EP-33 ここは健全なお店です
勢いに任せて言い切ったと達成感に浸る狐鳴さん。対して私は予想外の言葉に呆気に取られる。きっと他のヒトがみると目が点になると表現される表情になっているに違いない。
それにしても尻尾に触りたいか。手入れを頑張っているだけに注目されるのはちょっと嬉しいけど、流石に初対面の知らないヒトに言われると困る。
考えてもみてよ。初めて挨拶したヒトに「お尻を触らせて下さい」って言われたら誰だって引くでしょう。相手によっては嫌悪することもある。
最も私は男だし、綺麗な女性に言われると嫌な気はしない。代わりに顔から火が出るくらい恥ずかしい。そういう意味では抵抗がある。
「うぅ、やっぱり駄目だよね」
答えあぐねている間に諦める狐鳴さん。カフェラテに口を付けるが先程までの元気が無い。
また私は自分が知らない間にヒトを傷つけてしまったのだろうか。
「稲穂は動物全般のアレルギー持ちで触ることができないの。クシャミと鼻水で大変なことになるんだから」
「アレルギー如きで私のもふもふ欲は止められない」
「前に猫カフェに行ったとき盛大に自爆したの忘れたの?店員には迷惑かけるし肝心の猫には逃げられるし散々だったでしょ」
「その節はご迷惑をおかけしました」
成程動物アレルギーか。私には縁が無い話だけど当人は凄く辛いんだろうな。
という事は私が側にいるのは良くないのではないだろうか。近くにいるせいでアレルギー症状が出てしまってはあまりにも申し訳ない。
しかし耳と尻尾を取り外す訳にもいかない。私にできることは少しでも迷惑にならないように距離を取ることだけだ。
「あれ、なんか急に避けられている気がする。なんで?」
「稲穂に気を遣ってくれたのよ。詩音ちゃん本当に良い子ね」
「あぁっ、大丈夫だよ詩音ちゃん!いや、最初は正直に言って覚悟の上だったんだけどさ。詩音ちゃんは側にいても全く症状が出ないんだ。理由は分からないけど兎に角平気だよ!」
確かに言われるまで普通に接客していたけどアレルギー症状らしきものは出ていなかった。厳密には狼という訳では無いから何か違うのかも知れない。
とは言え半獣モードや完全な狼の姿になる賢狼モードになるとアレルギー症状が出るかも知れない。あの姿で人前に出るつもりは全く無いけれど。
この辺りは今度竜崎さんに聞いてみよう。相手によっては命に関わる事だから、自分でもちゃんと理解しないといけない。
「それでも稲穂自身は動物が大好きだから難儀なものよね」
「この体質に今まで何度苦しめられたことか、うぅ」
ひとしきり落ち込み、開き直ってヤケクソ気味にカフェラテを飲み干してお代わりを頼む狐鳴さん。気持ちは分かるけどカフェラテはそうやって飲むものでは無いと思う。
「そんな訳でアレルギーに悩まずもふもふを堪能するのが私の夢なんだけど。とは言えさっきの発言は完全にアウトだよね。ごめんねしーちゃん」
「初対面であだ名呼びするだけでも充分距離感近いからね」
2杯目のカフェラテを飲んで落ち着いたのか先の行いを反省する狐鳴さん。けれどその事情を知ってしまうと無碍に断るのも申し訳なくなる。
好きなものを楽しめない辛さは私もよく分かる。それを少しでも和らげる方法でもあるのならきっとそれに縋り付くだろう。
そして私ならその悩みに応えることができる。
「さ、触ってみますか」
「へっ?」
「他にお客様はいないし、乱暴にしないのならちょっとだけ」
振り返って尻尾の先を持ち上げると2人の前でゆらゆらと動かす。知らないヒトに腰を突き出すこの体勢。やってみると思っていたより恥ずかしい。しかし自分で言った手前もう後には引けない。
「本当に良いんですか!?」
「あぅ、やっぱり止めようかな」
「あぁっ!優しく、優しくするからお願いします」
「私も良いですか?嫌なら直ぐ言って下さい」
恐る恐る尻尾を差し出す私。恐る恐る手を伸ばす2人。自分で許可をしておいて言うのもアレだけど何なんだこの状況は。
やがてそれらは触れ合い、手の温もりが尻尾から伝わる。細かい震えが本当に丁寧に扱おうとしてくれているのが分かる。
「ふおぉ」
「うわぁ、温かくて柔らかい。さらさらでとっても滑らかなのね」
「ふえっへぇ」
毛の流れに逆らわないように尻尾の表面を手が滑る。変な感じがすると思ったけど少しくすぐったい程度で何とも無い。むしろ優しく撫でられるの気持ち良いかも。
前に愛音に触られたときに腰砕けになったのは不意打ちで思いっきり抱きつかれた挙句、尻尾の付け根や本体を直接触られたからかな。もう二度とあの醜態は晒したく無い。
「尻尾の付け根と本体に触るのは駄目ですよ」
「分かった。ちょっと指を入れたりしても良い?」
「乱暴にしないで下さいね」
「勿論よ」
「んはぁ、うひょえぃ」
予告した通り尻尾に手を沈み込ませる飛鳥さん。本体に触られないか心配だけど、どうやら意図的に避けているみたい。どこまでも手が入るから少し驚いているのが分かる。
それとは別に先程から狐鳴さんがヒトの言葉を話していないのは大丈夫なのだろうか。後ろを向いているからどんな表情をしているのか分からない。
触るのを止めていないから嫌がってはいないと思うけれど。
「どうしよう、顔を埋めたい。頬擦りしたい。匂いを嗅ぎたい」
「それはちょっと遠慮が無さ過ぎるわよ」
「分かっているけど。でも、この誘惑には抗えないぃ」
2人の会話が筒抜けの中、狐鳴さんが欲望に負けた。尻尾に顔を埋めているのが分かる。
これって他人から見るととんでもない状況なのでは無いだろうか。初対面の男に女子学生が顔を当てている。うん、少なくとも昼間のカフェでやる行為では無いな。
やがて満足したのか、2人が離れたところで向き直る。丁寧に扱ってくれたけどやっぱりちょっと乱れてしまった。後で櫛で整えよう。
「おいくらですか」
「えっ?」
「今のオプションはおいくらですか」
「あっ、気にしないで大丈夫です。少し壊れただけなので」
「壊れた!?」
よく分からないけどここはカフェだから食事と飲み物以外で料金は発生しないよ。それに誰彼構わず尻尾を触らせるなんてことしないから。
「でもほら、ここまでやったのにアレルギーの症状が出てないよ。しーちゃんは私の神様だよ」
「やらかしたの間違いだけどね」
「本当にありがとう!また遊びに来るからね」
「ご飯も美味しかったです。ありがとうございました」
「いえいえ〜。私も良いもの見させて貰いました〜」
「あっ、お会計します!」
色々あったけど満足してくれたのか、ママにお礼を言って狐鳴さんと飛鳥さんは笑顔でお店を後にした。初めての接客だったけど無事に終わり何よりだ。
「結構上手くできていたわよ。その調子で頑張りましょう」
「うん」
「でもあのもふもふでお金を取ったらダメよ。ここはそういう特殊なお店じゃないんだから」
「しないよ!」
狐「しーちゃん、めっちゃ良い匂いがしたよ」
鳥「変態発言はやめなさい」
狐「あれで元男の子なんだよね。私達より女子力高かったな」
鳥「私を含めないで。と言いたいところだけどその通りだったわね。照れているところとか可愛い過ぎるもの」
狐「あーあ、早く学校で会いたいな。入学式にも来ないでずっと欠席だから心配だったし」
鳥「そうね。1日でも早くそうなることを切に願うばかりね」




