EP-29 降臨
太鼓を使って演奏する某リズムゲームを前に垂れていた尻尾が上を向いた。本物の太鼓は叩いたことがあるけれど、実はこのゲームまだ遊んだことが無い。
「これって 2人で遊べるのが良いところよね」
「そういう点では私には縁が無いゲームだ」
「この子はまだそれを言うか。折角だから一緒にやりましょうよ」
先に遊んでいたヒトが終わるのを待ちゲームの前に立つ。あれ、これどこにお金を入れるんだ?
右往左往していると何も言わずに手を伸ばした琴姉ぇが代わりにお金を入れた。投入口は真正面にありました。凄く恥ずかしい。
「曲はどれにする?」
「よく分からないから任せる」
「それなら折角だしオリジナル曲にしましょう。難易度はふつうっと」
「ふつう」
「今更だけどこのゲームのルールは分かる?」
「わかる」
琴姉ぇがバチを手に操作するのをみて同じ動作を繰り返す。バチの重さは特に気にならない。グリップが弱いけどこの程度なら問題無い。
「曲が流れる前に軽く叩くのってプロみたいよね」
「そうだね。演奏前にリズム感覚を調整すればミスは減るから良いと思うよ」
「へー、ただ格好つけているだけじゃ無かったのね」
軽口を交わす間にゲームが始まる。曲に合わせて画面に流れる譜面に従いタイミング良く太鼓を叩く。叩くパターンは少ないから誰でも簡単に遊べる良いゲームだよね。
とは言え始めて遊ぶから譜面の内容は分からないし、画面に映る譜面も直前だけ。初めての場合は画面から目が離せないから大変だ。
やがて曲が終わり成績発表なるものが行われる。当然だけど正確に演奏するほど高得点となる。
「やった、フルコンボ!詩音はどう?」
「フルパーフェクトだって。琴姉ぇと何が違うんだろう」
「あーまぁ、気にしなくて良いわよ。どっちも似たようなものだから」
「そっかぁ。あっ、これ自分の成績が記録されるんだ。うわぁ、初めてでも気を抜けないな」
このゲームは曲ごとに設けられた点数を超える成績でクリアするともう1回遊べるみたい。選曲は変わらず琴姉ぇに任せる。だって選び方がよく分からないんだもん。
選ばれたのは私も聴いたことがある曲だ。正確には琴姉ぇが好きな曲みたいでよく聴いているを小耳に挟んでいるのだけど。
「これなら難易度むずかしいでもできる気がするわ」
「それなら私も。また一緒にフルのやつになろう」
「待って詩音。難易度ふつうならまだしもむずかしいはそれなりに経験を積んでいるヒトかごく一部の天才しかできないものなのよ」
「琴姉ぇ、難易度むずかしいの隣に鬼っていうのがあるよ」
「それは素人が安易に手を出して良い代物では無いわ」
難易度については一先ず置いておいて 2曲目の演奏を開始。やっぱり聴いたことがあるな。何なら歌詞も分かるぞ。
歌を口ずさみつつ演奏が終わる。やっぱり音楽は良いものだね。このゲームで遊べる曲は特に気分が上向きになるものが多いから何回遊んでも飽きないよ。
「楽しかった?」
「楽しい!」
「良かったわね。私は1回間違えてからダメダメだったわ」
「もう1回やろう」
「えっ」
操作は1回見たからだいたい覚えている。お金を入れて曲を選ぶ。私はピアノの曲なら大抵知っているけど、最近流行っている曲はあまり詳しく無い。サビだけなら聞いたことがあるというのはそれなりにあるけど。
それなりの数を見たところで選んだのは私も琴姉ぇもそれなりに知っている最近流りのアニメソングだ。
「琴姉ぇ、今度は鬼でやってみようよ。 2人でフルのやつになろう」
「難易度むずかしいで全く叩けなかったのにできないわよ。1人で思いっきり楽しみなさい」
「そんなぁ。琴姉ぇと一緒にやりたいのに」
私が楽しく遊べているのは琴姉ぇが一緒だからだ。1人でもそれなりに楽しいだろうけど、大好きな家族がいるのなら一緒に遊びたいじゃないか。
「仕方ないわね。1回だけよ」
「やったぁ」
「でも難易度はふつうにさせて」
「分かった」
難易度設定を直していざ演奏開始。曲の種類のせいか難易度のせいか。叩く回数も多くて内容も複雑だ。それでもただ乱雑な不条理なものでは無く、しっかり曲のリズムに合わせて叩く指示が出ている。こんなの楽しくない訳が無い。
それでもさすがに直前の譜面しか分からないのは難しい。叩いていて何回かリズムが狂った感覚がする。
「やった、フルコンボだって。琴姉ぇとお揃いだよ」
「そうかしら。私は私の手が届かない領域にあなたが至ってしまった少し悲しいわ」
「でも次はもっと上手くできる気がする。もう一回やろう」
「お父さん後はよろしく。私には凄まじい鬼の隣でふつうを叩けるメンタルがもう無いわ」
「おう、任せろ」
琴姉ぇのバチを受け取り代わりに太鼓の前に立つパパ。選曲は先程と同じで今回の難易度は揃って鬼だ。
結果は揃ってパーフェクト。感覚からして今回の方が上手く弾けたと思う。成績はこっちの方が上みたい。だとするとパパは初見で完璧に演奏したということか。やりおる。
「ふー、楽しかったね」
「なぁ詩音。もう1回だけやらないか」
「良いよ。でもどうして?」
「このゲームにはもう一歩先があるのさ」
先と同じ曲を選んだパパは更に太鼓を叩く。それが特殊な入力条件なのか、映像の一部が変化して新しい選択肢が現れる。
「通称裏譜面ってやつだ。難易度は鬼より難しいものが多い。裏譜面が無い曲もあるけどな。んで、やるか?」
「やる!」
「そうだ折角だから何か賭けてみるか。もしも俺に勝てたのなら例の件、真面目に検討してやるぞ」
含みのあるパパの言葉。それが何を意味しているのかピンと来た。前に欲しいものがあるかと聞かれて冗談で言ったグランドピアノの事だ。
冗談で言ったのは間違いないけど要らないのかと聞かれたら答えは否だ。喉から手が出るほど欲しいけどあれはそんな簡単に手に入れられる代物では無い。現実的に無理だから諦めざるを得ないだけだ。
「それなら私は」
この話しが本当なら賭けを受けない理由は無い。しかしここでもう1つ問題がある。相手が払ったチップに対して私が見合うものを出せるのかということだ。
結論からいうとそんなものは無い。私の予算で買えるものはピアノが相手だと全て霞む。手作りのものをあげても同じだ。素人の私が小物やらぬいぐるみやらを作ったところでゴミにしかならない。
となるとバイトのようにお手伝いをして返すことになるけれど、ピアノ代を働いて返そうと思ったら何年かかるか分かったものじゃない。
他にパパが喜びそうなことと言えば晩酌の相手を付き合うこととかかな。以前気まぐれでやったら泣いて喜んでいた。パパは泣き上戸なんだと初めて知ったよ。
でもこれをそのまま言うのは恥ずかしいから少し暈して話そう。パパもそうしていたし、勝負にやる気を出されてしまうのも困る。
「とりあえず今晩、良いことしてあげる」
「へえぇあっ!?」
奇怪な音を発するパパを置いて演奏を始める。曲が流れるまでの僅かな合間に大きく息を吐いて集中する。
久しぶりに、真剣に、楽しむ。
柚「あ、愛音ちゃん!いま詩音ちゃんが、詩音がとんでもない発言をしたんだけど!」
愛「そうだねぇ、しー姉ぇやっちゃったねぇ。あれで本人には全くその自覚が無いんだから怖いんだよ」
柚「相手がお父さんで良かった。家族で無かったら男は廃人になり女は内に秘める新たな扉を開いてしまうわ」
愛「おや、柚葉さんはそっち方面の知識に造詣が深い感じです?」
柚「他人のを見るぶんにはね。性別の違いで垣根を作る思考はもう古いの。化石よ化石」
愛「私はお姉ちゃん一筋です。しー姉も琴姉ぇも大好きです!」
琴「あなた達、周りに小さな子がいることを忘れないで」
愛・柚「ごめんなさい」




