EP-31 制服撮影会
最近特訓中の料理だけど、包丁や火の扱いをある程度覚えたところでママから課題を出された。
それはポテトサラダを作るというもの。最初は意外と簡単そうだと思ったけど、これが結構手間暇がかかるものだった。
とりあえず言われたレシピの通りに作って失敗。入れる具材が多くて水っぽくなったかららしい。でもどの食材も頑張って切ったり火を入れたりしたんだよ。多めにできたのなら入れないと勿体ないじゃないか。
あとじゃがいもの調理も大変。大きさによって火を通す時間がまちまちだし、それを潰すのも手間がかかる。どのくらい細かく潰せば良いのかいまいち分からないし。
でも徹底的に潰してペースト状にしたときは悲惨だったな。あれと同じ失敗だけは二度としないと誓ったよ。
「詩音、詩音。とうとう来たわよ」
調理の工程が多くて練習にはなるポテトサラダ。仮にまた失敗したとしてもまたママに上手くアレンジしてもらおう。そんな楽観的なことを考えているとその当人が声をかけてきた。
火を止めてから手招きをするママに誘われると、散らかしたリビングを放置して私にあるものを見せてきた。
「ほら、桜里浜高校の制服。今の詩音にピッタリのサイズよ」
それは私が通うはずの高校生の学生服だ。種類は当然女子生徒用のもの。確か桜里浜高校は異なる性別の制服を着ても良いはずなんだけど。
「男子のブレザーは無いの?」
「あるわよ。私個人としてはスカートを穿いて欲しいけど、これは詩音の問題だからね。どっちを着るかは自分で選びなさい」
期待せずに聞いてみたけど意外な返答が返ってきた。てっきり女性になったのだから女子用の制服を着させられると思ったのに。
「あっ、でもプレゼンだけさせて。女子制服着用プレゼンさせて」
「そんなの聞いたことない」
「まず今の詩音は誰もが認める可愛い女の子なの」
「実に不本意な確認事項だね」
「そんな子が男子の制服を着てみなさい。それはそれで需要があるわよ」
「ちょっと何を言っているのかよく分からない」
発言の意味は分からないけど女性の服に対して以前ほど抵抗は無いのは事実だ。何せもっと女々しい私服しか持っていない。荒療治がここに来て奏功するとは何という皮肉だろうか。
「とりあえず両方着てみて頂戴。どっちにするにせよ採寸が合っているかみておきたいし。一応これオーダーメイドなのよ」
「制服ってある程度サイズ決まってるのにどうして?」
疑問符を浮かべるとママにスカートを渡された。調べると尻尾を出せるように穴が空けられていて、周囲を丁寧に縫われていた。男子制服のズボンも同様である。成程、確かに私専用の制服だ。
ママから制服を受け取り自分の部屋に戻る。とりあえず一式を揃えてクローゼットにかけてから男子制服を試着する。
ちなみに尻尾用の穴があるとは言ったけど、厳密には穴では無い。私の尻尾は非常に毛が多いから尻尾本体が通る穴があっても毛が邪魔で通らないのだ。
ではどうしているのかというと普通に切れ込みが入っている。ズボンを穿くときにこの切れ込みに尻尾の付け根を入れた後に上部をボタンやホックで留める。こうすることで尻尾が邪魔にならずに穿くことができる。
最初は本当に穴が空いているだけだったけど、私が尻尾の毛並みを気にするようになってからはママが全部仕立て直したのだ。頼んだ訳では無いけれど、尻尾を穴に通す度に毛が乱れる尻尾をみて落ち込む私を見ていられなかったのだとか。
確かに心当たりはある。でもそんなに分かりやすい顔をしていたかな。
「入っても良いー?」
「良いよー」
ネクタイを結んだところで呼ばれたのでドアを開ける。そこにはやたらと大きいカメラを携えたママが立っていた。そんなものどこに保管していたんだ。
「あらそっちを着たのね。ママの見立て通りこれはこれであり!」
目にまとまらぬ速さで私の周囲を飛び回りシャッター音を唸らせるママ。鬼気迫る気迫がちょっと怖いぞ。あとそんなに早く動いて写真はブレたりしないのか。
「それじゃあ次は女子制服を着てみて」
「それは一生出番が無いから大丈夫」
「だとしても採寸チェックくらいはしないとダメよ。仮に使わなくても予備として持っておきなさい」
「むー」
無理矢理持たされたので渋々着替えをする。ママは気を利かせて部屋を出たけど半開きのドアの隙間からカメラのレンズ越しに私を見ているため全くの無意味だ。
追い払った後にドアを閉めて鍵をかける。廊下を走る音が聞こえるな。梯子でも引っ張り出して窓から覗くつもりだろうか。念のためカーテンも閉めておこう。
それにしても試着とはなんと面倒なことか。寸法が合っていると分かっているのならわざわざ着る必要なんて無いだろうに。似合うかどうかも自分で判断するのは難しいよ。少なくとも私にはね。
外から聞こえる物音を敢えて無視して着替えを済ませる。丈は膝下まであるとはいえやはりスカートは心許ない。スパッツやタイツを履けばいくらかマシになるけど夏場はどうしたものか。
着心地を確かめているとまた廊下が騒がしくなる。ドアを開けると普通に待っていたのならあり得ないほどの汗を流し、荒い呼吸を繰り返すママがいた。
「さすが詩音。そっちも良く似合っているわよ」
このヒトは意地でも盗撮未遂を認めないつもりなのか。わざわざバズーカみたいな望遠レンズに付け替えているのに。
別にそれを追求するつもりは無いけど、呆れ返っている私の表情はさぞ写真映えしないだろう。
「ジト目の詩音、クールで可愛い!」
訂正。どうやらママは私が被写体ならなんでも構わないらしい。その守備範囲の広さには脱帽するよ。
「今ならコスプレイヤーを前にしてシャッターを切るのを止められないカメコの気持ちが分かるわー」
「カメコって何?」
「カメラ小僧の略称よ。でもママは女だからカメ子になるわね」
「子っていう年じゃ」
言葉を言いきる前にカメラのレンズが頬にめり込んだ。先程まで楽しそうに騒いでいたのが一転。レンズを覗くママの瞳からハイライトが消えている。やらかした。完全に地雷を踏んだ。
「あらー詩音の写りが悪くなっちゃったわー」
「それはカメラが近過ぎるからで」
「どうしてかしらー。どうしてなのかしらー。分からないわー」
「ちょ、痛い。地味に痛いってば」
カメラを退けるどころか私をレンズで突き続けるママ。以降撮られた写真には涙目になっている私の姿ばかりが写っていたという。
母「いやー、撮った撮った。楽しかったわ」
詩「それは良かったね」
母「待って紫音。どこに行くの?」
詩「ポテトサラダがまだ作っている最中なの」
母「着替えないの?」
詩「面倒だからこのままでいいよ」
母「制服のまま料理。つまりエプロンをする。詩音、あなた制服エプロンなんてどこで覚えてきたの!」
詩「制服エプロン?それ何かおかしいことなの?」
母「まさかこの子無自覚で!?これは将来とんでもない人誑しになるわね」
詩「酷い言われようだなぁ」




