EP-44 因果応報
パパの手に引かれた私はそのまま背中に隠されるように移動させられる。そのままママに庇うように抱きしめられた。
「お前こいつの父親か。一体娘にどんな教育してやがるんだ」
親が出てきたとなり、流石にお客様もたじろぐものの、攻撃的な口調を止めない。乱暴な言葉から改めて事情を聞いて内容を整理する。
「成程。私達とお客様で証言が食い違っていると」
「私達が嘘を言っているとでも言うの!?」
「そんな滅相もございません」
言った言わないの水掛論は証拠が無い。確実にお客様が間違っているという証拠が出せない限り、店側は相手を追求できない。
それに私自身、自分が正しい自信がもう無い。どうするつもりなのかと黙ってパパの背中を見つめる。
「まぁ、事実確認をするのが手っ取り早いでしょう。ママ」
「はーい。詩音、ちょっと動かないでね」
ママはそう断ると私の髪留めを1つ取り外す。折角のツインテールが片側だけになってしまった。
髪留めを受け取ってパパはそれを弄ると、飾りの部分から見覚えのある突起が現れるパソコンやスマホなどの電子機器に繋ぐようなコネクタだ。
パパはそれにアダプタ変換器を使いスマホに接続すると画面を操作する。するとスマホのスピーカーから今朝の店内の音が聞こえた。
「実はこれ、録音装置なんです。小型だけど高性能で1日分の音声データくらいなら記録できる代物です」
更にスマホを操作すると直近の時間に録った音声が再生される。ちょうど私がお客様の注文を受けたときの直前だ。
『お待たせしました。ご注文をお伺いします』
『ミートスパゲティ。それとアイスティーね』
『私もアイスティー1つ。あとオムライス』
『ミートスパゲティとオムライス。飲み物はアイスティー2つでよろしいですね』
『はいはい』
一連のやり取りが収録されたそれを聞いて男性に動揺がはしる。女性もバツが悪そうに視線を彷徨わせている。
「どうやらこの子の言っていることの方が真実のようだが」
「はっ、ちょっと勘違いをしていただけだろ」
「そうよ。こういう事ってたまにあるでしょう」
「そうですか。まぁ、誤解が解けたのならそれで良いとしましょう」
「ていうかさ、だったらこの毛はどう説明するつもりなワケ?」
「そうよ!異物混入よ」
勘違いについての謝罪は無いのか。そう思ったけど、捲し立てるように話す2人に対して提言する度胸は無い。
大人しく縮こまっているとパパは2人からその毛を受け取りよく目を凝らして観察した。
「これが本当にこの子の毛だと言い切れますか?それこそ証拠はあるのでしょうか」
「その色を見ろよ。そんな変な色の毛をした動物が他にいるか!」
「それともなに。私達がわざわざ用意してこの店を貶めようとしているとでも言うつもり!?」
「いいえ。しかし先程の件もあるのでね」
「てめぇ!」
男性がパパの胸ぐらに掴みかかる。思わず悲鳴を漏らしてしまったけど、パパ自身には全く動じた様子が無い。それどころか静かに相手を手を取り、そのまま黙って下ろさせる。
たじろぐ2人のお客様。後ろにいても分かる。今のパパは近寄り難い気迫を感じるのだ。
それでも相手に引く様子は見られない。むしろここまで話しを大きくして今さら引くに引けないという方が正しいだろう。
このままではいつまでも平行線だ。どうすれば良いのかと悩んでいると、パパが持つ毛を横から伸びた手が掠め取る。
「それなら調べてみましょうか?」
「竜崎先生!」
張り詰めた空気も気にせず現れた竜崎先生に驚いた全員の視線が向く。近くにいたのに全く気付かなかったよ。
「誰だオッサン」
「オッサン言うな!俺はまだ20代前半だぞ」
確かに先生はおじさんという見た目では無い。いま初めておおよその年齢を知ったけど、普通に納得できる外見だ。
「あなた誰よ!」
「詩音君の担当医ですー」
「医者だと」
「知り合いにこの手の分析を取り扱っている奴がいるので頼んでみますよ。急がせれば1週間もかからないんじゃないかなー」
そう言うと竜崎先生はどこからともなく取り出した保存袋に毛を回収した。それを見た2人は明らかに動揺した様子をみせる。
「それと2人の連絡先と住所や名前。その他諸々を教えてくださいな」
「はぁ?なんでだよ」
「そりゃあ鑑定の結果をお伝えするためですけど。裁判起こして損害賠償を請求するときに立派な証拠になりますよー」
裁判と聞いて全身の毛が震える。けど竜崎先生は「ただし」と言葉を続ける。
「もしもこれが彼女のものでは無い場合。逆に故意に着色した痕跡等が認められた場合、訴えられるのは貴方達の方だ。この辺りのホームセンターや自宅を調べて同一の着色料を入手した形跡でも見つければ動かぬ証拠になる」
飄々とした様子から一転。表情から笑みが抜け落ち、淡々と語る竜崎先生はある意味パパより怖い。普段温厚なヒトほど怒ると怖いとは正にこのことだろう。
「ちなみに偽計業務妨害罪が認められた場合、2年以下の懲役又は50万円以下の罰金を課されることになる。勿論こちらは準備万端で徹底的にやり合う所存なので裁判沙汰は望むところだ。ちょっかいを仕掛けるならそれ相応の覚悟をしておくように」
「だ、黙れクソが!二度とくるかこんな店!」
「ちょっと待ってよ!」
逃げるように立ち去る2人を呆然と見送る。何が起きたのか未だに頭の処理が追いつかないけれど、一先ず恐れていた事態は回避できるみたい。
「ねぇ、パパ」
「大丈夫か詩音」
「うん平気。でもそれより聞きたいことが」
「あなた、あいつら今さり気なく無銭飲食したわよ」
「分かっている。このままでは済まさない。きちんとお灸を据えないとね」
「あの髪飾のなんだけど」
「でも後のことはパパに任せれば良い。詩音はもう休みなさない。ママはお店のことを頼むよ」
「分かった。行きましょう詩音」
「ああぁ」
ママに連れ去られてお店を途中退場させられる。まだ最も大きな謎が解決していないにも関わらず。
「録音していたってどういう事なのさぁ!」
声を大にした私の疑問に答えてくれるヒトは誰もいなかった。
竜「そうだ。今のうちにこれ渡して置きますねー」
母「お財布ね。どこにあったの?」
竜「あの男が忘れたみたいですねー。中に入っているカードを調べれば個人を特定できるかと」
父「でかした。中に入っているカードを調べれば個人を特定できる」
竜「彼のポケットの中に落ちていましたが、監視カメラの死角であるテーブルに椅子の下にあったことにして下さい」
母「ヒトはそれを窃盗と言うのでは」
竜「別に訴えられても構いませんよ。証拠はありませんけどね」
父「君、意外と悪い奴だな。咎めるつもりは毛頭無いが」
母「でもこれだけは言っておかないと」
竜「そうですね。せーの」
悪い大人達「良い子は真似しないでね」




