EP-32 コラボカフェ?
とある休日。私は人見知り克服のために定期的に行なっているママ経営のカフェ「Lesezeichen」のお手伝いをする。まだ開店して間も無いけど既に内臓がブルブルと震えている。とどのつまり緊張で何も手につかない状態になっている。
「店先にヒトが通る度に反応していたら身が保たないわよ」
「そう言われても」
この身体は耳が良い。加えて緊張して余裕が無いときは余計に周囲の音を拾ってしまう。こうなると音だけでお店の外の状況がある程度分かるようになる。凄いけど今だけはこの聴力が不要で仕方がない。
ピアノの弾いて気を紛らわせるのは途中でお客様が来たときに困るからやっていない。気付かなかったら失礼だし、気付いたら私の心臓が止まる。
あれも嫌だこれも嫌だとママを困らせていると。またも私の耳が音を捉える。それも今までとは違う。足音やかすかに聞こえる声からしてこのお店を目当てに来た人みたい。
何故よりにもよって私がいるタイミングで来るのか。そうだお店の裏に行って在庫確認をしてこよう。この仕事だけはすんなり覚えることができたのだ。
早速行こうと動いた矢先にドアベルが音を鳴らす。手遅れだった。こうなればもう腹を括るしか無い。男は度胸だ。
「い、いらっしゃいませ!」
「こんにちはー。わぁ、本当にいたよ!」
元気に挨拶を返したのは2人組の若い女性。学生だろうか。言葉からして私が目当てだったようで見つけた途端、嬉しそうに声を弾ませた。
この後に「本当に耳がある。気持ち悪い!」とか嘲笑われたら私の心は砕け散ります。心の中で思っても良いからどうか言葉にするのはやめて下さい。
「ピコピコ動いてる。可愛い!」
「わぁ、美人さん。髪も尻尾も毛艶がすごいよ」
美人と言われた。男なのに。心は砕けなかったけれど何か複雑。でも尻尾を褒められたのはちょっと嬉しい。でも見知らぬヒトに言われると恥ずかしい。
「顔が赤い」
「照れてる」
「可愛い」
「こちらの席へどうぞ!」
「はーい」
テーブル席に案内してお冷を持っていきメニューの説明をする。どうにか練習した通りにできた。火が出そうなくらい顔は熱いけど。
ちなみにレーゼでは他の喫茶店にありそうなメニューは大抵揃っている。ただし値段は結構安い。理由はママが趣味で経営していてあまり利益にはこだわっていないからだ。
「店員さーん店員さーん」
「こら落ち着け」
挙げた手を振って激しく主張する女性。綺麗な金髪はきっと地毛だろう。
その向かいに座るのは普通の純日本人の女性。金髪のヒトを嗜めているがその細やかな所作が丁寧だ。座っていても背が高いのが分かる。女性なのに男らしいヒトだ。羨ましい。
因みに金髪のヒトは大和美人の人より頭1つ小さい。耳の先まで合わせた私の背丈くらいかな。
つまり並ぶと私の方が視線が低い。見下ろされる。なんか悔しい。
「ご注文をどうぞ」
「店員さんの名前は何ですか?」
いきなり想定外の質問が飛んできた!こんなの想定して練習してないのに。
ママ視線を送ると小さく頷いている。答えてやれということか。
「言ノ葉詩音です」
「それならしーちゃんだね」
「しーちゃん!?」
「私は狐鳴稲穂っていうの。こっちは飛鳥雲雀」
「雲雀です。よろしくね」
出会って1分と経たず知らないヒトからあだ名で呼ばれた。対人にて相手の距離感が異様に近いタイプ。どことなく愛音と似た雰囲気を感じる。
「このお店のおすすめは何ですか?」
「えっと、どれも美味しいですけど、今日は日替わりでオムライスが普段より安いです」
「なら私はそれで。稲穂はどうする?」
「今の私は甘味を求めている。ということでこのパンケーキセットにする。飲み物はカフェラテね」
「ならカフェラテ2つでお願いします」
「承知しました」
注文を復唱してママに伝えるけど、現状2人の他にお客様はいない。既に準備に取り掛かっていて、飲み物はもうそろそろ用意できそうだ。
やがてできたカフェラテには泡で作られた犬らしきものが乗っている。これ絶対私の存在を意識してアレンジしたよね。あまり繊細なところを突かないで欲しいんだけど。
「お待たせしました。カフェラテです」
「ふおぉ、見て見て雲雀!これもしかして狼のラテアートじゃないかな。立体的で凄く良いね!」
「本当ね。写真撮っておこうっと」
「こんなの可愛過ぎて飲めないよー」
尻尾の辺りにあたる泡にココアパウダーが振ってあるから間違い無く私の尻尾をイメージしている。無駄に労力をかけた一杯だな。
ひとしきり撮影会を楽しんだ2人はカップに口を付けてカフェラテを味わう。「美味しい!」と賞賛される中、カップに残されたのは頭を失った狼の泡の残骸。私とは全く関係無いのに身体が震えるのは何故だろうか。
いや、こんなことをしている場合では無い。早く注文を運ばないと。ここのオムライスはデミグラスソースがかかっているから結構ボリュームがあって美味しいのだ。
「ちょっとおまけ付けちゃった」
そう言って渡された皿には本来は無いはずのマッシュポテトが添えられていた。それも二頭身にデフォルメされた狼がお尻を付けて、座っているように見えるように形を整えて。
本来ならオムライスに刺すはずの旗を手に持って掲げているところがまたあざとい。崩さないように運ぶと案の定撮影大会が行われる。
「オオカミポテトの後ろにケモ耳っ娘。控えめに言って最高」
「わぁ、これ滑らかで美味しい」
「ちょっと!いきなりオオカミポテトをスプーンで貫く奴があるか!」
スプーンに乗った狼の首が口に吸い込まれる。またもや背筋に悪寒が走る。後でエアコンの設定温度を確認した方が良さそうだ。
その前に次はパンケーキを運ばないと。焼きたてのそれが乗った皿をママから預かる。
おかしい。本来パンケーキは丸い筈なのにこれには謎の突起が上に2つ付いている。もしかしてこれは動物の三角耳のつもりなのだろうか。うん、間違いない。焼き色を工夫して動物の顔を描いているくらいだから確信犯だな。
フルーツやチョコレートソースで彩られて、尻尾を模した生クリームが添えられている。毛先にあたる部分にはブルーベリーソースで色付けされてある。これ完全に私がモチーフにされたよね。
「しーちゃんパンケーキだ!凄く可愛いし普通に美味しそう」
「そんな可愛いパンケーキを稲穂は今からナイフで切り刻むのね」
「最初の一匙でオオカミポテトの首を刎ねたヒトには言われたくない」
切り方を気を使いながら一切れを口に運び、頬に手を当てて顔を綻ばせる狐鳴さん。表情が豊かで愛嬌があるヒトだな。
「んー幸せ。店先にある看板を見てもしかしてと思ったけど、思い切って入って良かったよ」
「稲穂。あのお願いもダメ元で聞いてみたら?」
「そうだね。この出会いも何かの運命。店員さん。いいやしーちゃん。お願いがあるんですけど」
「追加の注文ですか?」
「それじゃあこのソフトクリームパフェをお願いします。ってそうじゃなくて」
少し言い淀み、けれど意を決したように顔をあげる狐鳴さん。パフェを止めてケーキにするのだろうか。個人的なおすすめはティラミスだよ。
「その尻尾、もふもふさせてくれませんか!」
狐「こんなの可愛過ぎて飲めないよー。美味しい!」
詩「あぁっ」
鳥「わぁ、これ滑らかで美味しい」
詩「ふえぇ」
狐「しーちゃんパンケーキだ!凄く可愛いし普通に美味しそう」
詩「わうぅ」
狐・鳥(詩音ちゃん、めっちゃ良いリアクションしてくれるなぁ)




