EP-28 もふもふは馴染めない
「お待たせー。ウチのうどんは美味しいかい?」
フードコーナーの一角にてご飯を食べていると、バイトを終えて私服に着替えた柚さんがやって来た。そりゃあチェーン店のうどん屋さんだから美味しいよね。
でもいま話しかけられても食事中で答えられない。もきゅもきゅと咀嚼して飲み込んでから「美味しいです」と率直に答える。
「食べてるところも可愛いっ!」
「悪いけどお触りは厳禁よ」
不意に頬に伸ばされた柚さんの人差し指を琴姉ぇが箸で摘み止める。摘み止めるってなんだ。聞いたことが無い動詞だよ。いずれにせよ行儀が悪い。既に食べ終わっているから別に良いけども。
ちなみに現在進行形で食事をしているのは私だけだ。愛音の奴、あの大量なうどんと揚げ物を本当に食べ切ったよ。
「えっ、ちょっと、何その腕力。痛い痛い!指折れる!」
「返事は?」
「分かった分かった。ふぃー、いつの間にか琴が妹ラブになっちゃったよ」
指先を労わる柚さん。今更だけど春で暖かいとはいえ随分と薄着なヒトだな。
着ている服の裾には何箇所か穴が空いているし、ジーンズも生地がボロボロになっていて肌が一部露出してしまっている。服を買うお金が無いのだろうか。アルバイトをしているのはそういう理由なのかもしれない。
きっと複雑な事情があるのだ。あまり深く触れるのはやめておこう。
「しー姉ぇ、言っておくけど柚葉さんの服のダメージはそういうファッションだからね。金欠とかそういうことでは無いから」
「えっ」
「柚。あなた詩音の中で可哀そうなヒトになっているわよ」
「詩音君めっちゃピュアじゃん!これは国宝級ですわ」
思わず手を伸ばして頭を撫でようとした柚さんだけど鋭い視線で静々と引っ込める。琴姉ぇグッジョブ。
でも実は頭を撫でられることはそんなに嫌でも無かったりする。単純に女のヒトに近付かれると緊張するんだ。なにせこう見えて健全な男子だからさ。
「あっ、そう言えば自己紹介がまだだったよね。改めまして、私の名前は柚葉。琴音とは中学高校と同級生だったけど、進学先は別々になっちゃんたんだ」
「柚は服飾の専門学校に入学したの。学歴はアレだけど結構センスはあると思うのよね。まだ分からないけど」
「アレとか言うな!と言いたいけど、琴が受験勉強に付き合ってくれなかったら絶望だったよ。持つべき者は可愛い妹を持っている友達よね」
「そこは勉強ができる友達って言うところでしょ」
正しく親友と呼べる仲の良い関係をみせる2人。私にはそう呼べる関係の友達がいないから羨ましいな。
あと柚さんでは無く柚葉さんだったんだね。言う前に教えて貰えて良かった。
「柚葉さんもこの後時間があるなら私達と一緒に遊びませんか?これからゲーセンに殴り込みに行くんですよ」
「何それ楽しそう。行く行く!」
「物騒な言い方をしないの」
出会って数秒で仲良くなる愛音。コミュ力お化けめ。私は良介と当たり障りの無い挨拶ができるようになるまでに3ヶ月はかかったというのに。
とは言え特に反対する理由も無いので合計5人でゲームセンターに向かう。この手の遊びはのめり込むと破産しかねないので予算は1人千円だ。
「本当に私の分も出して貰って良いんですか?」
「おう、気にしなくて良いぞ」
「柚葉さん。エアホッケーで勝負しましょう。私めっちゃ強いですよ」
「良いよー。琴の妹だからって手加減しないぞ」
愛音に誘われて柚葉さんがホッケー対決を始めた。可哀そうに。あいつは年上だからといって忖度はしないし、冗談抜きで本当に強い。私が運動音痴であることを差し引いても強い。パパが本気になって勝率は五分五分くらいかな。
「詩音。そんな隅でじっとしてないで何かやりましょうよ」
琴姉ぇが見て周ろうと促しているけど私は無垢な子ども達の視線を全身に浴びていてそれどころでは無いのだ。遊んでいる子の大半が手を止めて真っ直ぐ私を見つめている。早く家に帰りたい。
「きれー」
「もふもふ」
「ママ、あのヒトのあたま白いよ」
「大きい」
子ども達は好き勝手に私に関する感想を言う。保護者の方々は最初こそ固まっていたけど直ぐに視線を逸らして我が子に注意をしている。あなた達も好奇な目で見ていただろうに。
居心地悪く立っていると溜息を吐いた琴姉ぇに強制連行された。連れて来られた場所にはクレーンゲームが並んでいる。景品はお菓子や小物、アニメのキャラクターのフィギュアや人形等が並んでいる。
「こういうのって普通に定価で買うかネットオークションを探した方が大抵安く済むよね」
身も蓋も無いことを言うと琴姉ぇに頬を引っ張られた。何という理不尽。
琴姉ぇは説いた。曰くここでは景品が取れる否かドキドキする緊張を楽しむのだと。対して私は答えた。それを楽しめるのは私生活が充実している一部の限られた人類だけだと。
卑下したことを言うと琴姉ぇが慰めるように抱きしめてきた。私は別に他人事と割り切っているから気にしないよ。
「他に詩音が楽しめそうなゲームか」
「やっぱりアレしか無いんじゃないか?」
「そうよね。やっぱりアレが1番合っているわよね」
パパと琴姉ぇが何も言わずに頷き合う。怖いから無駄に隠さないで早く教えてよ。
手招く2人に着いていき見つけたものは他のゲームとは明らかに纏う雰囲気が異なるものだった。何ならこれだけ世界観が全く違う。
それでいて賑やか、騒がしい、楽しいというゲームセンターに必要な要素を確かに盛り込んでいる。何より 2人が「私なら楽しめる」と自信を持って言っていた理由が分かった。
目にしたのは和太鼓を曲に合わせて叩き演奏するゲームであり、この手の知識に疎い私ですら知っているほど非常に有名なリズムゲームであった。
詩「ところで琴姉ぇは何をして遊んだの?」
琴「ガチャガチャでシークレットを当てにいったわ」
詩「ふーん。それで結果は?」
琴「詩音。世の中には知らない方が良いこともあるのよ」
柚「琴は運の要素が絡むと途端に弱くなるよねー」
琴「運命なんて私は決して信じない」




