き進む槌野君の迫力が凄い。
「うぇっ、言ノ葉さん!?どうしてここに」
私に気付いた槌野君は一転して明らかに狼狽える。ツチノコ姿で上体を起こして慌てふためく様子は見ていて滑稽でちょっと面白い。
「先生が急いで来いだって。早く行こう」
恐らく手があるであろう位置の着ぐるみを握り、少し引いて先に行こうと促す。足も無いから跳ねることになると思うけど這って進むよりはまだマシだと思う。
「あ、ああぁ」
「槌野君どうしたの?」
「ありがとうございまーっす!」
顔を覗き込んだ途端に顔が真っ赤になった槌野君は私達を置き去りにして爆速で駆けて行った。私が普通に走るより速いかもしれない。
「槌野ってああ見えて女子に対する耐性ゼロなんだよな」
「典型的な高校デビューマンだから仕方ないよ」
「皆んなも行こう。槌野君に追い付かないと」
まだ5月とはいえあんな暑い格好で無茶なことをしていたのだ。顔が赤いところをみてもきっと熱中症になっているかも知れない。
場合によっては保健室に連れて行かないと。勢い余って3周目に突入する槌野君を必死に止める皆んなの姿を見て私は急いで戻るのだった。
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クラス対抗ドッジボール対決。ルールは簡単でヒトに当たったボールが地面に落ちたら退場。落ちる前に誰かがボールを取ればセーフだ。
最初に3人の外野を選び、彼らは任意のタイミングで一度だけ内野に移動できる。それ以外は内野復帰ができないとのことだ。
「授業が終わった場合はその時点で内野に残っている人数が多い方が勝ちだ。最初のボールの所有権はジャンケンで決めるぞ」
「最初はグー。ジャンケン」
「肉球!」
「狐鳴、失格!」
「くそぉ!」
先手を取られて悔しがる狐鳴さん。どうしてそのグローブを付けたまま挑んだのだろう。そして何故誰も彼女を止めなかったのだろう。
何とも言えない感情を飲み込みながらもボールを手にした男子生徒が投げる。結構早い。でも避けるだけなら何とかなりそう。
ボールが通過するルートから離れる皆んな。ただ1人を除いて。
「ぐはぁ!」
「馬場ぁ!」
馬の被り物をしていたのは同じクラスの男子である馬場君。お腹にボールを受けた彼は仰反るように後ろに倒れる。
「マスクで前が見えていない奴を狙うなんて。なんて狡猾な人間なんだ」
「いや脱げよ」
ごもっともな正論である。相手のクラスに非は一切ない。
落ちた球を拾ったのは飛鳥さん。運動神経が良いからきっと1人は当ててくれるはずだ。
「あっ」
大きく振りかぶり投げようとした瞬間、ボールが手からこぼれ落ちて足下に転がる。それを拾う相手チーム。
静寂の時間がコートを包んだ。
「何やってんだ飛鳥!」
「違う翼が、翼で上手く持てなかったの!」
「だから脱げよ」
再び投擲されるボールだが、飛鳥さんはそれを紙一重で躱した。純粋な身体能力はあるのにそれを帳消しにする枷を自ら背負うなんて。挙句にボールは後方で油断していたハロウィンゴーストを見事に捉える。
「ふげぇ」
「霊子さーん!」
「シーツを被っているて前が見えない奴を狙うなんて。あいつは人間じゃない。悪魔だ!」
「脱げって言ってるんだよ!」
「しかも物理攻撃が効かないゴーストにボールを当てやがった。これがゴーストバスター桜井の力なのか」
「変な二つ名を付けるな!」
早くも2人がやられて劣勢となる私達。というかもう勝負になっていない。
運動神経が良いヒトは結構いるけど、その大半がスポーツをやる格好をしていない。またはその逆で、動き易い格好をしているけどボールが取れないヒトしかいない。勿論私は後者である。
「言ノ葉さん覚悟!」
「ふえぇ」
「させるかぁ!」
「槌野、お前」
「ぎゃあぁー」
「槌野ぉ!」
槌野君が身代わりになり退場したところで私達の残りは飛鳥さんと良介と私。対して相手はまだ1人ほどいる。
途中までは奇跡的に拮抗していたのだけど途中から私を狙うと他のヒトが身を呈して守ろうとすることに気付かれて以降は次々と人数を減らしてしまった。
いや私そんなこと頼んでないから。むしろ嬉々として当たりに来る皆んなの背中を見てちょっと引いていたから。私みたいな運動神経皆無なヒトにそんな価値無いから。
「どうする飛鳥。これもう詩音の肉壁になるしかないぞ」
「このまま盾になってもいずれ負ける。だからといって詩音さんがやられたらコールドゲームよ」
「前門の虎、後門の狼ってやつか。面白くなってきたな」
「いやそんなルール無いし。むしろ私が早くやられた方が良かったし」
「お前がやられたら先に逝ったあいつらに合わせる顔が無いんだよ」
「逝ってない逝ってない」
「大神君、ここは捨て身で相手の主力を倒しましょう。数で負けていてもディザスター桜井を倒せば戦局は一気に変わる」
遂に災害認定されてしまった桜井君。ドッジボールの一番の被害者は間違い無く彼だよ。
「頼むからそれやめてくれぇ!」
ある意味で熱い気持ちが込められた一投。回数を重ねてかなりの速度と精度を持ったそれは2人でも取るのが難しい。当然に私に何かできる訳もなく、頭を下げてやり過ごす。
しかしそれは悪手だった。直ぐ後ろにいた相手の外野がボールを取ったのだ。
前にいる2人の反応で気付いたけど間に合わない。思わず目を閉じて衝撃に備える。が、いつまで待ってもそれは来なかった。
疑問符を浮かべて振り返ると驚いた表情のまま固まっているよく見ると誰もボールを持っていない。辺りを見るがやっぱりどこにも落ちていない。
「詩音、詩音」
良介に招集されると指で振り向くように指示される。言われた通りにすると尻尾にくすぐったい感覚を感じた。
再び振り返るとボールを手にした良介がいた。あり得ない状況にしばらく思考が停止する。
「お前の尻尾がそれは見事に包み込んだぞ」
「ほへぇ」
「あれアリなんですか先生!」
「地面に落ちて無いからセーフだな」
「マジかよ」
まさかの出来事に逆転の狼煙だと湧き立つクラス。でも待って欲しい。尻尾にボールが当たったということはボールに着いている砂や泥の汚れに触れたということだ。
慌てて尻尾を抱えて確認する。その有様は見た途端に耳が萎れたといえば分かってくれるだろうか。
「尻尾が、私の尻尾が」
震える手で尻尾を抱えて2人を見上げる。飛鳥さんと良介は分かっていると無言で頷くと相手の内野を真っ直ぐ見据える。
「生き物を大切にしない人類に生きる価値なし」
「お前ら全員蹂躙してやる」
「2人ともやっちゃえ」
「合点承知!」
狼「くたばれ人類」
皆「ぎゃあ!」
鳥「滅びろ人類」
皆「うわぁ!」
詩「2人も人間だよね」
槌「この姿でグラウンドを2周走ることで会得した奥義を見せてやる。馬場、ボール上に投げろ!」
馬「はいよー」
槌「必殺、ツチノコドロップキック!」
皆「ぐはあぁ!」
狐「凄い!まとめて3人を場外にぶっ飛ばした!」
詩「槌野君が1番人間をやめていたよ」




