EP-38 サファリパーク
「遂にこの日が来てしまった」
初めて高校に来てからというもの、怒涛の勢いで時間が流れた。高校初のゴールデンウィークは琴姉ぇに付きっきり勉強を見てもらったからあまり楽しいものでは無かった。その甲斐もあり、勉強面ではしばらく問題無いとのお墨付きは貰ったけどね。
連休最後の登校日は大変だった。言われた通り車で送ってもらいホームルームだけ出席したけれど、皆んなの反応はやっぱり驚いているようだった。
か細い声で自己紹介をして案内された席に着き、猩々先生が連絡事項を話す間ずっと針の筵だった。とてもじゃないけど顔を上げて皆んなの表情を窺う余裕は無かった。
結局ホームルームが終わると同時に誰かに話しかけられる前に逃げるように帰った。それが先月までの話。
「誰もいない」
校門の前には登校中の生徒が居なかった。と言うのも登校中に誰にも会わないようにと遅刻ギリギリの時間に来たからだ。大抵の生徒は既に教室にいるだろう。
周囲の音を探りながら教室の前まで来る。2つある扉のうち、後側から入るのは私なりの最後の抵抗である。
「何してんだ。こんなところで」
「うきゃあ!?」
できるだけ静かに入ろうとした矢先に突然後ろから声をかけられる。反射的に飛び退くと、そこには見覚えのある顔があった。
「良介!どうしてここに?」
「だって俺、お前と同じクラスだし。昨日だって会っただろ」
「全く記憶に無い」
「どんだけ周りを見る余裕が無かったんだよ」
呆れるように息を吐くのは私の中学からの同級生である大狼良介。まさか私より遅く来るヒトがいたなんて。それもよりによって知り合いだし。
「それよりさっさと入るぞ。遅刻扱いにされたら堪らん」
「ちょ、ちょっと待っ」
心の準備をする間も無く教室に押し込まれる私。こうなったらもう開き直るしか無い。どうにか転ばすに済ませると勢いに任せてその言葉を言う。
「お、おはようございます!」
言った。言ってやったぞ。皆んなの視線が集まる中で声を大にして挨拶をしてやった。
静まり返るクラス。恐る恐る顔を上げると驚き半分、嬉しさ半分の気持ちを表情に浮かべた人達が目に映る。
「「「おはよう、言ノ葉さん!!」」」
挨拶した直後、元気をそのままに大きな歓声が教室を包む。あっさり受け入れてくれたことに関して拍子抜けする一方、入学式からずっと居なかった私を迎え入れてくれた人達の優しさに胸が温かくなるのを感じる。
「しーちゃーん、よくぞ学校に来てくれた!」
「ふぇ、狐鳴さん!?」
「私もいるよ。色々おめでとう詩音ちゃん」
「飛鳥さんまで」
先日、家のカフェに来てくれた2人の学生さん。まさか2人とも同い年で同じクラスだなんて思わなかった。
胸に飛び込む狐鳴さんをはじめに祝いの言葉をくれる飛鳥さん。他の人達も歓迎と言葉をくれたり、手を叩いて騒いで喜んでくれた。
「おはよう。朝から賑やかだな」
「大狼。お前いたのか」
「いたわ。詩音の後ろでめっちゃ存在感出していたわ」
「言ノ葉さんが放つ魅力という名の七色の後光が眩くて見えなかった」
「壁に付いたシミと同レベル」
「そこまで言う?」
男子達の輪に混ざっていく良介。対して私は一部のクラスメイトから熱烈な歓迎を受けていて身動きが取れないでいた。
知らない女性がこんなに近付いてくることなんて今まで無かったからどうすれば良いのか分からない。
「稲穂、熱烈ラブコールはそれくらいにして。あれをやるって言い出したのあなたでしょう」
「おっとそうだった。皆んな準備は良いかなー?」
「「うぇーい」」
狐鳴さんの掛け声に応じてそれぞれの荷物を漁る一同。そして取り出したのは動物を模したアクセサリーの数々。髪飾りや襟巻きにグローブ等。その種類は実に多様だ。
「こーんこん。これで皆んな同じだよ」
狐を彷彿とさせる動物耳のカチューシャと尻尾、肉球グローブを身に付けた狐鳴さん。それらしいポーズを取って狐の鳴き真似をする。
お茶目にウィンクする姿に不覚にもちょっと可愛いと思ってしまった。愛音達が私のことを可愛いと言うのはこうした気持ちを抱いたからなのかも知れない。
「私は何だろう。ピーピー、ちゅんちゅん」
両腕を大きな鳥の翼に変化させたのは飛鳥さん。どのような鳴き声にするか迷走しているみたい。
それはそれとしてこの巨大な翼はどこで調達したのだろうか。もしかすると自分で仕立てたのかな。
良介も犬科の動物の耳を付けているし、他の人達も大なり小なり何かしら身に付けていて動物のコスプレをしている。確かに皆んながこの格好なら私の異質性も気にならなくなるかも。
「狐鳴さんがいきなりこれをやろうって言い出したときはびっくりしたよね」
「俺なんか高校最初の女子との会話が「コスプレやろうぜ!」だった」
「浮幽さん。それは何のコスプレなの?」
「ハロウィンゴースト。いわゆるお化けね」
思い思いに普段とは違う姿をお互いに見せ合うクラスメイト。まだ五月なのにここだけハロウィンになったみたいだ。
「やべっ、もうホームルーム始まるぞ」
「はーい、言ノ葉さんの歓迎サプライズは一先ず終わり。席に着いてー」
「えっ、この格好で?」
「うん。とりあえずしーちゃんが楽しく学校に通えるようになるまでね」
どうやら私が学校登校に慣れるまでこのクラスだけサファリパークと化すらしい。
これは早く馴染まないと大変なことになりそうだ。
猩「お前ら何を騒いでいる。廊下の奥まで声が響いていたぞ」
狼「猩々先生。おはようっす」
詩「せ、先生。その耳はどうしたんですか」
猩「ん、この猿耳のことか。狐鳴から話しは聞いていたからな。似合うか?」
狐「似合い過ぎて怖いです」
鳥「最早身体の一部ですよ」
詩「猩々先生。意外とお茶目なヒトだった」
狼「そうだな。案外話が分かる良いヒトだぞ」
猩「いいからお前達。早く席に着きなさい」




