EP-43 クレーム
「ミートスパゲティとオムライス。飲み物はアイスティー2つでよろしいですね」
「はいはい」
受けたオーダーをママに伝えてその足で別の注文をテーブルに運ぶ。空いたテーブルを食器を下げてテーブルを拭いて新しいお客様を通すとまた別の注文を聞きに行く。
今日はカフェ「Lesezeichen」の手伝いをする日。再開して一月も経った今、休日のランチタイムはとても慌ただしい。恥ずかしいとか人目が気になるなんて言っている場合では無いほどに。
「つ、疲れた」
「お疲れ様。ピークは過ぎたけどまだ終わってないからもう一踏ん張り頑張って」
「ひえぇ」
ようやくお客様の人数が片手で数えられるようになったとき、ドアベルが軽快な音を鳴らす。対応するべく向かうとそこには意外なヒトが立っていた。
「やほー、元気そうで何よりだねー」
「竜崎先生!どうしてここに」
「患者の様子をみるついでに腹ごなしでもしようかなと」
「俺もいるぞ」
「パパ!?」
随分と珍しい組み合わせに驚く私を他所に楽しそうに笑う2人。何でも互いに昼休憩中で私の様子をみようと訪れて、入口で偶然出会したのだとか。凄い偶然があったものだ。
「何を食べますか?」
「俺はハンバーグとライス。それとアイスコーヒーね」
「詩音が作ったものなら何でも良いよ」
「私まだ人様に出せるものは作れないよ」
「そうか。それなら何でも良いかな」
パパ、その言い方だとママの手料理は食べたくないと言っているようにも聞こえるから止めた方が良いよ。ほら部屋の気温がみるみる下がっていく。エアコンの設定温度は変えていないのに。
「ごめん詩音君。コーヒーはホットに変更してくれないかな」
ほら見たことか。ママは一度拗ねると機嫌を取るのが大変だぞ。
案の定、完成した料理を持っていくとママが怒っているのがよく分かった。竜崎先生が注文したハンバーグとその他諸々に対してパパの前に置いたのはプリン1つ。スーパーで3個1セットで売られているリーズナブルなプリンだ。
ちなみこれはお子様ランチのデザートに用意しているプリンだ。これだけしか無いということはつまりそういうことである。
「ママごめん。ごめんってば。悪気は全く無いんだよ」
「悪気があったら余計にタチが悪いわー」
「君のことも詩音達と変わらず愛しているから。信じてくれ」
「ごめんなさい、よく聞き取れなかったからもう一回言ってー。それと近くに行くからちょっと待っててー」
「ママ、どうして包丁を逆手で持ったまま近付いてくるのかな。料理人は普通そんな扱い方をしないよ」
「聞こえないわー。もう一回言ってー。あとそこを動かないでー」
「聞こえているじゃないか!そして包丁を振りかぶらないで!パパは捌いても美味しくないよ!」
壁際に追い詰められたパパはママの手首を掴むけれど、ママは表情を変えること無く直立のまま腕を振り下ろそうとしている。
片手で包丁を持つママに対して両手で押さえるパパ。しかしその刃先は徐々に近付き着実にパパを追い詰めている。
パパが押し返せないなんて一体どんな腕力なんだ。と言うか見ていないで早く止めないと。
「ちょっと店員さーん。こっち来てくれませんかー」
ママの腰を引っ張り剥がしていた矢先、お客様に声をかけられた。お客様への対応を優先するようにと最初に教わったから行かないと。これは例外にあたると思うけれど。
パパの悲鳴を背に呼んでいるお客様のテーブルへ向かう。座っているの若い男女の2人組。座る態度も目つきも悪くてちょっと怖いヒト達だ。
「これ、さっき注文したやつなんだけどさ。なんでアイスティーなわけ?俺ちゃんとコーラって言ったよね」
「えっ」
「そんなのまだマシでしょ。私なんてカルボナーラを頼んだのにオムライスがきたのよ。一文字も合っていないじゃない」
「えぇっ!?」
慌てて会計伝票の控えを確認する。しかしそこにはお客様が言うような注文はされていない。つまり私がメモを間違えた?
いや、それなら繰り返し確認をしたときに違うと指摘されるはず。修正の痕跡も無いから少なくとも注文を受けたとき了承は得ているはずだ。
となると考えられるのはお客様の主張が勘違いをしている場合。もしくは意図的に違うことを言っている。つまり嘘をついている可能性だ。
「あの、でもご注文を伺ったときは確かにこの通りだったと」
「はぁ!?俺達が嘘をついているとでも言うつもりか!」
「ひぅ」
「自分のミスを客に押し付けるなんて最低ね」
自分のミス。確かに証拠が無いから絶対に違うと言い切ることはできない。でも私はちゃんと聞いてメモを取ったのに。
「チッ、まぁそれはこの際置いておくよ。でもこれに関してはちゃんと説明してくれないと困るなぁ」
そう言って男性のお客様が見せたのは白色の毛。それも途中から瑠璃色とのグラデーションになっている。間違いなく私の髪だった。
「あっ!」
「これあんたの髪だよね。これって異物混入だよね。俺が食べる前に気付いたから良かったけど、こういうの不味いんじゃないの?」
「接客も料理も最悪だよここ。信じられない」
「あうぅ」
私のせいでお店が閉店。そんな不穏な言葉が頭をよぎる。注文ミスはまだしも料理に毛が入ったのは間違いなく私の責任だ。
それでもママが大切にしているお店が台無しになるのは嫌だ。土下座でも何でもして許してもらわないと。
涙で視界が滲むなか頭を下げる。しかしそのとき、謝罪を遮るようにして後ろから肩を掴まれる。
「ウチの娘が何やら粗相をしたようで。詳しい話を聞いてもよろしいですか」
先程と打って変わった真剣な表情のパパが間に割って入る。丁寧な口調でありながらその言葉には明確な怒気が含まれていた。
竜「ふーむ、何やら雲行きが怪しいですね」
母「あいつら私の息子になんてことを言うのよ。詩音がそんなミスする訳無いじゃない」
竜「いやまぁ、絶対に無いとは言い切れませんけど」
母「は?」
竜「意図しない形で毛が入ってしまう可能性はゼロでは無いので」
母「よく聞こえなかったわー。もう一回言ってくれるー?」
竜「あっ、すみません。何でもないです。だから包丁を構えたまま来ないで」
母「よく聞こえなかったわー。もう一回言ってくれるー?」
竜「やめて助けておろされるぅー!」




