EP-39 席替え
連休明けの初日ということでこの日の1時間目は全校集会だ。全ての生徒が1箇所に集まり先生の長い話を聞くのである。
まさかクラスだけで無く全学生の前に晒されるとは。そう思って気が気ではなかったが、事態は思わぬ方向に進む。
「あはは、何か背徳感が凄いね」
「皆んなでやれば怖くない!」
何を考えたのか私達のクラスだけコスプレ姿のまま集会に参加。誰がどう見ても変人が集結したクラスとして認知されるだろう。
これが全部私を思ってのことだと思うと嬉しさを通り越して羞恥心を覚える。他人の視線とかどう思われているかなんて気にしている場合じゃない。
「安心しろ詩音」
「良介」
「服装や髪型、その他身嗜みに関する校則には抵触していない」
「指輪やピアス、ネックレスもしていない。完璧です」
「そもそもコスプレしてはいけないなんて校則のどこにも書いていないし」
「でも高校生らしい清楚な格好をするようにって書いてあるよ」
「そんな抽象的な規則に俺達は縛られない」
「曲解が過ぎる!」
わざわざ校則を調べて違反では無いと言い切れるギリギリの計画を立てたということか。何だこのクラス。ある意味凄い団結力を持っているよ。
言っておくけどクラスの全員が君達みたいにノリノリじゃ無いからね。普通に恥ずかしくて顔を真っ赤にしているヒトもいるし、被り物をして完全に顔を隠すことで外界との繋がりを絶っているヒトだっているから。
指を指されて俯くどころかポーズを取って自慢している豪胆なヒトはクラスの半分くらいしかいない。いやそれでも十分多いけども。
「で、あるからして犬も猫も、勿論他の動物達も皆んな違って皆んな良い。5日前にももちゃんを我家に迎えた私はその結論に至りました」
「校長先生ありがとうございました。それでは生徒の皆さんは教室に戻って下さい」
校長先生のありがたいお話し。もとい先日飼い始めたらしいペットの自慢を熱く語ったところで集会はお開きとなった。興味がそそられない話しをされるよりは楽しかったけど、それで良いんですか校長先生。
「さて、思っていたより早く終わったことだ。クラスのメンバーも全員揃ったことだし、ここで席替えをしようと思う」
教室に戻る否やそう言った猩々先生にクラスの皆んなが湧いた。今の席は端から出席番号に並び、男女交互に列を作っている。
新しい席は定番のくじ引きで決める。こういうのはあまり目立たないところが良いよね。
出席番号が最初と最後のヒトがジャンケンをしてくじを引く順番を決める。勝ったのは1番のヒト。私は比較的早めに引くことができそうだ。
とは言え所詮はくじ引き。どの席が当たるかは運次第だから順番はあまり関係無い。
「わぅ」
自分の番となりくじを引いた私は書かれている数字を見て尻尾が萎れた。前から2番目でかつ中央の列。かなり目立ちやすい位置だと思う。
「詩音さん、何番だった?」
「10番」
その瞬間、何故か教室が騒つき始める。中には神妙な面持ちで自分の番を待つヒト。両手を上げて立ち上がり歓喜するヒト。何かに絶望して打ちひしがれるヒト。実に様々な様相だ。
よく見ると喜んでいるヒト達と私の席は結構近い。前方の席を引いて喜ぶなんて皆んな勉強が好きなんだな。
「やったな詩音。俺とお前で同じ班だぞ」
「はん?」
「このクラスのメンバーは36人いるんだが、6人1組で6つの班に分かれているんだ。グループで話し合ったり複数人で行動するときは大体この班に分かれて行動するのさ」
「あー、中学にもあったね」
「んで、絶賛阿鼻叫喚が渦巻くこのクラスで歓喜に打ち震えているのがお前と同じ班になった奴。またはお前と近い席になった連中だ。その他嘆きの亡霊と化しているのが違う班になったモブ共だ」
「「「モブ言うな!」」」
迫る来る男子達を避けた良介はそのまま教室の中を駆け回って逃げる。一応授業中なんだからあまり騒がない方が良いと思うな。
「ひゃはー!神は私を見捨てていなかったー!」
「うるさいぞ狐鳴。もう一回やり直すか?」
「すみませんごめんなさいもうしません」
猩々先生に注意されて机から下りて大人しく座る狐鳴さん。握りしめたその手からは例え如何なる災いが降り掛かろうともくじ引きを手放さないという強い意志を感じる。
知っているヒトが同じ班なのは心強い。ふと飛鳥さんの方を見ると視線に気付いたのか指先に挟んだくじを見せてくれた。良かった、3人とも同じ班だ。
ここまで幸運が続いているけれど、同じ班となると残り2人はいずれも私とは面識がほとんど無いはずだ。一体どんなヒトが来るのだろうか。期待と不安を織り交ぜつつ、私は残りのクラスメイトの席が決まるのを待つ。
「では休み時間中に移動しておくように」
猩々先生が締め括ると同時にチャイムが鳴り皆んなが一斉に移動を始める。私も鞄だけ持って新しい席に着く。
緊張と不安で激しく脈を打っていると隣の席の椅子が引かれて誰かが座る。尻尾が天井に真っ直ぐ伸びた。
「初めして言ノ葉さん。鮫島です。これからよろしく」
そう言って挨拶をしたのは人当たりが良さそうな男のヒトだった。体格が大きい良介と比べると細身だけど背丈は少し高いくらい。腰に付けた魚の尾ビレを模した飾りが慣れないのか、若干気にしているみたい。
「こちらこそよろしくお願いします!」
「あはは、クラスメイトなのに固いよ。棗って名前で呼んでよ」
「ナツメ君」
「はーい。改めてよろしく」
どうにか最初の挨拶という難所を潜り抜けて一息つく。この調子でもう1人とも良好な関係を築き平和な学校生活を送るのだ。
心の中をそう意気込んでいると前の席にもヒトが来た。確かこの席のヒトがもう1人の初対面のヒトのはず。
「あなたが言ノ葉詩音さんね」
落ち着くために呼吸を整えていると相手から声をかけられた。顔を上げると腕を組んだ女のヒトが私を見下ろしている彼女と目が合った。
ストレートな黒の長髪を揺らし、鋭い吊り目から気の強さを感じる。温和なナツメ君とは対極の印象を受けた。
「私の名前は猫宮芽衣理。あなた元男なんだってね。とてもそんな風には見えないけど」
「あぅ」
いきなりデリケートな話を持ち出してきたな。このヒトは心と体の性が違うことに違和感を感じるタイプなのだろう。
そうした考えのヒトがいるのは分かっていたけれど、こうして言葉にして突きつけられるとやっぱり苦しい。
「それに犬の耳とか尻尾なんて生やしちゃって。髪の色もこれどうなっているのよ。常識では考えられないわね」
続けざまに容姿についても突かれる。事実、半分は人間をやめているから何も言えない。私だって望んでこの姿になった訳では無いのに。
こんなにはっきりと言葉にされたのは初めてだ。次に何か言われたらきっと私の涙腺は崩壊する。
思わず俯くと猫宮さんはそれを覗き込むように身を屈めた。
「悩みがあるなら隠さず私に相談しなさい。話くらいいくらでも聞いて挙げられるし、私の親は2人とも医者なの。だからきっと力になれるわ。約束よ」
訂正。猫宮さんはとても優しいヒトでした。
鮫「猫宮さんは黒猫か。よく似合っているね」
猫「正直、最初はやりたくなかったわよ。普通に恥ずかしいし」
詩「それならどうして?」
猫「用意しないと発案者が地の果てまで追いかけて誘って来るんだもの。あれは根負けするって」
狐「それほどでもあるかな」
狼「褒められて無いぞ」
猫「でもあれね。やってみるとちょっと楽しいわね。皆んな巻き添いだから抵抗もあまり無かったし」
鳥「ちなみに主催はボディペイント用の道具も揃えようとしていたわ」
皆「流石にそれは無い」
狐「ふぎゅぅ」




